2003年のインタビューを再構成
2021年6月23日 11:30
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東京都文京区にある仕事部屋でインタビューに答える立花隆氏(2003年)
ジャーナリストで評論家の立花隆さんが亡くなった。政治から脳、宇宙まで多彩なテーマを取材し続けた「知の巨人」は、21世紀の日本の競争力をどう考えていたのか。通称「猫ビル」の仕事場で半日近く話を聞いた。2003年のことだったが、当時の予測と心配はいま、ゾッとするほど的中している。インタビューは、立花さんに「リニアモーターカーに乗ったことある?」と逆質問されて始まった。
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「宝の持ち腐れだ」
「山梨を走る実験線、あれは一度は絶対に乗るべきだよ。僕は(03年)6月に乗った。以前、宮崎で乗った実験線と比べて高度に完成している。時速500キロメートルは零戦の第1世代と同じ。事実上の飛行機です。それでいて10センチメートル単位でコントロールしている。日本が世界に圧倒的な力を持つ分野なんだ。だが、展望がない」
――なぜですか。
「『全国の整備新幹線を完成させないと、そんなものやらせない』という議員連中によって完全にブレーキをかけられている。実用化して見せれば、世界中から引き合いが来るはずだ。そのとき、技術立国ができる。日本がダメなら、米国や中国で実用化すればいい。現に中国は導入意欲を示していた。そういう財産があるのに、政治家は全く分かっていない。宝の持ち腐れだ」
――政治家が技術を理解しないのですか。
「そうじゃない政治家もいるけど、大半はね。世界最高ランクの1ケタ上を行くスーパーコンピューター『地球シミュレータ』ってあるでしょ。あれも同じ。日本のコンピューター技術に衝撃を受けた外国のVIPが次々と見学するのに、日本は文教族の一部ぐらい。外国の方が有名だ。米国は追いかけ始めた。しばらく能力で抜かれることはないだろうが、日本の関心は薄すぎる」
――シミュレータは次世代機の開発も進んでいませんよね。
「本来は汎用コンピューターなのに、現行機は『予算がどこから出て、どういう目的だったか』というしばりがあって使い切れていない。気象研究以外に使われる例はまだ少ない。たんぱく質の構造解析、カーボンナノチューブの特性解析などにも使われ始めたが、そういうものに使えることを知らない人がほとんど。うまく使ったら、日本の科学、技術の力は飛躍的に向上する」
――先端技術の停滞は産業界の競争力にも影響しますか。
「日本にはほかにも大型放射光施設『SPring-8(スプリング・エイト)』、素粒子観測装置『スーパーカミオカンデ』といった、とんでもない能力のものがある。それらは科学の最先端だし、技術の最先端でもある。カミオカンデは浜松ホトニクスにケタ違いに大きい光電子増倍管を要求した。科学の最先端が要求するスペックを技術的に実現することでメーカーが鍛えられる。だから、NECのスーパーコンは世界一になった」
――ただ、企業は余裕を失い、研究対象の軸足を「最先端」から「実用」に移しています。
「それは怖いよね。今は、バブル経済のときに投資したリターンが技術の成果として表れてきている。全く逆の現象が20年後に起きると思うと、本当に怖い」
「中国に負けない」
――それを産学協同で補う動きがあります。
「産業現場で必要とする研究と大学の研究内容はちょっとずれている分野が多い。産業界が必要なことだけやっていると学問は進歩しない。研究は現場の何歩も先を行くべきだ」
「『目にも留まらぬ早業』って言葉があるでしょ。人間並みではなく、人間をはるかに上回る速度の認識能力と動作能力を持ったロボットが研究室ではできている。まさに目に留まらない。人間にできないことがロボットにはできる。日本が弱くなった理由に中国の安い労働力を挙げる人がいるが、そういう高級ロボットを並べた工場は中国に負けない」
――ロボットの進化は産業構造ばかりか、社会への影響も大きいように思えます。
「ロボット導入で人間の労働力が減る、という議論は昔のこと。ロボット使用で人間の経済行動そのものが広がると、それを支える労働の総量は社会全体で増える」
「ただ、複雑な問題もある。ホンダがロボットを開発するとき、バチカンの科学アカデミー会長に『研究してもよろしいでしょうか』とお伺いをたてたことがある。キリスト教の伝統では『人に似た姿のものは作ってはならない』とあることを考えた」
――先端技術では、社会との距離を考えねばならない。
「ホンダは海外にものを出した経験があるから、そんな考えに及んだのでしょう。全く経験がないと、『社会がどんな反応を示すか』という重要なことすら気にかけない」
「第一線の企業は常にグローバルな市場で商品自体がもまれているから、研究現場、製造現場も必然的にもまれていますよね。だからパフォーマンスも悪くないし、悪くてもコツコツ努力をし続けている」
――競争がなければ取り残される。
「大学などが典型ですよね。日本語の閉鎖性のおかげで学生は海外に出ていかない。そして、大学は『内国市場』だけで完結した社会を生きる人をもっぱら生産してしまっている」
「ムダ弾を撃てるか」
――バイオなど様々な成長分野があるのに、日本の力は米国に比べて爆発的に進歩しているようには思えない。
「もともと研究開発の世界はそう爆発しません。ムダ弾が多いですから。アタリ、ハズレで言えば、ハズレの方が圧倒的に多い。社会全体でムダ弾をしっかり撃てる国が技術で生きていける。米国はそれができる。そのパワーの源泉はグローバルな人材吸引力です。日本もいろいろオープンにしないと人材が入らない」
――もともと日本は天然資源に乏しい国です。石油ショックの前年の1972年、国際的な有識者の集まりであるローマクラブが公表した「成長の限界」は、資源小国・日本をとりわけ震撼(しんかん)させました(注:「成長の限界」は、人口抑制など有効な手立てがとられなければ天然資源の枯渇や公害により100年以内に成長が限界に達すると主張したリポート)。立花さんは当時、この予測も踏まえて『日本経済 自壊の構造』(日本実業出版社、73年)を書いていますが、今のところ「限界」は来ていませんね。
「それは解釈の仕様だよ。大きなベクトルは変わっていない。ただし、『近未来にこうなる』というカタストロフ推論は、現実にはそうならなくて当たり前。大破綻が予測されたら、現実がそこに近づく過程で違うベクトルが強く働き、カタストロフを避けさせる。カタストロフ推論がカタストロフから救ってくれる」
――「限界」を超えさせた力は何でしょう。
「石油資源の有限性という前提を様変わりさせた発見が大きい。かつて『石油は太古代の生物の死骸だから有限。それが尽きれば枯渇する』という説があったが、どうも違うらしい。まだ定説はないが、石油を物質として分析すると違う。むしろ、すごい量の微生物が全地球にわたって地下の深いところで生きていて、石油もガスもどんどん作られているという説も出てきた。だから、地下を徹底的に掘って分析しようという計画も出てきている」
――人間が消費するモノも進歩しましたね。
「例えば、自動車。エンジンの方式からエネルギー効率からすべて変わった。ガソリンを振りまきながら走るようなアメ車はなくなり、アメ車は没落した。きっかけはホンダの低公害エンジン、CVCCの登場です。日本文化の特質の一つがこれ。変化に対する適応能力がある。状況が変わると、どんどん変わる」
――切迫感が危機を回避させてきた。
「人間の歴史では大事ですよ。現代のマルサス理論であるローマクラブのリポートの予測が外れた理由の一つは、人間は状況に応じて行動を変えるからです」
「知力、腕力が技術を作る」
――日本には「部品」や「素材」「加工」の技術があり、そして「新しいモノ好き」の消費市場がある。日本から世界的なイノベーションは起こりますか。
「よく言われることだが、日本人は改良、改善は得意だが、オリジナルな革新に弱い」
――新種は作れない。
「そこになると、国民性とか教育の問題がある。ユニークな人間が社会的に評価されない、迷惑がられる。日本の会社もそうでしょ」
――利根川進・米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授らノーベル賞を受賞した方たちも同じですか。
「人によって違う。利根川さんは独特の人。性格もね。もし、日本の大学に来ていたら、足を引っ張られて芽が出る前につぶされていたかもしれない」
――突き抜けた人は生きにくいのですか。
「小柴(昌俊・東大名誉教授)さんは、ちょっと違う。実験物理の世界は、産業界以上に巨額の資金を集めて自由に使う才覚が必要。チームを作って、目的を達成するために突進させていく。つまり、腕力を持つ人が絶対にいる。巨大組織をうまく走らせている会社、走らせていない会社でパフォーマンスが違うことと同じです」
――ノーベル賞受賞者がここ数年、増える一方、学生の学力が落ちている、との指摘があります。
「学力低下を言う前に、教育内容、教育方法、学生の評価方法の方に問題がある。暗記中心の日本型教育はやめるべきだ。今必要な知的技術は、溢(あふ)れるゴミ情報の山の中から、いかにして宝を見つけるかという情報分析能力、情報評価能力だ」
――最近、親が子供の教科書を難しいと感じるほど理数系の教育内容が高度になってきています。
「高度というより親が知らないだけ。古い世代の知識が低すぎる。例えば、ある一定年齢以上の人はDNAを知らないからバイオを理解できない。DNAを知らないと、生物学の知識は昔の博物学並み。学校で教える内容はある程度のタイムラグで最前線をフォローしていて、ある時期から義務教育にもDNAが入った。子供はついていけるが、大人がついていけない」
――世界を見渡すと、日本を含めて科学技術の知識を持つ理系学部出身の経営者が増えています。
「日本の戦後の急発展は、学徒動員・特攻隊世代が担い手でした。理科系の学生は徴兵猶予された。その理科系の生き残りたちが戦後の復興期を支えた。文理の違いが経営者にどの程度影響するかは会社によって違うと思うが、理系経営者が会社をうまく動かす例が相当あったことは事実だ」
(聞き手は武類雅典)