勝又壽良の経済時評
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
韓国、「利上げ」米との金利差逆転恐れ「資本流出」抑制が目的
家計債務急増で重大局面、大企業の景況も19ヶ月「水没」
韓国が11月30日、政策金利を1.5%へと0.25%引上げた。6年5ヶ月ぶりである。
12月に米国の利上げが見込まれることから、米韓の金利差逆転による資本流出を恐れた、予防的な利上げである。
この11月は、1997年の金融危機から20年に当たる。
当時の経済的な大混乱を回顧してメディア特集が続いていた。こういう警戒心が強まっている折、早手回しの利上げになった。
韓国銀行(中央銀行)は、利上げに当たって微妙な発言をしている。
景気実勢が良いから利上げするというが、利上げの根拠になるはずの消費者物価が落ち着いていることだ。
今年8月には2.6%(前年比)上昇となったが、これは突発的なもので9月は、2.1%、10月は1.8%と落ち着いている。
物価面が利上げの理由ではない。景気が回復しているので利上げするという話は、単なる言い訳であろう。本心は、米国の利上げに備えたものだ。
『聯合ニュース』(11月30日付)は次のように報じた。
この記事では、前半と後半ではちぐはぐな内容である。
前半は、今年の経済成長率が3%を超えそうだから利上げするという、不可解な説明をつけている。
景気が加熱して物価面にその弊害が出ない限り、利上げする中央銀行は世界に存在しない。
利上げの本当の狙いは後半で述べている。
米韓の金利差が逆転して米国が高くなれば資金が流出する。
それは、1997年と2008年の金融危機の再来を招く。
こうして、韓国経済が大混乱に陥った経験から、「三度目の危機」を回避したい。
そういう強い姿勢が見られるのだ。
(1)「韓国銀行(中央銀行)は11月30日、政策金利を年1.25%から1.5%に引き上げた。
昨年6月に過去最低の1.25%に引き下げ、据え置きを続けた末に、2011年6月以来6年5カ月ぶりとなる利上げに踏み切った。
利上げの背景には、輸出を追い風にした韓国経済の予想以上の力強い成長がある。
7~9月期の国内総生産(GDP)成長率は1.4%(速報値)で、10月以降も輸出は堅調に伸びている。
こうした状況を踏まえ、国際通貨基金(IMF)は韓国の今年の成長率見通しを3.2%に上方修正し、来年の成長率も3.0%と見込んだ。
これは潜在成長率(年2.8~2.9%)を上回り、李柱烈(イ・ジュヨル)韓国銀行総裁が利上げの前提条件に挙げた『著しい成長』にあたるといえる」
IMFの景気予測は、輸出動向にバイアスがかかっているというのが定評である。
輸出が伸びる国の経済成長率は高めに出るパターンである。
韓国では半導体を中心に輸出が好調である。これが、今年の成長率予測を3%台に押上げている。
ただ、後で取り上げる大企業のBSI(景況調査)は、基準値の100を割ったままで「不振」状態にある。
このように総合的な視点から見た韓国経済は、韓国銀行が大袈裟に言うほど明るい状態ではない。むしろ、不安材料が一杯である。
問題は、それにも関わらず「利上げ」せざるを得ない裏事情だ。
韓国社会に向かって「経済危機」襲来の予防とは言えないからだ。
前2回の経済危機の前は、今回同様に経済状態に差し迫った暗雲が立ちこめていた訳でない。
それが、「ゲリラ豪雨」に見舞われたのは、韓国経済の基本的な脆弱性にあった。
そこをまんまと為替投機筋に狙われたもの。油断はできないのだ。現在も後述の通り、慢性的な脆弱状態が続いている。
(2)「一方、家計債務(個人負債)はこれまでの低金利で膨らみ続け、残高が1400兆ウォン(約145兆円)を超え、危険な水準に達している。
外部要因では、来月予想される米国の追加利上げが不安材料に挙げられる。
たとえ韓国が利上げしなかったとしても、両国の金利は10年ぶりに逆転する。
これは韓国からの資金引き揚げにつながる恐れがある。
市場の関心は来年の利上げペースに移ろうとしている。
韓国銀行が来年1~2回の追加利上げをするとの見方が大勢を占める。
韓国経済の成長は半導体など一部の輸出型大企業を中心とし、回復の勢いが全体には広がっていない。
こうした状況での速いペースの利上げは、産業の競争力を低下させ、内需に打撃を与えかねないとされる。
追加利上げは、今後の景気や不動産市場と家計債務の動き、米国の利上げなどに左右されそうだ」
このパラグラフで、初めて本音が出ている。
韓国の家計債務が急増していることだ。
家計債務が増えると、その返済で可処分所得が減らされるので、個人消費に大きな影響が出る。
一国経済では、個人消費のウエイトが最大である。
この部分で、借金返済という「腐食」現象が広がれば、GDPに影響するのは致し方ない。
IMFは、家計の借金増が金融危機招くという『世界金融安定報告』を公表した。
これによると、家計の借金増が金融危機を招くとして、各国当局に警戒を呼び掛けた。
GDPに対する家計債務の比率は、先進国が2008年の平均52%から16年には63%に、新興国が08年の平均15%から16年には21%にそれぞれ上昇した。
過剰な家計債務で、返済そのものが滞る事態になると、信用機構全体にヒビが入って一国経済が危機に直面する。
IMFは、家計債務の対GDP比が30%を超えると危機に陥るとして警告した。
韓国の家計債務の対GDP比は、アジアで最悪という芳しからぬデータが出ている。
ドイツ保険会社であるアリアンツ・グループが発表した『グローバル資産報告書』によると、韓国は16年の対GDP比家計負債割合が95.8%で、アジアで最も高くなっている。
台湾(80.4%)、マレーシア(88.5%)よりはるかに高いのだ。
もう一度、要点を繰り返したい。
韓国の対GDP比家計負債割合が95.8%である。
IMFの警告では、この値が30%を上回ると「危険」であると指摘している。
これによれば、韓国経済は「危篤」状態になっている。
『朝鮮日報』(11月29日付)は、「大企業の景況判断、19カ月連続で悲観的」と題する記事を掲載した。
この記事では、韓国の大企業が経営不振におい込まれている点が明確になっている。
「景況判断」とは、個別企業に対して、「来期の景況は良くなるか、悪くなるか」を聞き、その差を計算するというごく単純な調査である。
だが、実績との整合性は極めて高いことが立証されている。
日本では、「日銀短観」の景況調査がこれに当たる。
日銀短観の結果が、メディアで大きく報じられる理由は、来期の景気動向を示唆するからだ。
韓国の大企業「景況判断」が、19ヶ月連続で基準値100を下回っている。
要するに、「不振状態」にある。
期待の輸出も、半導体が世界的なブームで急増している結果、好調であるに過ぎない。
半導体は、ブームが起これば過剰設備を招いて、いずれ終焉を迎える。
過去は、これの繰り返しであった。現状では、IoT(モノとモノをインターネットで結ぶ)が、半導体ブームの主役になっているが、楽観は禁物である。
(3)「韓国経済研究院は11月28日、売上高上位600社を対象に集計した12月の景況判断指数(BSI)が96.5となり19カ月連続で景気判断の分かれ目となる基準値(100)を下回ったと発表した。
企業の景気見通しが通年で悲観的なのは、通貨危機当時の1997、98年以降では初めてだ。
年平均のBSIは世界的な金融危機当時の2008年(88.7)以降で最も低かった。
同院は『経済の構造的問題と国内外の不確実性が続き、企業の懸念が高まっているとみられる。
これほど長期にわたり低水準が続くのは、悲観的な企業心理が慢性化したことを示している』と分析した。
同院のキム・ユンギョン企業研究室長は「20年前の通貨危機克服の過程で得た教訓を振り返り、積極的な規制緩和、労働市場改善などで経済体質を変えるべきだ」と指摘した」
BSIとは、ビジネス・サーベイ・インデックスの略字である。
韓国のBSIは、12月の数値を含めて19ヶ月連続100を割った状態である。
この「通年水没」状態は、金融危機の1997~98年以来のことである。
事態はいかに深刻であるかを物語っている。韓国銀行の言うように、楽観できる状態ではない。
さらに悪いことに、今年のBSIの平均値が、2008年(金融危機時)以降で最も低いことである。韓国の大企業はかなり経営的なゆとりを失ってきた。
文政権は、こういう実態にまったく無頓着である。
大企業の法人税を引上げる。
労働市場改革も前政権の法案を撤回してしまった。
来年度からは、約16%もの大幅な最低賃金引き上げを実施する。
零細企業では、支払い能力がないので従業員の解雇もやむを得ないと、苦衷を訴えている。
これでは、最賃引上が景気の足を引っ張りかねない事態になってきた。
反企業が、文政権のトレードマークである。
企業性悪説に立っており、規制緩和どころか、規制強化という逆行した政策に取り組んでいる。
これが、過去の保守党政権のもたらした「積弊一掃」という認識だ。
経済誤認も甚だしいが、いくら説明しても聞く耳を持たぬ状態だ。韓国経済がキリモミ状態に突入して初めて深刻さを理解するのだろう。
(2017年12月3日)