2人が結婚したのは2007年。鈴木サワさん(81)が72歳、紀義(きよし)さん(75)が66歳のときだ。

 東京都墨田区で同じアパートに住んでいて知り合った。前妻をがんで亡くした紀義さんは、早朝から駅の売店で働くサワさんのバイタリティーに魅力を感じた。独身だったサワさんは「優しくて、情にほだされた」という。

 5年後のある朝、生活が一変した。「お金をとった」。サワさんが紀義さんを疑った。警察にも通報。紀義さんも声を荒らげ、けんかに。区の高齢者支援総合センターに連絡が入り、相談員の志賀美穂子さん(54)が医師につなぐと、サワさんは認知症と診断された。

 半年ほどすると、サワさんは1人で出歩き、警察に保護されるようになった。紀義さんは、やつれていった。毎日、サワさんから泥棒よばわりされて言い争うのも、警察から連絡が来て迎えに行くのもこたえた。

 紀義さんは気力をなくし、「死んだほうがまし」と言うようになった。3カ月で10キロやせたという。それでもサワさんには、野菜が取れる3食を準備していた。「親類と交流がないこの人をみるのは自分しかいない」と思い詰めていた。

 心配した志賀さんがデイサービスやショートステイを勧めたが、サワさんは「行きたくない」。そこで昨秋、センターと住民が運営を始める「ケアカフェ」に来るよう提案した。介護する人、される人が集う地域の拠点だ。「高齢世代は、サービスに頼らず、家族で介護する意識が強い。老いによる判断能力の衰えもある。社会で役割を持ってもらい、夫婦で孤立するのを防ぐ必要があります」

 カフェは毎週土曜に区の施設を一部借りて開かれる。夫婦はそろいの赤いエプロンをつけ、カウンターに立つ。サワさんは「ママ」と呼ばれており、主に皿やコップを洗う。紀義さんは「マスター」としてコーヒーを入れる。2人をボランティアが手伝う。

 カフェは、紀義さんにとって新たな生きがいになった。サワさんには笑顔が増えた。周りの人に支えられていると実感する。「俺が先に死んで、この人が1人になっても、絶対に見捨てないと言ってくれる人たちがいる。今が精神的に一番楽です」

■ほめた夫に笑顔、楽になれた

 兵庫県宝塚市の女性(83)は、夫(88)が07年に認知症と診断された。長男(60)は仕事で遠方にいる。2年ほど前、夫がトイレに失敗すると、語気を強めてしまうようになった。

 その後、女性が介護者の集まりで自身の介助方法を話すことがあった。「上手ね」とほめられて、うれしかった。それ以来、夫を意識してほめている。

 例えば、お尻が汚れた場合。シャワーでうまく流せるよう体勢を保てたときに「お父さん、日本一やね」と声をかける。夫はニッと笑う。言葉が出にくいのに、小さな声でゆっくり「ご苦労さん」と言ってくれる。接し方次第で互いに楽になれると知った。

 結婚して60年以上ずっと一緒。家で最期までみたいと思っていた。

 5月ごろ、体のだるさが続き、精密検査を受けると、ひどい貧血と言われた。入院を勧められたのを断り、通院治療にしてもらった。デイサービスなどを利用しているものの、自分は80歳を過ぎ、夫は90歳近い。とりあえずと思って申し込んだ特別養護老人ホームに空きが出たら入居しようと決めた。

 だが、気持ちは揺れる。自分の体調が優れないときは、「このまま介護していけるのか不安になる」。自分や夫の調子がいいときは、「もう少し頑張りたい」と思う。

     ◇

■65―74歳の介護者、「うつ状態」27%

 国民生活基礎調査(13年)によると、同居家族が主に介護を担う世帯のうち、介護する人とされる人の両方が65歳以上という「老老介護」の世帯の割合は、01年は40・6%だったが、13年には51・2%と初めて半数を超えた。

 「老老介護」は、介護者の心身への負担が大きい。町田いづみ・明治薬科大学教授(医療コミュニケーション学)が在宅で介護する約8500人に行った調査(05年)では、体の健康状態を「不調」と感じている人は、65~74歳で56%、75~84歳で64%だった。

 65歳以上の30%は「死んでしまいたいと感じることがある」と回答。55~64歳の17%を大きく上回った。うつ病の尺度をはかる標準的な自己診断表への回答では、うつ状態とみられる人は65~74歳で27%だった。

 町田教授は「高齢者は介護による負担などから心理面の影響を受けやすいのではないか」と分析。「05年の調査から10年たち、認知症の人はさらに増えた。医師や看護師などの専門職や地域の人たちは、そばにいる介護者も心身の不調を抱えているかもしれないという目で向き合うことが必要だ」と話す。

 こうした高齢介護者の生活を支える仕組みはまだ十分ではないが、一部の自治体では独自の取り組みを始めている。家事代行や、介護者が疲れたときなどに認知症の人を施設に宿泊させられる制度などだ。(森本美紀、十河朋子)

     ◇

【介護者を支える自治体の取り組み例】

福岡市

介護経験があるボランティアが認知症高齢者の家を訪問し、認知症の人の話し相手や見守りをしたり、気分転換の方法など家族の相談に応じたりする。1日1回(3時間以内)、週3回まで。利用料は1時間500円と交通費。

東京都杉並区

同居する要介護高齢者らを介護する家族の家事(掃除、洗濯、調理、買い物など)を、区が委託する民間事業者のヘルパーが代行する。1時間300円。1家族につき年間最大24時間利用できる。

大阪市(9月から開始予定)

介護する家族の急病・事故や、心身の疲れで虐待しかねない時などに、認知症の人を特別養護老人ホームにショートステイさせることができる。1回につき原則14日以内。利用料は要介護度などによる。