へそ曲がりおじさんのひとり言

常識にとらわれるのが嫌い。
他人と同じ事が嫌い。
世の中、別な角度から見ると新しい物が見えるから。

ガン患者にかける慰めの言葉

2012年11月08日 21時59分52秒 | Weblog
これはゆずさんのコメントに対する返事の意味も兼ねているのだが、がん患者である私自身の体験談でも有る。

このことを書くかどうか迷ったのだが、健常者が書くと非難の的になりかねない問題なので、実際にガン患者である私が代わりに書いてみたいと思う。


さて、皆さんは「ガン」と言うとどんなことを思い浮かべるであろうか。

ガンに対する研究がかなり進み、一部では「治る病気」などと言う人もいるようだが、本当にそうなのであろうか。

初期に発見できれば「治る病気」と言っても良いかもしれないが、それは極めて例外的ではないだろうか。

私自身は「中期」のガンで、「治る病気」とはとても思えないのである。

半月ほど前に、「予防的な意味の放射線照射」を受けているのだが、いくら放射線照射を受けたからと言って「完全に予防できる」と言う保証など何処にもないのだ。

現に、私より少し遅れてガンの手術をした人はすでに再発をしてしまい、私と同じくらいの時期に「治療目的の放射線照射」を受けているが、それで完全に治る保障もない。


実は、同じ病院に入院し、放射線照射も一緒に受けに行った間柄だが、それでも彼にかける慰めの言葉が見つからない。

このように、同じガン患者同士でも慰めの言葉が見つからないのである。

私の身内にも手術が困難なガンを患っている人がいるのだが、同じように慰めの言葉が見つからない。

私自身だって同じである。

どんな慰めの言葉を掛けられても心が休まることはないだろう。

いや、むしろ「慰めの言葉などかけてほしくない」と言う気持ちにさえなることがある。


私自身は持ち前の明るさで何とか乗り切っているのだが、精神的にまいってしまう人も多いだろう。


これはかなり昔に聞いた話だが、あるお寺の住職の話である。

当時は未だ「ガンの告知」と言うことがあまりなかった時代なので、医師は患者である住職に正しい病名を告げていなかったのである。

ところが、その住職は医師に対して「自分は仏に仕える身で、苦しい修行をして悟りを開いている。なので何を言われても大丈夫なので本当の病名を教えてくれ」と迫ったのだそうである。

医師も「そこまでおっしゃるのなら」と言うことで、「実は、あなたはガンです」と伝えたのだそうである。

ところが、ガンの宣告を受けたときは平静に見えていたらしい住職だが、それから程なくして自殺をしてしまったのだそうである。

病名は「胃ガン」だったのだが、本人は「ガンではない」と信じきっていたらしいのである。


このころは「ガンは死の病」とも言われていたころの話しではあるが・・・・。


悟りを開いているはずの人でもこの有様である。

一体ののような慰めの言葉があるのだろうか。


私の場合は「ほぼ間違いなくガンであろう」と言う自覚があったので、意外なほどあっさり?と宣告されましたがね。

私が初めからガンである事を前提に話を聞いていたので、医師の方も話しやすかったのでしょう。


このようなことを書くのは複雑な気持ちなのだが、「誰かが書かないと・・・・」と言う気持ちで書きました。
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