「日本を倒せ!」と雄叫びをあげる韓国。
だが、「無謀な経済戦争」を起こした文在寅(ムン・ジェイン)大統領への恨み節も漏れてくる。
8月5日には株式、為替ともに急落した。迷走するこの国はどこに行くのか――。韓国観察者の鈴置高史氏に聞いた。
「盗人」日本と戦え!
――「ホワイト国」の指定を外された韓国が異様に反発しています。
鈴置: 8月2日午前10時過ぎ、日本政府が閣議で輸出管理の緩い「ホワイト国」――新しい呼び方は「グループA」――から韓国を外す決定を下しました。
すると、4時間後には文在寅大統領がテレビ中継に登場。
「盗人猛々しい」と日本を罵倒したうえ、「日本は我が経済に打撃を与える意図を持つ。
相応の措置を断固としてとる」と宣言しました。
大統領は
「我々は2度と日本に負けない」
「挑戦に打ち勝ち、勝利の歴史を国民と共にもう1度、作る」とも呼びかけました。
「気分はもう戦争」です。
同日、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相兼企画財政部長官も日本を韓国版「ホワイト国」――輸出優遇措置の対象国から外すと発表しました。
また韓国政府はWTO(世界貿易機関)に日本を提訴する準備を着々と進めるとも明かしました。
国会は全会一致で日本非難決議を採択。
「市民」は連日、反日デモに繰り出しています。
日本製品不買運動も盛り上がっています。政府に近い左派メディアはもちろん対日非難一色です。
保守系紙も「卑劣な日本」
ハンギョレの社説「ついに“破局”を選んだ安倍、“国家力量”総結集し対抗しよう」(8月2日、日本語版)は「日本との戦い」に向け、国民の団結を強く訴えました。
東亜日報や朝鮮日報など保守系紙の社説も、日韓の経済戦争の原因は日本にあると断じました。
東亜日報の「自由貿易を踏みにじった日本、断固として対応するものの妥協の道を開いておかなければ」(8月3日、日本語版)は次のように書きました。
・日本の今回の措置は、世界の自由貿易秩序に対する挑戦だ。
貿易の武器化は、密接に関係する世界的な分業体系を崩壊させる卑劣なやり方だ。
朝鮮日報の「四方から押し寄せる複合危機、克服できなければ未来はない」(8月3日、韓国語版)の第1段落目の最後の文章が以下です。
・あらゆる風波の中でも何とか築いてきた両国の友好関係を、一瞬にして破局に追いやった日本の経済報復を慨嘆するほかない。
93%が「文在寅が始めた戦争だ」
――国を挙げて「日本との戦争」で盛り上がっているのですね。
鈴置: ええ、表面は。でも、新聞記事に寄せられる読者のコメント欄を見ると、全く異なる世界が垣間見られるのです。
先ほど引用した朝鮮日報の社説「「四方から押し寄せる複合危機、克服できなければ未来はない」」(8月3日、韓国語版)。
読者のコメントはほとんどが「こんな状況に陥ったのは文在寅のせいだ」と主張するものでした。掲載されて24時間後までに寄せられた読者のコメントは231件。うち、大統領を支持したのはたった8件です。
一方、大統領が日本との紛争を起こした、と指摘するなど、政権批判のコメントは215件に上りました。何と93・1%です。
退陣を求めるものも22件ありました。「文在寅は安倍に心から謝罪せよ」と主張するコメントさえあったのです。
なお、どちらとも分類できないコメントが3件、削除されたものが5件でした。
政権批判が手ぬるい、と朝鮮日報を非難したコメントも目につきました。
「周辺の4カ国が一斉に圧迫してきた」と朝鮮日報は悲鳴をあげています(「日・ロ・中・朝から袋叩きの韓国 米韓同盟の終焉を周辺国は見透かした」参照)
先の社説も日本のホワイト国除外を軸に、「袋叩きにされる韓国」を論じましたが、自分の国の責任は一切問わず、危機に当たって団結しようと呼び掛けるのが主眼でした。そんな朝鮮日報の腰の引けた姿勢に、政権に批判的な韓国人は怒ったのです。
実名で語れば「親日派」認定
――保守系紙の読者コメント欄ですから、政権批判が多いのでしょうね。
鈴置: もちろんそうです。ただ、韓国や日本のメディアで報じられる青瓦台(大統領府)や韓国の役所、国会、市民団体の「日本が悪い」「日本と戦え」といった大合唱とは、あまりにかけ離れているのです。
「日本との約束を破った文在寅にこそ問題がある」と言ってくる韓国人もいます。
が、相手が親しい日本人だから、そう言うのだろうな、と思っていました。
しかし、そうした意見が「うちうち」でも、これほどに語られているとは。驚きました。
この社説だけではありません。
「ホワイト国から除外」以降は、保守系紙の関連記事の読者コメントの90%以上が政権批判なのです。
朝鮮日報の「安倍、1月から準備を指示、永田町には『100件の報復リストあり』」(8月3日、韓国語版)などです。
――なぜ、政権批判が読者コメントに留まっているのでしょうか。
鈴置: 表立って政権批判すれば、「親日派」のレッテルを貼られてしまうからです。そこまでいかなくとも「内部対立を起こし、日本を有利にする」として、「売国奴」のレッテルを貼られるのは確実です。
だから組織も個人も、実名を出す時は「日本が悪い!」と叫ぶしかない。一方、読者コメントは無記名ですから、本音が書ける。
安倍が怒るのは当たり前だ
――韓国人の本音は「文在寅が悪い」と見て良いのですか?
鈴置: 保守のかなりの部分はそう考えています。
コメント欄には「日韓正常化交渉の際の合意や慰安婦合意を破った文在寅に安倍が怒るのは当たり前だ」といった意見が溢れています。
証拠がもう1つあります。
ハンギョレの「ついに“破局”を選んだ安倍、“国家力量”総結集し対抗しよう」は国民の団結を強く訴えた社説と紹介しましたが、こんなくだりもあるのです。
・日本が7月初めに半導体材料の輸出規制を下した時のように、韓日貿易戦争の勃発責任を安倍ではなく文在寅政府のせいにする一部野党と保守マスコミの無分別な行動がこれ以上あってはならない。
・日本の代わりに韓国を批判することに没頭する一部勢力の態度は、国民の審判を受けるだろう。
韓国人のかなりが「文在寅が悪い」と考えていることを左派も十分、分かっている。
だからハンギョレも、それが「文在寅政権打倒」運動につながらないよう「戦争勃発の責任を文在寅に向けるな」と予防線を張っているわけです。
「言うだけ番長」で墓穴
――事実は無視して「日本が悪い」と叫ぶのが韓国人と思っていました。
鈴置: その認識は基本的には正しい。ただ、自分に不利益が及ぶとなると、話は別です。
2019年第1四半期に実質GDPがマイナスになるなど、韓国経済は不振に陥っています
(「ウォン安が止まらない韓国、日米との関係悪化で“助け舟”も絶望的の自業自得」参照)
そんな時に日本にケンカを売って、国の中核産業である半導体を文在寅政権は揺るがせた(「輸出規制に文在寅は打つ手なし、日本を非難するほど半導体は『韓国離れ』の皮肉」参照)。
頼みの米国との関係も最悪で、今回は助けてもらえない(「日・ロ・中・朝から袋叩きの韓国 米韓同盟の終焉を周辺国は見透かした」参照)。
かといって「日本に勝つ」策があるわけではない。そこで文在寅政権は勇ましいことを言って国民の離反を防いでいる。「言うだけ番長」です。
しかし、言えば言うほど、大騒ぎするほどに韓国の半導体産業の先行きに疑問が持たれてしまいます
(「輸出規制に文在寅は打つ手なし、日本を非難するほど半導体は『韓国離れ』の皮肉」参照)。文在寅政権は墓穴を掘っているのです。
おカネが逃げ始めた
――本当に、墓穴を掘っていますね。
鈴置: そんな「危ない」国からはおカネが逃げ出します。
「ホワイト国(Aグループ)の適用除外」が決まった8月2日、KOSPI(韓国総合株価指数)は前日比19・21ポイント安の1998・13と、心理的抵抗線の2000を割りました。
週明けの8月5日も続落。
51・15ポイントも下げ1946・98で引けました。毎日経済新聞は「通貨危機の悪夢が浮上」(韓国語版)との見出しで急落を報じました。
ウォンも売られました。 8月2日の終値は9・5ウォン安の1ドル=1198・00ウォン。
その流れを引き継ぎ、8月5日には「防衛線」と見なされた1200ウォンをあっさり突破、17・15ウォン安の1215・15ウォンを付けました。
韓国は2008年と2011年の通貨危機の際、日本、米国、中国から通貨スワップを結んでもらい――つまり、ドルを借りてしのぎました。
今は、日本はもちろん米国や中国とも関係が悪化しています。韓国は通貨面でも孤立無援と市場は見なしています。
――韓国紙は「中国との間で通貨スワップを結んでいる」と書いています。
鈴置: 韓国銀行は中国との通貨スワップを延長したと主張していますが、中国の金融当局はそれを確認していません。記者団の質問にも「韓国に聞け」と言うだけです。
韓銀のホームページにも、本来は載るはずの「延長のお知らせ」が出ていないのです。市場は「中韓スワップ」の存在に極めて懐疑的です。
経済が悪化しようと和解しない
――では、韓国は日本に白旗を掲げるのですか。
鈴置: 今の段階で、その可能性はまずありません。「日本に勝つ」と宣言した以上、文在寅政権は白旗を掲げるわけにはいかないからです。
この政権は50%前後の比較的高い支持率を誇っている。その自信からも、また、支持者をつなぎとめるためにも、日本にスワップなど求めず、徹底的に戦うでしょう。
――韓国の左派は通貨危機の危険性に気づかないのでしょうか?
鈴置:左派の中にも分かっている人はいます。でも、それを言い出すと「日本に譲歩してスワップを結んでもらおう」という方向に話が進みかねない。
ハンギョレの社説「ついに“破局”を選んだ安倍、“国家力量”総結集し対抗しよう」が「『経済に打撃が大きいから、どうにか和解しよう』という方式で安易に軋轢を縫合してはならない」と書いています。そうした空気が生まれるのを阻止する狙いでしょう。
奈落の底に落ちて行く
――結局、韓国はどうなるのでしょうか。
鈴置: 通貨危機に向け、ひた走る可能性が増しました。1997年の通貨危機のデジャヴです。
韓国は当時も外交的に孤立し、危機に直面しても誰からも助けてもらえなかったのです(『米韓同盟消滅』第2章第4節「『韓国の裏切り』に警告し続けた米国」参照)。
保守系紙の読者コメントからも「1997年の再現だ。通貨危機に陥る」との悲鳴が聞こえてきます。
しかし、そうした声は「表」では語られません。その結果、韓国はずるずると奈落の底に落ちて行くのだと思います。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ) 韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
週刊新潮WEB取材班編集
2019年8月5日 掲載