ホワイトデーなんて来なかった。わたしはそんな甘ったるい毎日を送っていない。むさ苦しい小さな職場で渡した義理チョコならぬ義務チョコを配っただけだ。そんな程度のものにお返しなんてのはなくて当然なのだ。だから週明けの今日だってスーツを着るし、一日のノルマだってちゃんとこなした。はぁ。帰宅中は安堵で顔が緩む。もちろん下に。昔は顔が緩むと自然と笑顔がこぼれたのに、いつの日かその笑顔がデスマスクになってしまった。だから会社から離れるごとにマスクは溶けて顔全体が下にただれてしまう。はぁ。
玄関をあけると目をそむけたくなるような陰惨な現実がわたしを迎え入れる。例えば、洗濯物がたまってたり、部屋がぐちゃぐちゃだったり、誰もいなかったりとか。あーやだやだ。でも、いくら駄々をこねても他に帰るとこなんてないし、彼氏だって生えてきたりはしない。なんだか急に、胸がぎゅっとツラくなった。パンプスを脱いで部屋の明かりをつける。営業部のスズキさんはもう誰かにクッキーを渡したりしたんだろうか…? いや、入浴剤かもしれない。紅茶とかだったら意外かも…!
ってそんな妄想がわたしに一瞬の活力と莫大な虚しさをプレゼントしてくれた。わたしは若くない。もう学生じゃないんだ。はしゃぐような歳でもない。けれどやっぱり義務チョコを配り歩いてたときにあの人が「どうも」と貰ってくれたことが嬉しかったりなんかして。
あぁ、きっとダメダメなんだ、わたし。
義理とか
義務とか
わたすばかりで。
ホワイトデーとか
ポイント2倍デーとか、
あわよくば、もらおうとするばかりで。
自分から
つかみにいかない。
いつまでたっても
始まらないんだ。
変わろう。
きっと、変われるはず!
だから今日は
わたしから始める小さな革命の日。
スーパーで買った発泡酒をグビッと飲み、真っ赤な顔でわたしは決めた。
【おわり】