探し物が見つからない時の苛立ちは、爛れた褥瘡のように醜くい。
良質かつ高価な睡眠導入剤であるハノンを探す彼とも彼女とも言える人物は整った顔立ちを台無しにしながら、何もない我が家のありとあらゆる物陰を引っ掻きまわしていた。おそらく先日一夜をともにしたようだが、まるで記憶はない。名前は特にないそうだが、ロジョーと名乗った。生まれた時、路上にいたからだそうだ。
ジメンと言わないので、恐らく中等教育を受けたものか、the・menはジェンダーを限定するために避けたのか。よくわからないが、まぁどうでもよかった。
暫くして諦めたのか、ロジョーは缶箱に入れていたなけなしの私の貯金をひっくり返し、適当な額を握りしめて出ていってしまった。ロジョーの華奢な背中を見送る。おそらく表通りの市場でハノンを買うんだろう。ないものは購入することが前時代は当たり前だったようである。つまり、なくさせて、売ることが上手い者ほど裕福であったのだ。それなら私の前世は商いの才があったのかもしれない。袖口に忍ばせた1シートのハノンをそっと地べたに置いた。
これがあればロジョーは私にとって心地よい嘘をほしいままに囁いてくれるかもしれない。けれども、それでは一滴も満たされなかった。窓を開け放つ。無機質な部屋に散らばった貨幣と転がった缶箱が唯一昨日と違った。美しいと思う前に鬱陶しいと思った。心がブレーキを踏んだのだ。変速ギアがシフトするように、切り替わってしまったのだ。
手近にあった昨日の配給食を口に含み、ハノンを飲む。もうなにも考えなくていい。
ロジョーの帰りを待つこともなく、私は浅い眠りを楽しんだ。