息を吐いた。
一時間以上すっぽかされた約束を許したうえでわざわざ出向いたのは、それだけ彼が話したいことを抱えているのだとおもった。
改札を睨みながらすこし考えた。
もし、野心家な彼が後悔の泥沼にいたらどうしよう。わざわざコストをかけてまで来る辺りはある程度上手くいっていると予想するべきだろうか。
改札では若々しい高齢者二人が声を張り上げて言い合っていた。言い負かされたほうはそれからしばらく駅員を捕まえて文句を垂れていた。きっと寂しいんだろう。
改札を抜ける彼は眼鏡が少し流行りのものにアップグレードされていたほかは変わらずだった。やや斜に構えたキャッチボールも相変わらずだった。
「なかったことにしたい」食事は済ませたといいながらクラッカーと鰹のたたきをひょいと頬張る。どうやら彼は野心を叶え、とびきりのご馳走にありついているようだった。きっと彼にとって過去はつまらなかったもので、恥ずべきものなのだろう。それでも、素直に嬉しかった。望むことは無料でも本当に掴むには苦労もあったろうに。
だから、ひねくれ屋な彼が当時同じサークルで行った合宿が楽しかったと聞いたときはもっと嬉しかった。まるでサークルに来ない彼を無理矢理引っ張って連れていったのは自分だったのだから。
それに自分も忘れていた記憶を彼がもってくれていたことがとても不思議だった。
だからなにか、彼のなかに悪くないものとして残っていたらいいなとおもった。月並みだけれども、その体験が彼の野望の隙間を埋めたのかもしれない。そうおもうのはおこがましいだろうか。
若くない我々はなにかを否定することもなく、押し付けることもなく、ただ聞いてほしいことをひとしきりに話して、小一時間で解散した。社会には案外、そんな人はいないのである。
彼を見送ってあてもなく散歩した。満月だった。なるべくなら大きな後悔は少ないほうがいい。リスさんに手を叩いて大喜びする画面のなかの娘をみて、そうおもった。
【おわり】