メガリス

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男系維持反対ですか?小林よしのり先生

2010年03月15日 23時12分00秒 | 皇室

 今日、駅近くの書店で『SAPIO』誌(小学館)に掲載された小林よしのり氏「ゴーマニズム」宣言を少し立読みした。

 電車の時間が迫っていたのでざっと読んだだけだが、読んだ部分は、要するに男系皇統継承維持の為に戦後臣籍降下した旧宮家を皇籍復帰させるということは絶対無理という論だった。

 小林氏は、仮に旧宮家から天皇が出るとすると過去の天皇との繋がりを見出すには600年も遡らないといけないという事実を挙げ、従って「天皇との血が薄い」旧宮家の方々が天皇になることを国民が納得するのは難しい旨を語っていた。

 全く同意出来ない。

 神話的時代から現代に至るまで貫かれてきた、天皇となる為の生物学的条件は“父親、その父親、またその父親と男系を辿っていくと初代神武天皇に行き着く”という一点のみである。今上陛下から数十代前までの最近の天皇との血縁が薄い濃いは全然関係ない。

 600年間皇室と全く無関係だった庶民だというならまだ少しは話がわかるが、旧宮家の方々は数十年前までは皇族であった方やその子孫であり現在でも皇室とお付き合いを保たれている。国民に理解が得られないということはない。

 この何十年か普通の日本国民として過ごされていたからといっても、それは皇籍復帰の障害にはならない。天皇陛下も他の皇族の方々も生物学的には我々庶民と全く同じ人間だ。何か特別な身体的特長や或る種の超能力みたいなモノをお持ちというわけではない。“普通の日本国民としてちゃんと過ごされている”ということは皇籍復帰するに十分な資格である。

 また、小林氏は、際限なく皇族が増えては困るという理由で戦前に制定された“宮家の一部を将来自動的に臣籍降下させる”という或る規則を挙げて、活発に活動されている有名な竹田恒泰氏を始めとする旧宮家のある部分の方々は、現に実施された臣籍降下が無かったと仮定してもやはり既に宮家ではなくなっていると言う。そしてGHQが皇室予算を削らせ宮家の臣籍降下に追い詰めたことは事実であるがその「陰謀」というわけではないとする。

 いったい何を言いたいのか。私にはさっぱり理解不能だ。

 戦前に”皇族が増えすぎないように”という理由で制定されたその規則が仮に戦後も有効だったと仮定しても、制定時と正反対の心配を皆がし始めたらその規則は当然廃止または休止されたはずではないか。それに、GHQが圧力をかけた事実が厳然として有るのに陰謀はないと何故言えるのか。

 

 小林氏は、悠仁親王殿下が成人されても殿下と結婚し男子を産むことを期待される大変な立場につきたがる女性がいるはずはない旨を断言していた。

 何でそんなことが言いきれるのか。そういうプレッシャーに耐えてでも殿下を愛し皇太子そして天皇の妻となりたいと考える女性はやはり居ると考えるのが普通の感覚だろう。

 (他にもいろいろ書いてあることがあったが、読む時間が無かった。興味の有る方はSAPIO誌をお読み頂きたい。)

 以前小林氏の『天皇論』を読んだ限りでは、氏は”男系の伝統が維持できるならそれが良いが仮に女系天皇が出現しても天皇の本質は変わらないから失望はしない”という穏健な女系天皇容認論者だったはずだ。
 いつのまにか、それを通り越して奇妙な理屈を振り回す”男系維持反対論者”になってしまったのだろうか。

 名著『戦争論』で私の他多くの国民を戦後民主主義教育の洗脳から開放してくださった小林よしのり先生。いったい、どうしてしまったのだろうか。

 


架空のウソ話「龍馬伝説」を拡大再生産する悪質龍馬業者

2010年03月15日 09時59分00秒 | 幕末維新

 平成21年10月18日夜7時からTBS系で『有名人出題クイズ!オレたちクイズMAN』(チーフプロデューサー 安田淳)という番組が放送され、武田鉄矢氏が坂本龍馬について「出題」していた。

 どうせまた架空のウソ話「龍馬伝説」ばかりなんだろう、と思ってみていたら、やはりそうだった。
 曰く、“坂本龍馬は勝海舟と生涯師弟関係だった”。
 曰く、“坂本龍馬が大政奉還を思いついた”。
 曰く、“坂本龍馬は日本人同士の内戦を避ける為に、平和的解決手段として大政奉還を推し進めた”。
 曰く、“薩摩と長州が手を結ぶことを坂本龍馬が発案した”。
 曰く、“長州の為に薩摩名義で武器を購入するということを坂本龍馬が提案した”。

 全部、架空のウソ話「龍馬伝説」である。龍馬を持ち上げる為の後世の創作か、良くても根拠の無い想像に過ぎない。

 龍馬と土佐浪人一党が勝海舟責任下の公金50両(現代なら250万円程か)を無断で持ち出し踏み倒した「龍馬公金横領事件」発覚の頃から、龍馬と勝は完全に没交渉だ。

 大政奉還の発案者は幕臣大久保一翁(おおくぼ いちおう)と福井藩主松平春嶽(まつだいら しゅんがく)で、龍馬は彼らから大政奉還策を学んだ。

 龍馬は王政復古派の中の所謂「武力倒幕派」と「大政奉還派」 の間(と言っても両者は互いに連絡相談しながら仕事を進める仲で、対立しているわけではない。例えるなら一本の「王政復古トンネル」を山の両側から掘っている二つの班である)を状況によって右往左往していて全然「平和主義者」ではない。だいたい「平和主義者」が普段から拳銃なんか持ち歩き、捕縛を逃れる為とはいえ、捕り方を二人も射殺したりするわけがない。

 地元土佐を王政復古運動の先頭走者に一気に押し出す為の方策として、龍馬は受け売りの大政奉還策を後藤象二郎に示したとされる(この話にも確たる根拠があるわけではない)。其の後、龍馬は大政奉還に関しては全く何もしていない。それどころか、後藤象二郎が大政奉還策実現に奔走している頃、龍馬は所謂「武力討幕派」に擦り寄っていて、木戸孝允(きど たかよし)への手紙に「武力討幕派の乾(板垣)退助と相談し、後藤を土佐か長崎に引っ込める」旨の何の実力もない彼に出来るはずもないハッタリを書いたりしている。

 第三者で薩長提携を提唱したのは福岡は筑前勤王党の加藤司書(かとう ししょ)・月形洗蔵(つきがた せんぞう)・早川勇(はやかわ いさみ)らで、彼らに共鳴し実際に周旋活動をしたのは中岡慎太郎(なかおか しんたろう)と土方久元(ひじかた ひさもと)だ。しかし、実際に成立した薩長の和解提携は他ならぬ薩摩が自ら構想し西郷隆盛が中心になって工作を進め実現したもので、当時薩摩の庇護下にあった龍馬はそれに関連しただけだ。

 薩摩が長州の為の武器を替わりに購入することを龍馬が提案したという話に根拠は一切無い。

 全部、意図的なウソか根拠の無い想像である。史実ではない。

 龍馬が神戸における勝の海軍学校の塾頭だったという「海軍学校塾頭伝説」や、龍馬の新政府案に自身の名前が無いことを西郷が指摘すると“役人は嫌だ。わしは世界の海援隊をやりたい”と語ったという「世界の海援隊伝説」や、“短刀も拳銃も古い。これからは学問だ。”と言って『万国公法』の本を友人に示したという「短刀・拳銃・万国公法伝説」などは出てこなかったが、これらは単に時間が無くて使われなかっただけだろう。
 念の為に言っておくが、この三つも史実ではない。
 神戸における幕府操練所と勝私塾の筆頭で事実上の「塾頭」は佐藤与之助〔さとう よのすけ。のち政養(まさやす)〕という人物であり、龍馬ではない。
 新政府案『新官制擬定書』を作ったのは龍馬ではなく戸田雅楽〔とだ うた。後の尾崎三良(おざき さぶろう)〕という人物である。本来のそれには「参議」として龍馬の名前が挙げられており、龍馬本人も承知しているはず。西郷に新政府案を見せたのも龍馬ではなく戸田である。
 龍馬を自由民権運動の先駆者として無理やり位置付けた高知『土陽新聞』記者坂崎紫蘭(さかざき しらん)が自著に『新官制擬定書』を引用する際に“龍馬の名が後の政府高官らと並んで登場するのはマズイ”という判断から龍馬の名前を意図的に削除したのが、間違いの大元である。後に其れに“「役人は嫌だ。わしは世界の海援隊をやりたい」と語った”という話が付加された。
 万国公法の話も根拠の全く無い創作だ。

 この番組のチーフプロデューサー安田淳氏を始めとするテレビ屋さんがバカなのか、司馬遼太郎の空想歴史小説 『竜馬がゆく』其の他によって形成された“架空の幕末スーパーアイドル坂本龍馬”の姿を真実の龍馬と信じて愛好している残念な方々がバカなのか。両方なのだろう。

 「出題者」である武田鉄矢氏本人の口からどういう発言がなされるかを注目していたが、自身では殆ど何も言わずに流されるVTRを黙って見ているだけだった。彼は「龍馬伝説」の殆どが史実ではないことをちゃんと知っていて、そして、頬かむりしているのだろうと思った。
 武田氏は後半になって“龍馬が日本で初めてジーンズ(綿製の袴)を履いた”という「自作の都市伝説」を披露していた。
 坂本龍馬は気の毒にも「都市伝説」の塊だ。「ミスター都市伝説」「日本史上最強都市伝説有名人」といった称号を与えてもいいくらいだ。武田氏が本当に坂本龍馬を愛しているなら、これ以上根拠の無い「龍馬伝説」を付け加えるのは止めるべきだろう

 私は、歴史的実在の龍馬ではなく“架空の幕末スーパーアイドル坂本龍馬”を金儲けのネタにしている人物を「悪質龍馬業者」と呼んでいる。空想歴史萬画『お~い! 龍馬』の原作者である武田氏も、残念ながら、「悪質龍馬業者」の一人とせざるを得ない。彼がこのまま「悪質龍馬業者」で終わるのか、それとも、一大決心をして足を洗い懺悔と贖罪の道に進むのか、私は密かに注目している。もし後者の道を彼が選んだなら私は生涯武田氏のことを尊敬申し上げるのだが。。。