<韓国の社会保障費は前年比で14.6%増で、日本の3.3%を大きく上回る。このままでは持続不可能だ>
2017年5月10日、文在寅政府が発足してから2年が過ぎた。
文在寅政府は、家計の賃金と所得を増やすことで消費を増やし、経済成長につなげる「所得主導成長論」に基づいて労働政策と社会保障政策に力を入れており、国民、特に低所得層の所得を改善するための多様な対策を実施している。
まず、労働政策から見ると、2017年に6470ウォンであった最低賃金は2020年には8590ウォンに引上げられた。
また、「週52時間勤務制」を柱とする改正勤労基準法(日本の労働基準法に当たる)を施行することにより、残業時間を含めた1週間の労働時間の上限を68時間から52時間に制限した。
労働者のワーク・ライフ・バランスを実現させるとともに新しい雇用を創出するための政策である。
社会保障政策としては2018年から「健康保険の保障性強化対策」、いわゆる「文在寅ケア」が施行された。
文在寅ケアとは、文在寅大統領(以下、文大統領)の選挙公約の一つで、国民の医療費負担を減らし、医療に対するセーフティネットを強化するための政策である。
その具体的な内容としては、
1)健康保険が適用されていない 3大保険外診療(看病費、選択診療費、差額ベッド代)を含めた保険外診療の段階的な保険適用、
2)脆弱階層(高齢者、女性、児童、障がい者)の自己負担軽減と低所得層の自己負担上限額の引き下げ、
3)災難的医療費支出(家計の医療費支出が年間所得の 40%以上である状況)に対する支援事業の制度化及び対象者の拡大などが挙げられる。
この中でも特にポイントは国民医療費増加の主因とも言われている保険外診療(健康保険が適用されず、診療を受けたときは、患者が全額を自己負担する診療科目)を画期的に減らすことである。
文在寅ケアにより、エステや美容整形などを除くMRI検査やロボット手術など約 3,800項目の保険外診療が 2022年までに段階的に保険が適用されることになる。
また、2018年9月からは児童手当が導入された。
対象は満6歳未満の子どもを育てる所得上位10%を除外した世帯であり、子ども一人に対して月10万ウォンが支給された。
さらに今年の4月からは所得基準が廃止され、満6歳未満の子どもはすべて児童手当の対象になった。
一方、65歳以上の高齢者のうち、所得認定額が下位70%に該当する者に支給される基礎年金の最大給付額は2018年9月から月25万ウォンに引き上げられた。
韓国政府は、無年金者や低年金者を含め経済的に自立度が低い高齢者の老後所得を補完するために、2014年7月から既存の「基礎老齢年金制度」を廃止し、新しく「基礎年金制度」を導入・施行している。財源はすべて一般会計から賄われる。
急激な政策の展開が様々な問題を起こす
このような政策が問題なく実施・定着されると所得格差は改善され、国民はより豊かな生活ができるだろう。しかしながら、政策の効果がなかなか出てこない。
韓国統計庁が2018年11月22日に発表した「2018年7〜9月期家計動向調査(所得部門)」によると、世帯間の所得格差は過去最高水準に広がっている。
全世帯を所得により5段階に分けたデータを確認したところ、所得最下位20%世帯の1カ月平均名目所得は131.8万ウォンで前年同期に比べて7.0%も減少した。
名目所得が減少したのは3期連続のことである。
一方、所得最上位20%世帯の1カ月平均名目所得は前年同期に比べて8.8%増の973.6万ウォンと11期連続で増加した。
低所得層の所得が減少した反面、高所得層の所得は増加した結果、所得階層間の格差はさらに広がった。
韓国政府の狙いとは裏腹に所得格差が広がっている理由としては低所得層の勤労所得が大きく減少した点が挙げられる。
つまり、2018年7〜9月期における所得最下位20%世帯の勤労所得は47.9万ウォンと1年前に比べて22.6%も減少したことに比べて、所得最上位20%世帯の勤労所得は730.2万ウォンで11.3%も増加した。
所得最下位20%の勤労所得が20%以上減少したのは、統計庁が関連統計を作成し始めた2003年以降初めてのことである。
一方、韓国政府は少子化対策の一環として2012年からは無償保育制度、最近は児童手当制度を実施しているものの、まだその効果が表れていない。
韓国統計庁が2019年2月27日に発表した「2018年出生・死亡統計(暫定)」では、2018年の合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子供の平均数、以下、出生率)は、2017年の1.05を下回る0.98まで低下すると予想した。
出生率が1を下回ることは関連統計を発表してから初めてだ。
韓国の国会立法調査処は、2014年8月22日に、今後、出生率が2013年の出生率1.19のままなら、2014年時点で5075万人(将来人口推計)である韓国の人口は、2056年に4000万人になり、2100年には2000万人へと半減すると予想した。
また、2136 年には1000万人まで人口が減り、2256年には100万人に人口が急減し、少子化が改善されない場合、韓国は2750年には消滅すると予測している。
2018 年の出生率が0.98であることを考慮すると、人口減少のスピードは上記の予測よりさらに速くなる可能性が高い。
社会保障拡大政策を推進、増える社会保障関連予算
一方、社会保障政策は今後も拡大路線が鮮明である。2018年9月に導入した児童手当は、その支給対象を拡大し2019年10月からは対象年齢が満7歳未満に拡大される。
また、満65歳以上の高齢者に支給される基礎年金の給付額も引き上げられる。
2019年4月からは所得下位20%の高齢者の基礎年金の給付額を既存の月25万ウォンから月30万ウォンに引き上げられており、今後所得下位70%の高齢者まで段階的に引き上げる予定である。
基礎年金の給付額を日本円に換算すると3万円程度で、高齢者が生活するためには十分ではない金額かも知れない。
しかしながら、保険料を納めることにより受給権が発生する日本の国民年金受給者の老齢年金の平均年金月額が、2016年度末現在で5万5千円(基礎のみ・旧国年の受給者の場合は5万1千円)であることを考慮すると、保険料という収入なしで年金を支出せざるを得ない韓国政府の財政的な負担はかなり大きいだろう。
韓国政府は社会保障拡大政策を実施することに伴い、来年度予算を大きく増やした。
2019年度予算案の一般会計総額は470.5兆ウォンで、2018年度の428.8ウォンに比べて9.7%も増加した。2019年度予算案の一般会計総額の対GDP比は24.8%で、日本の18.5%より高い。
その中で、保健・福祉(社会保障)・雇用関連予算額は2018年度の144.6兆ウォンから2019年度には162.2兆ウォンに12.2%も増加しており、一般会計予算の34.5%を占めることになった。
福祉(社会保障)部門だけをみると72.4兆ウォンで、前年に比べて14.6%も増加しており、日本の一般会計予算の社会保障費増加率3.3%を大きく上回っている。
韓国政府の 2019 年予算案の概要
![korea_budget.jpg](https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/korea_budget.jpg)
出所:韓国政府(2019)「2019 年予算案の主な特徴」から筆者作成
韓国における2017年の高齢化率は14.2%で、日本の高齢化率27.7%を大きく下回っているものの、一般会計や福祉関連予算の増加率は日本を大きく上回っている。
日本に比べて公的社会保険が給付面において成熟しておらず、公的社会保険の保障率が低いことがその理由ではないかと思われる。
つまり、公的社会保険により保護されていない人々を国が国の財源により保護しようとしていることや、所得主導成長を目指し、社会保障政策を拡大したことが日本より一般会計総額や福祉関連予算の増加率が高い理由であるだろう。
社会保障や税の一体改革の検討を
韓国政府は予算を増やしてでも、貧困や格差、若者の就職難、出生率の低下という社会問題を解決したいところであるものの、その効果がなかなか出ないことに非常に苦慮している。
しかしながら、政府予算が無駄に使われたケースも少なくない。
最近、韓国で起きた私立幼稚園と老人療養施設の会計不正などがそのいい例である。
従って、今後は予算の拡大のみならず、予算使用の監視体制を強化する必要がある。
また、政府予算が短期的な効果を生み出す短期的な政策だけではなく、より長期的で持続可能な制度の実施に使われ、韓国社会の根本的な問題が解決できるように知恵を絞るべきである。
さらに、増え続ける予算を確保するための議論も慎重に行わなければならない。
韓国政府は2018年時点で39.5%である債務残高の対GDP比を今後も40%水準で維持することを計画しているものの、急速な少子高齢化の進展や所得主導政策の実施は今後より多くの財源を必要とするに違いない。
従って、今後安定的な税収の増加を確保しないと、財政赤字やそれを埋め合わせるための国債発行額は増え続け、所得主導政策の実施を妨げる要因になるだろう。
今こそが、社会保障や税の一体改革が必要な時期であることを忘れてはならない。
※当記事は「急速に少子高齢化が進む韓国の社会保障政策(1)所得主導成長論に基づく拡大政策を推進 社会保障や税の一体改革の議論が必要」時事通信社『厚生福祉』2019年7月9日 第6501号・合併号を加筆修正したものである。