勝又壽良 評論
「二重苦」に苛まされる中国経済、個人消費がネックで立ち往生
2018 1:36 PM
重苦」に苛まされる中国経済、個人消費がネックで立ち往生
中国経済の仕組みは
企業利益は下り坂へ
アリババの利益変調
家賃が一転下落局面
8月末に危機を認識
中国経済は、不動産バブルの崩壊と米中貿易戦争が、大きな圧力となっています。企業利益の伸び率が鈍化し、賃金の伸び率を抑え、個人消費に警戒信号が出てきました。
中国経済の仕組みは
ここで、一般的な景気の動きを少し説明します。
景気は、先行指数・一致指数・遅行指数という三つの経済指標がタイムラグを置いて、山や谷を形成しながら循環していきます。
現在の中国経済は、先行指数に当る金融や株価、商品市況などはすでに下降に向かっています。
一致指数は、小売販売額や企業の営業利益も下降局面に入っています。遅行指数は、家計消費支出が減少のシグナルが出ています。
すべての景気指標が「下向き」で、総崩れの状態となりました。
以上のような、中国経済の仕組みを見ると、中国はもはや景気が上向くことはありません。下落の一途という状況に置かれています。
間違っても楽観論など出てくる余地はないのです。
先ず、この事実を冷静に受け止めて下さい。「まだ、なんとかなるだろう」という期待感を抱くのは、中国の最高指導部だけと思われがちですが、10月末の会議は悲観論で一致しました。
10月31日の共産党政治局会議で中国経済への深刻な懸念が示されたのです。
「当面の経済状況は穏やかな中にも変化がある。下押し圧力がある程度強まり、一部企業が経営困難となる例が多く、長期間、蓄積されたリスク、隠れていた問題が暴露され始めた」という厳しいものでした。
「長期間、蓄積されたリスク、隠れていた問題が暴露され始めた」とは、具体的に何を指しているのでしょうか。
不動産バブルが、GDPを押上げたものの過剰債務を累増させた。
その処理も事実上、未着手です。
これから、過剰債務の重圧で企業が倒産するケースも多発する。
中国最高指導部は、今回初めてそれを認めたのです。この事実が重要です。
再び、不動産バブルに火を付けて、景気回復のエンジンを吹かすことがないと見られます。
これ以上の債務依存経済は、自殺行為であるとの認識に達したと思われます。
もし、苦境に耐えきれず、バブルに点火するようなことがあれば、中国経済の未来は消えたといえるでしょう。そこまで、中国経済は追い込まれているのです
企業利益は下り坂へ
景気の一致指数の一つである企業利益は、はっきりと低落状態へ入っています。
中国上場約3500社の2018年7~9月期純利益は、前年同期比7%増でした。
4~6月期の23%増から大きく鈍化したのです。これは、日本経済新聞が10月末までに決算発表した数字を集計した結果です。
業績の悪い企業は、決算発表を遅らせる習性があります。全体の決算発表が終われば、純利益の伸び率はさらに鈍化している可能性もあります。
もう一度繰り返します。
4~6月期の純利益が前年同期比23%増。これが、7~9月期で7%増と大幅鈍化です。
米中貿易戦争の第3弾が発動されたのは9月です。
まだ、本格的な貿易戦争の影響は現れていないのです。その影響が、10~12月期の純利益に100%出ると見るべきでしょう。
となると、10~12月期の純利益の伸び率はマイナスの公算が大きくなる。中国経済に与える影響は甚大なものになるはずです。
中国では、情報管理が厳重で公表されて当然のデータが隠されています。
純利益の伸び率に激変が起れば、賃金にも影響が出るはずです。
この「筋道論」から類推すると、すでにアリババの業績に影響が認められます。
また、高騰し続けた家賃が一転、値下がり状況に入りました。「市場経済」とは、こういう形で瞬時に企業活動の停滞が小売や家賃へと波及してゆきます。
習近平氏は、この市場経済システムに背を向けています。
自分の意向通りに経済をコントロール出来ない忌ま忌ましさが、「市場経済」軽視へと追いやっています。これは、政策運営責任者として失格です。
アリババの利益変調
電子商取引大手のアリババ集団は、中国のハイテク大手として知られています。
だが、中国の消費者を相手に製品を販売する中小企業向けのプラットフォームです。
その意味でアリババは、注目のハイテク株というよりも、中国経済の先行きを占う目安となる存在と見なされています。
もうすぐ迎える「11月11日」は、中国で「独身の日」とされ、アリババは「ビッグセールス」を行なうことで有名です。その時の販売額で、中国の消費景気が占われているほどです。
今年はどうなるか。
アリババの営業利益増加率は、昨年がピークでした。昨年第2四半期からの営業利益の前年同期比を次に示します。データは、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(11月5日付)に基づきます。
2017年4~6月期 98.7%増
7~9月期 83.4%増
10~12月期 25.8%増
2018年1~3月期 3.6%減
4~6月期 9.0%増
7~9月期 18.6%減
今年に入って、アリババの営業利益に変調が起っています。
アリババは前述の通り、中国の消費者を相手に製品を販売する中小企業向けプラットフォームです。
中国経済の末端である中小企業は、景気不振の影響を最初に受けます。
アリババは、収益の大半を中国国内で稼いでいるものの、米中の通商対立激化はリスクとなります。
経済減速による痛みが、中小企業とアリババに集中すると見るベきでしょう。アリババの業績は、中国末端景気のシグナルなのです。
アリババの10月以降の営業利益は、減益幅を拡大すると見られます。
上場企業の純利益が減益に転じると予想されるからです。
政府は、減税と財政支出拡大で対応する計画ですが、どこまで効果を上げられるか疑問です。
企業利益が悪化している中で雇用不安も起こり、賃金引き下げなどが重なれば、消費者の不安心理を高めるはずです。所詮、景況が大きく傾いている中で、財政効果は減殺されるでしょう。
家賃が一転下落局面
アリババの営業利益は、7~9月期に急ブレーキがかかった。実は、高騰していた貸家の家賃が9月以降、下降に向かうという事態を迎えていました。
中国房地産業協会(中国の不動産業協会)のデータによると、北京では8月、平均家賃が前年同月比21.16%上昇しました。
昨年同月は、同3.12%に過ぎなかったのです。中国の他の主要都市でも、同様の傾向が見られました。
前記協会によると、今夏は少なくとも19の省都で家賃が急上昇したのです。
中でも四川省成都では、8月の家賃が前年同月比32.95%と最も高い上昇率でした。
家賃急騰の裏には、投機資金が貸家市場へ殺到し、強引に家賃を引き上げたのが理由です。
都市部での生活費の上昇は、多くの人の賃金上昇ペースを上回っており、家賃の急騰で市民の不満が大きく広がりました。
「家賃の支払いは月給の3割程度を占めるほどになった」という北京市民の声もあるように、実需を無視した家賃の引上げでした。
それが9月に入ると突然の下落です。実需はなくて強引な家賃引上げが空き家を生み、大慌てで家賃を引下げたのでしょう。
中国房地産業協会は11月1日、今年10月の「中国都市賃貸価格指数」を発表しました。
それによると、1040.4ポイント(2016年1月を100ポイント)。前月から4.8ポイント(0.45%)低下しました。
これは、9月に続いて2カ月連続の下落です。9月は前月よりも0.7ポイント低下したので、10月の下落率が大きいのです。貸家需要が減っている証拠でしょう。
上がり過ぎた家賃が、その反動で下落に転じた。経済現象としてみれば、ごく自然なことに見られるのですが、中国経済を襲っている米中貿易戦争の影響が、所得の伸びを押え、家賃急騰の歯止め役になった。
こう見ますと、中国経済は大きな曲がり角に立っていると言えましょう。
8月末に危機を認識
実は、中国政府は8月末の時点で、中国経済の変調に警戒していました。ここで、それを見ておきましょう。
『ロイター』(8月28日付)は、「中国、安定的で健全な経済発展の達成で困難に直面」と題する記事を掲載していました。
(1)「中国国家発展改革委員会(NDRC)の何立峰主任は28日、安定的で健全な経済発展の達成で外的困難さが増しているとの認識を示した。
主任は全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の常務委員会で、『経済成長、雇用、インフレ、輸出入の目標は努力によって達成が可能』としつつ、
『ただ消費、社会融資総量、可処分所得の伸びの目標達成に向けて一段の努力が必要だ』と述べた。
困難さが増している原因については、経済の長期的な構造上の課題と外的環境によるリスクを指摘した」
NDRCが、「消費、社会融資総量、可処分所得の伸びの目標達成に向けて一段の努力が必要」と強調している点が重要です。社会融資総量とは、中国独特の概念でマネーサプライ(M2)のほかに、影の銀行の融資まで含みます。
これら項目は、政策当局が直接指示して動かせないのです。インフラ投資であれば、政府の指示でいかようにも増減できます。
だが、前記3項目は国民や企業の意思に従うもので政府のコントロールを外れます。
まさに、ミクロ経済の分野です。経済活動の基底は、このミクロ経済の活動に待つほかないのです。ここは、中国のような統制経済の泣き所です。市場機能を軽視してきた経済運営の国家では、手に負えない事態になっています。
中国経済は、GDPの項目を見ても分るように、総資本形成へ極端に依存した経済です。
例えば、このメルマガ(11月1日号)で明らかにしましたが、2016年の対名目GDP総資本形成比は44.1%、対名目GDP民間最終消費支出比は39.3%に過ぎません。この歪な経済構造において、緊急事態だから民間最終消費支出比率を一挙に押上げることは不可能です。「
消費、社会融資総量、可処分所得」はワンセットになって、家計支出と関わっています。
(2)
「ここ数カ月間の経済指標によると、中国では投資の伸びが鈍化。小売売上高や可処分所得の伸びも引き続き低調で、経済全体が冷え込み始めている。
一方では、相次ぐ景気刺激策や金融の緩和により、債務リスクの削減に向けた中国政府の取り組みが後退しているのではないか。何主任は、中国が経済のデレバレッジを続けていくが、その取り組みのペースと度合いはコントロールしていくとし、『中国は不動産市場の問題を解決し、不動産価格の上昇を断固抑制しようと決意している』と強調した」
中国では、投資(高すぎる総資本形成比率)の落ち込み分を、消費(低すぎる民間最終消費支出比率)でカバーすることは不可能です。
こういうアンバランスな経済構造をつくり出した目的は、経済成長率を比較的短期間に引き上げるという戦略に基づいていました。
今になって、その弊害に足をすくわれ、「消費、社会融資総量、可処分所得」がネックになってもどうにもなりません。過去の経済政策の失敗を嘆くほかないでしょう。中国経済が危機であるのは真実です。