櫻井よしこ×西岡 力 「慰安婦報道」で反省が求められる朝日新聞
5/17(月) 10:59配信
朝日新聞社屋
自らペンで反論する術を持ちながら、司法の場で争いを仕掛けた男の訴えは退けられた。
濡れ衣を着せられたのはジャーナリストの櫻井よしこ氏と麗澤大客員教授の西岡力氏。
真実を勝ち取り、判決後に初めて顔を合わせた二人が、過ちを省みない「真の敵」を喝破する。
5年以上に及ぶ長い法廷闘争が遂に終わりを迎えた。
元朝日新聞記者の植村隆氏が、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と麗澤大学客員教授の西岡力氏が執筆した雑誌記事で、名誉を毀損されたと訴えた裁判。
最高裁は植村氏の請求をいずれも棄却した一審、二審の判決を支持し、櫻井氏については2020年11月、西岡氏については今年3月にそれぞれ原告の上告を却下する判決を言い渡した。
ここに植村氏による一連の裁判は、一審以来の原告敗訴判決が確定する結果で完結したのである。
ことの経緯を振り返ると、
原告の植村氏は1991年8月11日付の朝日新聞(大阪本社版朝刊)で、いわゆる従軍慰安婦と称された韓国人女性の証言を基にした記事を書いた。
その仔細については後述するが、当該記事を櫻井氏は本誌(「週刊新潮」)連載などで、西岡氏も著書などで「捏造」等と論評。
これを不当だとする植村氏は、執筆した両名と版元を相手に論稿の削除、損害賠償と謝罪広告掲載を求め提訴していた。
櫻井 西岡さんの判決が確定するまで、二人で総括するのは待とう――そう決めていたので対談が今日になりました。それにしても5年。長いですね。
法廷には何回か行かれましたか? 西岡 僕は1回だけです。
これは裁判という名を借りた“政治運動”だと捉えていたので、相手にしない方がいいと思いまして……。
櫻井 私は16年4月の第1回口頭弁論と、18年3月の本人尋問の2回出廷しました。
大法廷に漂う独特の雰囲気を味わい、彼らはこういうふうに“運動”するのだなということがよく分かりました。
西岡 まず弁護士の数が圧倒的に違いましたよね。
原告側の席に、弁護士が横にズラーッと座ってこちらを威圧していましたから。
櫻井 私が出廷した裁判でも、30人以上はいたのかしら。
原告の席が、2列3列くらいになっていました。
西岡 被告席に座る私の側は、出版社を通じて頼んだ弁護士が2人だけでした。
櫻井 そもそも札幌で裁判を起こされたわけです。
私の自宅や出版社は東京にあるし、植村氏側にも東京在住の弁護士がついている。
そこで東京地裁で扱ってもらうよう裁判所に申請しました。
札幌地裁は一旦、移送を認めたのですが、それにもかかわらず、植村氏側が異議を唱えた。
生活拠点は北海道にあり、東京に移送されたら経済的理由で裁判を受ける権利が実現できないという理屈も挙げていました。
そして支援者から署名をたくさん集めて反対した。
裁判所はそうした動きを受けて、最終的に札幌で裁判することになりました。
当時の彼は、講演や集会で東京や韓国など各地を飛び回っていたんですけどね。
西岡 おかしなことに私の裁判は先に東京地裁で起こしました。
傍聴席は植村氏の支援者でほぼ埋め尽くされていた。
櫻井 よくわかります。私もこちら側の応援団は東京から取材にきてくれた産経新聞くらいでした。
圧倒的に多勢に無勢ですよね。
法廷での植村氏は、傍聴人に向かって訴えかけるような調子でした。
裁判の前後に支援者を集めて集会を開いていたそうですから、政治運動の印象を与えていたのは確かです。
振り返れば、札幌には苦い思い出があります。
1997年に川崎で開かれた講演会で「慰安婦は強制連行ではない」という趣旨のことを話したら、物凄い反発を受けた。
抗議の多くが北海道からでした。
西岡 大量の手紙やファックスがきたそうですね。
櫻井 あの頃はメールがなかったので、事務所のファックスの紙がなくなるほどでした。
一番多かったのが北教組(北海道教職員組合)からの抗議でしたから、札幌で裁判を行えば、そういった世論に裁判官の方々が影響されるのではという心配がありました。
西岡 それでも裁判所は、私たちの主張が正しいということまで踏み込んだ判決を下してくれました。
植村氏の取った行動はやぶ蛇でしたし、言論人として闘わなかった報いなのではないかと思います。
言論には言論で闘うべきなのに、彼らは論争を避けて“自分が正しい”という判断を司法の場に委ねた。
卑怯なやり方だったと思いますが、私は「言論の自由」のために絶対に負けてはならないと思っていました。
裁判所が認めた
櫻井 西岡さんが指摘した通り、植村氏の戦略は全てが裏目に出てしまいましたね。
朝日新聞で彼が書いたことは間違いで、裁判所が我々の指摘の真実性を認めた。
彼らにとって予想外の結果だったことでしょう。
改めて裁判の争点となった植村氏の記事を見れば、〈元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く〉との見出しが躍り、以下のように書かれていた。
〈『女子挺(てい)身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり(以下略)〉
櫻井氏と西岡氏は、この記事が慰安婦とはまったく無関係で、単なる勤労奉仕活動を指すに過ぎない「女子挺身隊」の名を挙げ、日本軍が国家ぐるみで女性たちを強制連行したかのような印象を与えたとして批判してきたのだ。
西岡 今回の判決には重大な意味があります。
つまりは朝日新聞が掲載した記事が「捏造」だと裁判所が認めたわけです。
これについて、今後朝日新聞はどう責任を取るのか。
櫻井 おっしゃるとおりです。もはや植村氏個人ではなく朝日新聞の問題です。
高裁判決が出た時、私は外国人記者クラブで会見をしましたが、朝日の記者に「他の新聞も慰安婦と女子挺身隊を間違って報道していたのに、なぜ朝日だけを櫻井さんは責めるのか」と質問されました。
私は朝日が日本で最も影響力が大きい新聞社だと自負しているのであれば、その責任についても最も厳しく問われるのは当然だと答えたのですが、
西岡さんたちが手がけた独立検証委員会の報告書を読むと、なぜ朝日が責められなければならないのか、もうひとつの明白な理由が見えてきます。
朝日は当初、圧倒的に多くの慰安婦記事を書いて、ひとつの流れを作った。
他社がその流れに追随するまで、朝日は多くの記事を書き続けたという事実があります。
つまり、慰安婦の一連の報道は朝日が主導して作り上げたものだった。
そのことについての責任は大きいですね。
西岡 植村氏の記事が書かれた91年に限っても、朝日は150本もの慰安婦関連記事を出稿した。
読売23本、毎日66本、NHK13本で3社の合計でも102本に過ぎません。
朝日だけで全体の約6割、単純計算で2・4日に1本も書いていたことになり、大キャンペーンを仕掛けたのは明白です。
櫻井 しかも朝日は他紙が書き始めると少し数を減らしている。
世論に火をつけるため猛烈に書いたのではないか。
そういう意味で本当に朝日は罪が重いということを、今回きちんと言っておきたいですね。
西岡 改めて整理すると、朝日新聞は植村氏の記事が出る前の82年に、
「自分は軍の命令で女子挺身隊として朝鮮女性を強制連行して慰安婦にした」という吉田清治なる男性の証言記事を掲載した。
翌83年に吉田はその証言を単行本にしています。
いわば「女子挺身隊」を語る“加害者”を世に出したのが朝日です。
朝日のお墨付きをもらった吉田証言の影響が絶大で、80年代半ばから「女子挺身隊」の名で慰安婦狩りをしたというウソが、左派が支配する日本の学界の定説になった。
韓国に留学した経験のある私からすれば、そんなことが起きていたら韓国人が蜂起していただろうけど、そうした話は現地で聞いたことがない。
事実なら日韓関係の根底が崩れるし、本当に「人道に対する罪」みたいなことがあったんだろうかと疑っていた。
植村記事が出た91年に朝日は吉田を2回大きく取り上げ、植村氏の記事で“被害者”の証言を出すことで、慰安婦は女子挺身隊の名で強制連行されたという朝日のプロパガンダが完成してしまった。
植村記事は吉田証言のウソをサポートした悪質な捏造記事だった。
櫻井 今回の裁判で、もともと植村氏は「女子挺身隊」が「慰安婦」とは別の存在であるということを知っていたと、法廷で語っています。
これは植村氏に対する尋問の最後に、裁判官が踏み込んで質問したことに対する回答でした。
つまり「女子挺身隊」として連行された「慰安婦」という話が、本来成り立たないことだったと、彼自身知っていたことになります。
それなのに、なぜそういうことを書いたのか、理解に苦しみます。
西岡さんが先ほど仰ったことは非常に重要なことですね。
それまで吉田清治の詐欺話で日本軍が女性たちを強制連行したと言われていたけれども、研究者や朝鮮問題の専門家の多くが「そんなことはあるはずがない」と疑っていた。
韓国の人たちもみんな知っていた。
日本軍による慰安婦の強制連行などなかったこと、「女子挺身隊」が連行されたこともなかったと知っていた。
しかし、植村氏の記事で被害者の“実例”が出てきた。
今まで虚構だろうと思っていたのが、初めて証拠が出てきた。
これは大変なことだと大騒ぎになった。
その頃から朝日以外の新聞も書き始めた。
朝日新聞がつくった壮大なフィクションが、植村氏の記事によって「本当かもしれない」という現実味を帯びてきた。
こういう構図が現実世界の中で創られてしまった。
その結果、植村氏の記事は本当に深刻な結果をもたらした。
私は西岡さんの先程の説明と重なることを言っているのですが、この構図をしっかりと頭に入れておくことが、慰安婦問題についての朝日の責任を知る上でとても重要です。
西岡 本当の加害者と被害者が証言して、国内外から批判を浴びるのなら仕方ありません。
被害者がそう言ったなら特ダネに値しますが、実際は言ってないことを朝日が書いた。
しかも、それが記憶違いじゃなくて、言ってないどころか彼女が女子挺身隊ではなかったと知っていたと。あえてウソを書いたという事実は重い。
14年の慰安婦記事の検証報道でも、朝日新聞が謝ったのは「うそつきの吉田に騙された」ことだけ。
植村氏の記事については、「意図的な捻じ曲げなどはありません」と書いて未だに恥じない。
櫻井 私は今回の一件は「天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず」だと感じています。
植村氏が提訴してくれたおかげで、彼が「女子挺身隊」と「慰安婦」は関係がないにも拘わらず、両者を一体のものとして記事を書いたという事実が判明しました。
そこからさらに発展して、西岡さんが指摘なさったように、この問題は朝日新聞そのものの問題であることが明らかになった。
天の目は朝日の悪行をきちんと見ていたということです。
この判決を受けて、もう一回、自分たちの行った捏造をきちんと反省しないといけないと思う。
朝日新聞は「誤報」という指摘については受け入れるけど、「捏造」ということに対して強く反発して否定します。
けれど、西岡さんの説明にもあったように、どう見ても捏造をしたとしか思えない。
日本人に対する裏切り
西岡 見過ごしてはならないのは、私の最高裁判決を報じた朝日新聞の姿勢です。
3月13日付の朝刊に目を通すと、どこに書いてあるのかわからないくらい小さな扱いで、そのベタ記事にはウソが書かれている。
判決に至った経緯を〈東京地裁は、日本軍や政府による女子挺身隊の動員と人身売買を混同した当記事を意図的な「捏造」と評した西岡氏らの指摘について、重要な部分は真実だと認定〉したと書き、これは正しいのですが、問題はその次ですよ。
〈東京高裁は指摘にも不正確な部分があると認めつつ〉と、私の指摘に不備があったとわざわざ書いた上で、〈真実相当性があるとして結論は支持していた〉。
地裁では「真実性」が認められていたけど、高裁からは「真実相当性」に格下げしたとしか読めないのです。
櫻井 「真実性」が認められたことを省いた。とんでもない記事ですね。
西岡 はい。実際の裁判では、一番重要な「女子挺身隊として連行されていないのに、
そのことを植村氏は知っていながらあえてウソを書いた」という点について「真実相当性」ではなく「真実性」が認められています。
その評価は地裁と高裁で変わっていないのに、朝日が掲載した記事が「捏造」だったと最高裁が認めたということになれば、最終的には自分たちに責任がかかってくる。
読者がそう思うかもしれないからと、あえて自分たちの責任を回避するためにウソをついたとしか思えません。
少なくともこの判決を受けて、朝日新聞は改めて見解を出すべきだと強く思います。
櫻井 朝日新聞は慰安婦報道によって、国内外にどれほどの影響を与えてきたかという自覚と反省があまりにもない。
彼らがしたことは日本国に対する、日本人に対する裏切りであり、ジャーナリズムへの信頼性を大きく損ねました。
西岡 今回、自分たちの罪を再び反省する契機となる判決が出たわけじゃないですか。
その判決を報じる記事でも「捏造」をしているのだから呆れてしまいます。
櫻井 常に自分にも言い聞かせていることですが、ジャーナリズムというものは完璧ではないと私は思っています。
人間が完璧ではないように、ジャーナリズムも人間のなせる業ですから残念ながら間違いもあるでしょう。
大事なのは過ちが生じた時の姿勢です。自ら検証して反省することで、メディアは一歩先に進み、深めることもできる。
けれど朝日は自身の間違いを認めようとしない。そういう態度では、未来永劫同じことを繰り返すと思います。
櫻井よしこ(さくらいよしこ)
ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビキャスター等を経て現在はジャーナリストとして国家基本問題研究所理事長も務める。
西岡 力(にしおかつとむ)
1956年東京生まれ。国際基督教大学卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。韓国・延世大学留学。外務省専門調査員、「現代コリア」編集長を歴任。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協会議(救う会)」会長。 「週刊新潮」2021年5月6日・13日号 掲載