俺は勝ち続けていた。才能はない。センスもまぁありふれたもんだとおもう。努力はもちろんしてきたつもりだが極限までやったかと言われれば、確かにどこかでブレーキをかけていた気がする。俺は深夜のハイウェイをぶっ飛ばしていた。スポーツマンシップは紳士の国イングランド発祥といわれているが、今の俺はスポーツマンでもなければ紳士でもなかった。凡才で凡夫な俺の後ろにはニケがいるのだ。それまでの俺はいつも死にたい死にたいと歌うように脳内で呟くヤツだった。いよいよ俺は死のうと思っていたのだ。何もかもが平凡で、ごくありふれた貧しさに苦しめられていた。そして判を押したように俺もまた死んでやろうとおもった。しかし、ホームセンターで練炭を買おうとしたら、最後のひとつをいかにもアウトドアな可愛い子と取り合いになってしまい結局譲ってしまった。翌朝その子が自殺したことがニュースになった。それはバラエティー番組後の尺あまりで小さく報じられた。俺が持っていた練炭を物悲しそうに見る彼女の瞳はやはり美しかった。あんな可愛い子でも死ぬんだ。そして俺は何の躊躇いもなくその引き金となってしまった。世間はそれすらありふれたもので片づけてしまったが、俺はしばらく食事が喉を通らなかった。いや、そのまま餓死してしまえばよかったのかもしれない。しかし小心者の俺はその後も死なない程度には何かしらにパクついていた。もちろん気持ちは変わらなかったが。いっそ死にたいではなくナムアミダブとでも唱えればよかったのかもしれない。もっとも俺に足りないのは信仰よりも辛抱だった。俺のありきたりな浪費は虚しさばかり落札してしまった。とうとうそんな日々が、自分が、嫌になって俺はすっかりボロくなったマジェスティを引っ張りだして、エンジンを吹かせた。高校の頃買ってからしばらく乗っていなかったせいか、申し訳程度の改造具合が懐かしさと気恥ずかしさを誘った。国道から最寄りのICに突っ込んだ。ETCで遮断機が上がり切る前にかがんでくぐった。本線に猛スピードで飛び込み、右車線に移ってからは120オーバーで加速し続けた。トラックやベンツを何台も追い越す。風のくぐもったうなり声がヘルメットを隔てて聞こえる。俺はこのまま風に身を切り裂かれてもいいと思えた。メーターが170キロに差し掛かった時、俺の背中に翼が生えた。いや、冗談などではない。ほんの少しだけ車体が浮上したのだ。ニケが舞い降りた瞬間だった。興奮した。世界が長く薄く引き伸ばされて行く。俺の古びた外皮が剥がれ落ちていく感覚。体の芯がじわりと熱くなって今にも泣き出しそうだった。ニケが俺を抱き締めてしてくれたからだろう。俺はただ先だけをみつめ、ニケは俺の鼓動を確かめている。ハイウェイを駆るバイクは四枚の翼を携えていた。結局アクセルを緩めた頃には果ての海岸までたどり着いていた。最寄りのICから下界へと降り立ったときにはすでにニケはおらず、俺の背中は人の形に戻っていた。ただ、心臓だけが唸るエンジンのように鼓動を刻んでいた。それからというもの、俺は今までの生活が嘘のように勝ち続けてた。具体的にはこれまで万年二流だった俺が、一流の選手として取り上げられるようになった。取材に次ぐ取材。試合ではもちろん敵なしだった。金の入りは桁が変わり、生活は以前と比べものにならないものとなった。あまりにあまった金は各種ギャンブルに使った。どれも遊びのつもりで捨ててもよい金だったが、そこでも俺は勝ち続けた。しかし、俺は勝ち続ける度にニケに会いたくなった。あの時のスリリングな体験はどんな試合もギャンブルも女でさえも味わえなかった。俺は度々ハイウェイを駆けたが、一度スピード違反で捕まってから国内ではやらなくなった。週刊誌やらが派手に騒いだせいだ。俺は国外で彼女に会おうと試みた。金はいくらでもあった。しかしそれは叶わなかった。たったひとつの願い。俺はそれを追い続けた。その間も金や名誉が俺の後に埋高く山のように積まれていった。ついに俺はお忍びで帰国し、実家のマジェスティにまたがった。きっとこの国でこのバイクでなければならないのだろう。俺はあのときのようにハイウェイを高速で飛ばした。車体がわずかに重力に抗う。背後に崇高な気配を感じた。
「楽しかった?」
ニケは耳元で囁く。
海面へ激突した。
【おわり】
「楽しかった?」
ニケは耳元で囁く。
海面へ激突した。
【おわり】