知恵の輪を壊した。
メビウスリングの曲が頭の中で鳴っていた
考えてみればこの小さな輪っかのような玩具でさえも
当たり前のように僕にルールを押し付けていると気付いたからだ。
知恵の輪を腕力でどうにかしてはいけないと決まっているわけではないが
当たり前のように僕は無駄な作業を続けすぎていた
音楽がうるさかった
スピーカーの片方を手にとって
机の上で思いっきり知恵の輪に叩きつけた
スピーカーも壊れたが、知恵の輪も壊れた
知恵の輪をがちゃがちゃと回した
回しても回しても銀色の輝きは失われず、
そしてまた、ピースは外れなかった
斜めにしたり、押したり引いたりして
何秒間もガチャガチャやったが、何も変わらなかったので
ついに僕は遥か1メートルのビルの上空から落下させて壊した
知恵の輪は見事に、バラバラになって外れた
「知恵の輪ごときが、人間様に逆らうからこうなるのだ!」
と誰かの呟きが聞こえたが
多分僕の声では無いので聞き流す事にした
僕はさっきから、知恵の輪をジッと見つめている。
頭の中でぐるぐる回して、解く方法を考える。
形状をしっかり見つめて、位相数学という言葉を思い出す。
教えてくれたのは、遠い場所に住んでる友人だったっけ。
言葉の中においてさえ、僕は知恵の輪を外す事に失敗している
その事がとても愉快だった。
僕は知恵の輪を外せない、という前提の妄想しか、さっきからしていない。
ある意味この壁こそが、僕に知恵が足りない事を暗示している。
僕はジッと見つめる事を一度やめ、
手に取る事にした。
予想していたよりも、ぬるっとした硬さで
触れた一瞬だけが、ひんやりとしていた。
牛の顔が描かれていた。
そしてその顔が彫刻のように、
あるいは版画のように、中途半端な立体感を持っていた。
もう一度、今度は牛の頭を眺めると、奇妙な形のリングは頭と耳の部分に繋がっていた
ああ、そうか。
これは角だ。
この立体的な角は、トナカイの角だ。
こいつは牛では無かったんだ。
そうやって、一つの謎が解けるから、
なるほどやはり、これは知恵の輪なのかもしれないと思った。
片方のピースには、N.O.Bと書かれていた
何の略だろうか。
僕はかちゃかちゃとリングを回しながら、
NOBについて考えた。
惜しいところで外れない、中途半端に引っかかってしまった。
そしてまた、僕は気付いた。
僕は今、東京に居る、そして今は時間もある、なのに誰とも、
僕は会おうとすらしていない。
考えてみると、この数日間、僕は東京の街で、無為に時間を過ごしているだけだ。
こんなにも人の多い街で、友達が多いと思い込んでいた街で、
僕は誰とも、会う気が無い。
その事実も、僕の思考をスッキリと混乱させた。
解けそうで解けないパズル。
携帯電話のクラムシェルを閉じる。
「いったいいつから開かれていたのか。」
知恵の輪がぐちゃぐちゃになった。
僕には行きたい場所が無い
生きたい世界も無い
ここには僕が居ない
なのにまだ、僕はここに居る
いったい何の未練なのか
一体なんの因果なのか
ふと、秋田県に行こうかと思った。
そして僕は、遠い場所に居る人に、謝らなければならないのではないかと
一瞬考えがよぎった。
何を謝るのだろうか。
僕が嘘を吐いている事について、だろうか。
何か心当たりが、あるのだろうか。
じつに奇妙だ。
僕には謝る対象が居ながら、謝る理由も心当たりも無い。
知恵の輪は、僕が知恵の輪を解けない事を知って傷つくだろうか。
僕が、最初から知恵の輪を、解こうともしていない事に、心を痛めるだろうか。
僕には理由が無い。
僕には居場所が無い。
僕には金が無い。
僕には能力が無い。
それでもたぶん、僕は僕を肯定する、屁理屈を探さねばならない宿命を背負う。
時々、記憶をどこかにぶつけて、叩き壊したくなる
時々、心をどこかにぶつけて、誰かを壊したくなる
ここには誰がいるのか?
ここには誰という言葉が当てはまるのか?
ここには、本当に誰かいるのだろうか?
僕は忘れてしまっている
僕が生まれた時の記憶を、失い続けている
思い出さなくちゃいけない
世界の始まりについて。
そして確かめねばならない
世界の終わりについて。
精密に、確実に、正確に、ゆっくりと、無我夢中で、記憶をなぞるように、
もっと一生懸命死んでいかねばならない
もっと死について、真実をみつけねばならない
僕は携帯を手にとって
充電ケーブルを、そっと引き千切った。
そしてまた、知恵の輪を壊す、そんな事を考えた。
メビウスリングの曲が頭の中で鳴っていた
考えてみればこの小さな輪っかのような玩具でさえも
当たり前のように僕にルールを押し付けていると気付いたからだ。
知恵の輪を腕力でどうにかしてはいけないと決まっているわけではないが
当たり前のように僕は無駄な作業を続けすぎていた
音楽がうるさかった
スピーカーの片方を手にとって
机の上で思いっきり知恵の輪に叩きつけた
スピーカーも壊れたが、知恵の輪も壊れた
知恵の輪をがちゃがちゃと回した
回しても回しても銀色の輝きは失われず、
そしてまた、ピースは外れなかった
斜めにしたり、押したり引いたりして
何秒間もガチャガチャやったが、何も変わらなかったので
ついに僕は遥か1メートルのビルの上空から落下させて壊した
知恵の輪は見事に、バラバラになって外れた
「知恵の輪ごときが、人間様に逆らうからこうなるのだ!」
と誰かの呟きが聞こえたが
多分僕の声では無いので聞き流す事にした
僕はさっきから、知恵の輪をジッと見つめている。
頭の中でぐるぐる回して、解く方法を考える。
形状をしっかり見つめて、位相数学という言葉を思い出す。
教えてくれたのは、遠い場所に住んでる友人だったっけ。
言葉の中においてさえ、僕は知恵の輪を外す事に失敗している
その事がとても愉快だった。
僕は知恵の輪を外せない、という前提の妄想しか、さっきからしていない。
ある意味この壁こそが、僕に知恵が足りない事を暗示している。
僕はジッと見つめる事を一度やめ、
手に取る事にした。
予想していたよりも、ぬるっとした硬さで
触れた一瞬だけが、ひんやりとしていた。
牛の顔が描かれていた。
そしてその顔が彫刻のように、
あるいは版画のように、中途半端な立体感を持っていた。
もう一度、今度は牛の頭を眺めると、奇妙な形のリングは頭と耳の部分に繋がっていた
ああ、そうか。
これは角だ。
この立体的な角は、トナカイの角だ。
こいつは牛では無かったんだ。
そうやって、一つの謎が解けるから、
なるほどやはり、これは知恵の輪なのかもしれないと思った。
片方のピースには、N.O.Bと書かれていた
何の略だろうか。
僕はかちゃかちゃとリングを回しながら、
NOBについて考えた。
惜しいところで外れない、中途半端に引っかかってしまった。
そしてまた、僕は気付いた。
僕は今、東京に居る、そして今は時間もある、なのに誰とも、
僕は会おうとすらしていない。
考えてみると、この数日間、僕は東京の街で、無為に時間を過ごしているだけだ。
こんなにも人の多い街で、友達が多いと思い込んでいた街で、
僕は誰とも、会う気が無い。
その事実も、僕の思考をスッキリと混乱させた。
解けそうで解けないパズル。
携帯電話のクラムシェルを閉じる。
「いったいいつから開かれていたのか。」
知恵の輪がぐちゃぐちゃになった。
僕には行きたい場所が無い
生きたい世界も無い
ここには僕が居ない
なのにまだ、僕はここに居る
いったい何の未練なのか
一体なんの因果なのか
ふと、秋田県に行こうかと思った。
そして僕は、遠い場所に居る人に、謝らなければならないのではないかと
一瞬考えがよぎった。
何を謝るのだろうか。
僕が嘘を吐いている事について、だろうか。
何か心当たりが、あるのだろうか。
じつに奇妙だ。
僕には謝る対象が居ながら、謝る理由も心当たりも無い。
知恵の輪は、僕が知恵の輪を解けない事を知って傷つくだろうか。
僕が、最初から知恵の輪を、解こうともしていない事に、心を痛めるだろうか。
僕には理由が無い。
僕には居場所が無い。
僕には金が無い。
僕には能力が無い。
それでもたぶん、僕は僕を肯定する、屁理屈を探さねばならない宿命を背負う。
時々、記憶をどこかにぶつけて、叩き壊したくなる
時々、心をどこかにぶつけて、誰かを壊したくなる
ここには誰がいるのか?
ここには誰という言葉が当てはまるのか?
ここには、本当に誰かいるのだろうか?
僕は忘れてしまっている
僕が生まれた時の記憶を、失い続けている
思い出さなくちゃいけない
世界の始まりについて。
そして確かめねばならない
世界の終わりについて。
精密に、確実に、正確に、ゆっくりと、無我夢中で、記憶をなぞるように、
もっと一生懸命死んでいかねばならない
もっと死について、真実をみつけねばならない
僕は携帯を手にとって
充電ケーブルを、そっと引き千切った。
そしてまた、知恵の輪を壊す、そんな事を考えた。