児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

薄味

2015-03-11 | 物語 (電車で読める程度)


お父さんがお味噌汁を作ってくれた。
お母さんの味に近づけようとしたのか
薄味だった。塩分のとりすぎは身体に悪いってずっといってたもんね。

4月はまだ遠い。春になれば、新しいことがたくさん待ってるらしい。枯れ木のような桜の木が窓からみえた。パジャマのボタンを上まで締めて、肩にかかる髪を全部後ろに払った。 少し寒くて両足の裏をこすりあわせる。普段はあまり寝つけないのに今日に限って爆睡してしまった。時計の針は昼をとっくに過ぎていた。こたつにはお味噌汁とご飯が寄り合うように並んでた。お昼ご飯には遅すぎて、夕食には早すぎるこの時間に食べるお味噌汁はなんていうんだろう。お父さんと久しぶりにふたりっきりだった。珍しい。「今日は仕事休みなんだ。」と言いかけてやっぱりやめた。それはなんだか違う気がしたからだ。そのかわりに友達とプラネタリウムにいったことをぼんやり話した。
「まぁ、カップルとか多いからな。」って全然違う方向に話しがぶっ飛んで少し可笑しかった。茶碗の模様を眺める。親子連れウサギが跳ねていた。



3月ってのはきっと春への準備期間だと思う。3月はそれが相応しいからこそ、4月から年度は始まる。つまり冬眠から目覚めるための時間なんだ。私にはそう思えて仕方なかった。



「あのね、お父さん。」
私は薄いお味噌汁をすすってから言った。
「私、本当に進学して良かったの?」
お父さんはようやく我が家と呼べるようになった空間を仰ぎみていた。








「当たり前だ。」








その一言がこの部屋に染み渡る。
掛け時計の秒針が聞こえた。


「しっかり勉強してこい。」



「うん。」




私は部屋の隅にある銀のキャリーバックをちらりとみた。

あれは私がもっていける限界だ。

たったあれだけしか持ってはいけない

どんな思い出の品もあのキャリーバックひとつに入る分しかもってはいけない。

なんならいっそ私は今まで生きてきたなかの目にみえる、みえないもの全てを鞄につめて、弱虫だった頃の私を地平線の彼方まで探しにゆきたかった。





だけど、そんなことはできないから




だから、










「お父さん、今度出発までに教えてよ。お味噌汁の作り方。」















長い眠りから呼び起こしてくれる
やさしい味の。





【おわり】