勝又壽良の経済時評
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2018-11-12 05:00:00
韓国、「氏族意識」自分だけ利益を得れば良いという社会「真の危機」
韓国は、「身びいき社会」である。歴代大統領が汚職事件に巻き込まれているのは、「身内重視」であるからだ。
儒教社会の伝統を引き継ぐ韓国では、一族から出世した人物が出ると、その人間が一族の面倒を見ることが不文律となっている。中国は、この傾向がさらに強い。
中国も韓国も、氏族制意識を強く持っている。
他の氏族に対して、協力するよりも敵対意識で臨むことが多いのだ。
中国では最近まで「械闘」(かいとう)といって、氏族間、間の揉めごとで暴力沙汰が頻発していた。
韓国でもこういう、不寛容な慣習が何百年も続いてきた。現代まで引き継がれても不思議はない。
韓国は、近代化されたと言っても表面的なこと。社会の底流は、氏族意識が形を変えて生き続けている。すべては、「敵か」「味方か」で区別されている。
両者をつなぐ共通の価値観が存在しないのだ。
韓国特有の「反企業意識」は、企業が庶民の敵として位置づけられている。
企業が存在するから雇用が生まれる。そういう認識にはない。企業は労働者を搾取するもの。そういう古典的な労使関係論に立っている。
労働者が、企業から搾取されないためにどうするのか。
ここに登場するのが、北朝鮮の金日成によって唱えられた「主体思想」(チュチェ思想)である。
この思想は、「自国の革命と建設に対して主人らしい態度を取る」人間中心の考え方とされている。
そのためには、「金日成と金正日の指導を仰ぐ」という個人崇拝のオチがつく。
チュチェ思想は、金ファミリーへの忠誠「呪文」でもある。韓国の労働組合を中心とする進歩派は、それを問題にしない鷹揚さを見せる。
「主体思想」は、労働者階級という「身内の論理」に包摂されるからだろう。
「主体思想」に立てば、韓国の労働者は企業に「雇用」されるのでなく、企業を支配する「主人」の関係に変わる。
つまり、企業と敵対関係になる。こういうマルクスの亡霊が、韓国の労働組合を中心とする進歩派に息づいている。驚く時代錯誤である
氏族制意識は、この「主体思想」と絡み合って独特の進歩派の「身内意識」=「身びいき」へとつながっているように思える。
文政権が、「所得主導経済」という大幅な最低賃金引き上げ策が、労働組合の地位向上に貢献すると判断して、いかなる反対論にも屈しない理由はここにあろう。
『朝鮮日報』(11月10日付)は、「批判相次ぐ『Jノミクス』文大統領は見直す考え無し」と題する記事を掲載した。
(1)
「文大統領は9日に招集した『公正経済戦略会議』において『韓国経済は今後『早く早く』ではなく『共に』進んでいかねばならない。
それは『引き続きより遠くへ進む』ということだ』と述べ、『経済民主主義』の考え方を改めて強調した。
経済政策担当者の人事と政府の戦略を決める会議を同じ日に行うことで、所得主導成長と公正経済を中心とした今の政策の基本は見直さず、今後もそれを続ける意向を明確にした」
文氏は、「公正の罠」にはまっている。
公正には二つの概念がある。
一つは、努力したならばそれに応じて報われるという公平性である。
もう一つは、人権思想としての公平性である。いずれも大事な内容だ。
文氏は、前者を忘れて後者ばかりを主張する。
これは、一種の「氏族制」を色濃く残した「身内の論理」に陥る危険性を抱えている。公平性は、前記の二つの実現があって初めて、調和のとれた議論になる。
最低賃金の大幅引き上が、なぜ社会的な混乱を引き起こしたのか。前者の公平性を無視して、後者の公平性だけを取り上げているからだ。経済政策として失敗して当然であろう。
(2)
「文大統領はまた、ソウル市江南区三成洞のCOEX展示場で開催された「公正経済戦略会議」において「成長」ではなく「公正」と「包容国家」を強調した。
文大統領は
「成長の過程で公正さが失われ、みんなで成し遂げた結果は大企業集団に集中した」
「成長するほど富の不平等が深刻化し、企業は国際的な競争力を自ら弱めた」などと主張した。
これについて専門家の間からは「財界からは経済政策の見直しを求める声が上がっているが、文大統領はこれに耳を傾けるどころか、逆に大統領自ら政策に介入し、これまでの政策を一層強化するのではないか」といった懸念の声が上がっている」
このパラグラフこそ、文氏の偏った見方が100%窺える。
① 「成長の過程で公正さが失われ、みんなで成し遂げた結果は大企業集団に集中した」
文氏は、学生時代に「主体思想」に馴染んでいた。学生運動の闘士であったから当然である。だが、大企業集団に富が集中したと判断すれば、独占禁止法を厳しき運用して、市場機構を貫徹させれば是正可能である。
頭から、大企業は悪であるという発想法が、現在の雇用悪化をもたらした理由である。
② 「成長するほど富の不平等が深刻化し、企業は国際的な競争力を自ら弱めた」
韓国の独占禁止法には抜け穴がある。
財閥による企業系列の規制は手抜かりがあった。
戦前の日本の財閥制度を移植したもので、その弊害を是正せずに現代まで持ち込んでいる。
だが、大企業に規制を加えた結果、韓国企業は萎縮しきっている。
これが、国際的な競争力を奪っているのだ。文氏は、この間違いに気付かずに規制強化を行なっている。公平の概念には二つの意味があることを忘れているのだ。
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2018-11-12 05:00:00
韓国、「氏族意識」自分だけ利益を得れば良いという社会「真の危機」
韓国は、「身びいき社会」である。歴代大統領が汚職事件に巻き込まれているのは、「身内重視」であるからだ。
儒教社会の伝統を引き継ぐ韓国では、一族から出世した人物が出ると、その人間が一族の面倒を見ることが不文律となっている。中国は、この傾向がさらに強い。
中国も韓国も、氏族制意識を強く持っている。
他の氏族に対して、協力するよりも敵対意識で臨むことが多いのだ。
中国では最近まで「械闘」(かいとう)といって、氏族間、間の揉めごとで暴力沙汰が頻発していた。
韓国でもこういう、不寛容な慣習が何百年も続いてきた。現代まで引き継がれても不思議はない。
韓国は、近代化されたと言っても表面的なこと。社会の底流は、氏族意識が形を変えて生き続けている。すべては、「敵か」「味方か」で区別されている。
両者をつなぐ共通の価値観が存在しないのだ。
韓国特有の「反企業意識」は、企業が庶民の敵として位置づけられている。
企業が存在するから雇用が生まれる。そういう認識にはない。企業は労働者を搾取するもの。そういう古典的な労使関係論に立っている。
労働者が、企業から搾取されないためにどうするのか。
ここに登場するのが、北朝鮮の金日成によって唱えられた「主体思想」(チュチェ思想)である。
この思想は、「自国の革命と建設に対して主人らしい態度を取る」人間中心の考え方とされている。
そのためには、「金日成と金正日の指導を仰ぐ」という個人崇拝のオチがつく。
チュチェ思想は、金ファミリーへの忠誠「呪文」でもある。韓国の労働組合を中心とする進歩派は、それを問題にしない鷹揚さを見せる。
「主体思想」は、労働者階級という「身内の論理」に包摂されるからだろう。
「主体思想」に立てば、韓国の労働者は企業に「雇用」されるのでなく、企業を支配する「主人」の関係に変わる。
つまり、企業と敵対関係になる。こういうマルクスの亡霊が、韓国の労働組合を中心とする進歩派に息づいている。驚く時代錯誤である
氏族制意識は、この「主体思想」と絡み合って独特の進歩派の「身内意識」=「身びいき」へとつながっているように思える。
文政権が、「所得主導経済」という大幅な最低賃金引き上げ策が、労働組合の地位向上に貢献すると判断して、いかなる反対論にも屈しない理由はここにあろう。
『朝鮮日報』(11月10日付)は、「批判相次ぐ『Jノミクス』文大統領は見直す考え無し」と題する記事を掲載した。
(1)
「文大統領は9日に招集した『公正経済戦略会議』において『韓国経済は今後『早く早く』ではなく『共に』進んでいかねばならない。
それは『引き続きより遠くへ進む』ということだ』と述べ、『経済民主主義』の考え方を改めて強調した。
経済政策担当者の人事と政府の戦略を決める会議を同じ日に行うことで、所得主導成長と公正経済を中心とした今の政策の基本は見直さず、今後もそれを続ける意向を明確にした」
文氏は、「公正の罠」にはまっている。
公正には二つの概念がある。
一つは、努力したならばそれに応じて報われるという公平性である。
もう一つは、人権思想としての公平性である。いずれも大事な内容だ。
文氏は、前者を忘れて後者ばかりを主張する。
これは、一種の「氏族制」を色濃く残した「身内の論理」に陥る危険性を抱えている。公平性は、前記の二つの実現があって初めて、調和のとれた議論になる。
最低賃金の大幅引き上が、なぜ社会的な混乱を引き起こしたのか。前者の公平性を無視して、後者の公平性だけを取り上げているからだ。経済政策として失敗して当然であろう。
(2)
「文大統領はまた、ソウル市江南区三成洞のCOEX展示場で開催された「公正経済戦略会議」において「成長」ではなく「公正」と「包容国家」を強調した。
文大統領は
「成長の過程で公正さが失われ、みんなで成し遂げた結果は大企業集団に集中した」
「成長するほど富の不平等が深刻化し、企業は国際的な競争力を自ら弱めた」などと主張した。
これについて専門家の間からは「財界からは経済政策の見直しを求める声が上がっているが、文大統領はこれに耳を傾けるどころか、逆に大統領自ら政策に介入し、これまでの政策を一層強化するのではないか」といった懸念の声が上がっている」
このパラグラフこそ、文氏の偏った見方が100%窺える。
① 「成長の過程で公正さが失われ、みんなで成し遂げた結果は大企業集団に集中した」
文氏は、学生時代に「主体思想」に馴染んでいた。学生運動の闘士であったから当然である。だが、大企業集団に富が集中したと判断すれば、独占禁止法を厳しき運用して、市場機構を貫徹させれば是正可能である。
頭から、大企業は悪であるという発想法が、現在の雇用悪化をもたらした理由である。
② 「成長するほど富の不平等が深刻化し、企業は国際的な競争力を自ら弱めた」
韓国の独占禁止法には抜け穴がある。
財閥による企業系列の規制は手抜かりがあった。
戦前の日本の財閥制度を移植したもので、その弊害を是正せずに現代まで持ち込んでいる。
だが、大企業に規制を加えた結果、韓国企業は萎縮しきっている。
これが、国際的な競争力を奪っているのだ。文氏は、この間違いに気付かずに規制強化を行なっている。公平の概念には二つの意味があることを忘れているのだ。