児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

小説家になればいいよ。

2022-09-12 | 物語 (電車で読める程度)
散々な目に遭った君が流れ着いた場所で、私は息を潜めていた。
寒さに震える君へかける言葉なんて生憎ひとつも思い浮かばなくて、口から出任せをいった。

「小説家になればいいよ。」

きっと意味のない人生なんてないからさ。

そう付け加えるわけもなく投げやりな私は未だに小説家ではなかったが、その当時の自分のような君につい軽口をたたいてしまった。

別に後悔はない。それに君の人生がどうなろうと知ったこっちゃない。


だけどこの夢で私は命を繋いだから、
君にも貸してあげようとおもった。


君の涙が君のためになりますように。


どうせお互いすぐに忘れるだろうけれど、
今はそう願うことにした。



【おわり】


フルムーン

2022-09-12 | 物語 (電車で読める程度)
息を吐いた。
一時間以上すっぽかされた約束を許したうえでわざわざ出向いたのは、それだけ彼が話したいことを抱えているのだとおもった。

改札を睨みながらすこし考えた。
もし、野心家な彼が後悔の泥沼にいたらどうしよう。わざわざコストをかけてまで来る辺りはある程度上手くいっていると予想するべきだろうか。
改札では若々しい高齢者二人が声を張り上げて言い合っていた。言い負かされたほうはそれからしばらく駅員を捕まえて文句を垂れていた。きっと寂しいんだろう。

改札を抜ける彼は眼鏡が少し流行りのものにアップグレードされていたほかは変わらずだった。やや斜に構えたキャッチボールも相変わらずだった。

「なかったことにしたい」食事は済ませたといいながらクラッカーと鰹のたたきをひょいと頬張る。どうやら彼は野心を叶え、とびきりのご馳走にありついているようだった。きっと彼にとって過去はつまらなかったもので、恥ずべきものなのだろう。それでも、素直に嬉しかった。望むことは無料でも本当に掴むには苦労もあったろうに。

だから、ひねくれ屋な彼が当時同じサークルで行った合宿が楽しかったと聞いたときはもっと嬉しかった。まるでサークルに来ない彼を無理矢理引っ張って連れていったのは自分だったのだから。

それに自分も忘れていた記憶を彼がもってくれていたことがとても不思議だった。

だからなにか、彼のなかに悪くないものとして残っていたらいいなとおもった。月並みだけれども、その体験が彼の野望の隙間を埋めたのかもしれない。そうおもうのはおこがましいだろうか。


若くない我々はなにかを否定することもなく、押し付けることもなく、ただ聞いてほしいことをひとしきりに話して、小一時間で解散した。社会には案外、そんな人はいないのである。


彼を見送ってあてもなく散歩した。満月だった。なるべくなら大きな後悔は少ないほうがいい。リスさんに手を叩いて大喜びする画面のなかの娘をみて、そうおもった。



【おわり】