何十回。
いや「何百回」と言った方が良いだろう。
と言うより、数えたことなど一度もないので、「千回」を超えているかも。
昭和20年代の東京は、23区内でも釣りができるところはかなりあり、良く釣りをしたものであが。
これは「子供の遊び」レベルではあるが、本格的な釣りも結構している。
と言うのは、近所に釣りの好きなおじさんが2人いて、その人によく連れて行ってもらったのである。
「江戸前のハゼ釣り」など何回行ったことか。
「陸釣り」の時もあったが、「船釣り」もよく行ったものである。
一番釣れた時は「400匹近く」も釣ったことがあり、船頭さんからは「腕がいいね!」と褒められたこともしばしば。
ちなみに、釣ってきた魚はすべて食べます。
なので、食べられない魚は釣りません。
もっとも「外道」で釣れたのは例外だが。
釣っても食べられない(食べない)魚の代表格は「ヘラブナ」であろう。
ヘラブナ。
単に数多く釣ったことを自慢するための釣り。
さらに「道具(竿)を自慢する」と言う輩も多く、釣りが好きな私だが、ヘラ釣りだけは絶対に手を出しません。
ある意味、ゴルフと似ているかも。
本題の「釣り」だが。その気になればいくらでも書けるが、その暇がない。
そう言えば・・・・・。
最近釣りに行くことがなくなっている。
いや「何百回」と言った方が良いだろう。
と言うより、数えたことなど一度もないので、「千回」を超えているかも。
昭和20年代の東京は、23区内でも釣りができるところはかなりあり、良く釣りをしたものであが。
これは「子供の遊び」レベルではあるが、本格的な釣りも結構している。
と言うのは、近所に釣りの好きなおじさんが2人いて、その人によく連れて行ってもらったのである。
「江戸前のハゼ釣り」など何回行ったことか。
「陸釣り」の時もあったが、「船釣り」もよく行ったものである。
一番釣れた時は「400匹近く」も釣ったことがあり、船頭さんからは「腕がいいね!」と褒められたこともしばしば。
ちなみに、釣ってきた魚はすべて食べます。
なので、食べられない魚は釣りません。
もっとも「外道」で釣れたのは例外だが。
釣っても食べられない(食べない)魚の代表格は「ヘラブナ」であろう。
ヘラブナ。
単に数多く釣ったことを自慢するための釣り。
さらに「道具(竿)を自慢する」と言う輩も多く、釣りが好きな私だが、ヘラ釣りだけは絶対に手を出しません。
ある意味、ゴルフと似ているかも。
本題の「釣り」だが。その気になればいくらでも書けるが、その暇がない。
そう言えば・・・・・。
最近釣りに行くことがなくなっている。