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米大統領夫人の五輪出席「応援の証し」 メア元国務省日本部長

2021-07-03 18:38:14 | 日記

2021-07-03 18:31:03 | 日記

米大統領夫人の五輪出席「応援の証し」 メア元国務省日本部長

2021/7/3 17:36

坂本 一之

ケビン・メア元米国務省日本部長

米大統領夫人の五輪出席「応援の証し」 メア元国務省日本部長

オバマ米政権時代に国務省で日本部長を務めたケビン・メア氏は3日までに産経新聞の取材に応じ、東京五輪にバイデン大統領のジル夫人が出席する方向で米政府が調整していることについて「バイデン政権が開催を応援している証し」と述べた。

米国で出ている来年の北京冬季五輪へのボイコット論では、米政府代表団が北京に派遣されない可能性があると指摘した。

メア氏はジル夫人の出席について、副大統領や他の政府高官よりも

「大統領夫人の方が(米国として)東京五輪を重視する姿勢を示すことになる」との認識を示した。

「米大統領自身が海外の五輪に参加することはあまりなく、職務が忙しい中で行けば国内から批判が出る」とも説明した。

新型コロナウイルス禍での五輪開催だが、「バイデン政権は応援している」と強調。

中止していた米プロスポーツが無観客で再開された際に多くの市民が励まされたことを踏まえ、「五輪は無観客でもテレビを通し、日本人が盛り上がることができる」と語った。

日本政府の新型コロナ対策に国内で不満があることへ理解を示した上で、

「死者60万人以上を出した米国に比べ、日本は新型コロナや経済の対策でうまく対応している」と評価した。

中国の人権問題をめぐる北京冬季五輪ボイコット論で、

「新疆(しんきょう)ウイグル自治区の人権問題は批判すべきだが、選手のボイコットに効果はなく、経済制裁を厳しくすべきだ」と主張。


武田泰淳

2021-07-03 17:36:40 | 日記

武田泰淳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 
 
武田 泰淳
(たけだ たいじゅん)
Takeda Taijun.jpg
誕生 1912年2月12日
日本の旗 日本東京市本郷区
(現・東京都文京区
死没 1976年10月5日(64歳没)
日本の旗 日本東京都港区西新橋
墓地 長泉院
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 東京帝国大学支那文科中退
活動期間 1943年 - 1976年
ジャンル 小説
文学活動 第一次戦後派
代表作 蝮のすゑ』(1948年)
風媒花』(1952年)
ひかりごけ』(1954年)
森と湖のまつり』(1955-58年)
『富士』(1969-71年)
『快楽』(1972年)
主な受賞歴 日本文学大賞(1973年)
野間文芸賞(1976年)
デビュー作 『司馬遷』(1943年)
配偶者 武田百合子
子供 武田花
親族 大島泰雄(兄)
渡辺海旭(伯父)
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武田 泰淳(たけだ たいじゅん、1912年明治45年)2月12日 - 1976年昭和51年)10月5日)は、日本小説家浄土宗僧侶。大正大学教授。

幼名覚。第一次戦後派を代表する一人。

左翼運動から離脱後、泰淳と改名。得度した。

その後華中に出征。除隊後、評伝『司馬遷』を経て小説に転じ、『蝮のすゑ』で認められた。その後も思想的重量感を持った作品を発表し、幾屈折もする人間生存の諸相を描き出した。

妻は随筆家の武田百合子、娘は写真家の武田花。兄は水産生物学者・東大教授の大島泰雄。伯父に僧侶仏教学者社会事業家渡辺海旭がいる。


 

 

来歴・人物[編集]

東京市本郷区(現在の東京都文京区本郷)にある浄土宗の寺に大島泰信の三男として生まれる。

長い間二男とされていたが、上田女子短期大学教授の長田真紀の研究[1]によって、夭折した次兄・信也がいたことが明らかになった。出生名は覚(さとる)。

父の師にあたる武田芳淳に養子に入り、武田泰淳と姓名を変更する。

京北中学校浦和高等学校[2]を経て東京帝国大学文学部支那文学科に入学[3]竹内好と知り合う。

左翼活動を繰り返し、1年の時、中央郵便局でゼネスト呼びかけのビラ配布に参加して逮捕され、1ヶ月ほど警視庁丸ノ内署や本富士署に身柄を拘束される。

釈放後に大学を中退し、1934年、魯迅の弟、周作人来日歓迎会を機に、在学中の竹内好らと共に「中国文学研究会」を設立する。

1937年、華中戦線に送られるが2年後に除隊される。

1943年、『司馬遷』刊行。同1943年には「中国文学研究会」は解散する[4]

終戦時には上海に滞在していた。日本に帰国して、1947年、『蝮のすゑ』発表。同年、北海道大学法文学部助教授として勤務した。翌年には『近代文学』の同人となり、作家活動に専念するため退職し帰京。

1951年、昭森社社主の森谷均がオーナーで当時文学者が多く集まっていた神田の喫茶・文壇バーの「ランボオ」で働いていた鈴木百合子との間に子ができる。

長女・花の誕生と共に、11月に鈴木百合子と結婚。

戦時中に起きた知床岬沖で遭難した船長食人事件をテーマに、1954年『ひかりごけ』を発表。

この作品により前述の事件はひかりごけ事件と言われるようになった。北海道滞在時に接したアイヌを題材にした『森と湖のまつり』が、発表直後の1958年には映画化された。

翌年には二・二六事件を舞台にした『貴族の階段』が吉村公三郎監督で映画化された。

1964年、富士桜高原の別荘地「字富士山(あざふじさん)」に別荘「武田山荘」を構え、東京都港区赤坂の自宅に加え、よく過ごすようになる。

1969年(昭和44年)10月から、週の半分を過ごしている山梨県南都留郡鳴沢村の富士桜高原山荘から着想を得て、太平洋戦争末期の富士北麓の精神病院を舞台にした長編小説『富士』を文芸雑誌『』に連載し、1971年に刊行した。

『富士』執筆中に酒量が増え刊行後は、糖尿病原因の脳血栓症で入院、片麻痺が残ったため以後の作品は妻百合子の口述筆記により書かれた[5]

1973年に『快楽』で、日本文学大賞を受賞、1976年に『目まいのする散歩』で、野間文芸賞を受けるも、『秋風秋雨人を愁殺す』での1968年度芸術選奨文部大臣賞や日本芸術院会員の選出などの国家的栄誉は辞退し続けた。

1976年10月5日、胃ガン及び転移した肝臓ガンのため東京慈恵会医科大学附属病院で死去、64歳。戒名は恭蓮社謙誉上人泰淳和尚[6]

未完作に『上海の蛍』(残りは一作のみだった)。

葬儀等の後の整理は、遺言で竹内好埴谷雄高に託された。没後間もなく、竹内らにより「増補版 全集」(筑摩書房)が刊行された。

泰淳の残した2000点以上の資料は、娘の花により2005年に日本近代文学館に寄贈された。

資料の中には、中国への従軍時の日記「従軍手帖」もあり、泰淳が「個人的発砲」を行なったことが記されていた[7]

なお担当編集者には村松友視川西政明らがいる。川西は『武田泰淳伝』(講談社、2005年)により 伊藤整文学賞(第17回・評論部門)を受賞した。


ある実業家の「堂々たる文章」 斎藤禎(元編集者・国基研理事)

2021-07-03 17:16:07 | 日記

国基研ろんだん

  • ある実業家の「堂々たる文章」 斎藤禎(元編集者・国基研理事)
2021.06.28 (月)

ある実業家の「堂々たる文章」 斎藤禎(元編集者・国基研理事)

 60年安保のとき、高校2年生だった。

6月の昼休みの校庭では、「アンポハンタイ」、「岸を倒せ」と腹に響くような声を発しながら、少なからぬ生徒たちが、隊列を組んでいた。

国会周辺で大きなデモがあった翌朝、ホームルームに行くと、輪の真ん中で、「きのう、警備のお巡りに蹴飛ばされた」とズボンの裾を捲り上げた級友が、脛の青あざを見せていた。

秋になると、開校以来続いてきたという伝統が売りの校内雑誌を編集する文芸部員が、不平を鳴らしているとの噂が流れてきた。

「アンポハンタイ」の中心だった3年生たちに原稿を頼みに行ったら、「今は勉強で忙しい」と一蹴されたというのだ。

そんな時に手にしたのが、この年に刊行された武田泰淳の『政治家の文章』(岩波新書)だった。

旺文社が刊行する受験雑誌に「岩波新書がスラスラ読めれば、入試は万全」とあったから、岩波新書は割と買っていた。

率直さに惹かれたコラム

しかし、武田泰淳の文章は手に余った。

文学少年だった級友のひとりに助けを求めると、「政治家にも私がある。私があればエゴもある。エゴイズムという観点から政治家の文章を考えたものだ」と解説してくれた。

宇垣一成、近衛文麿、重光葵、芦田均、徳田球一らの文章への印象を綴ったのが『政治家の文章』だが、

高校生の目に意外に写ったのは、日本帝国主義の権化と断罪されて当然と思っていた近衛に対して、作家がある種の同情を寄せ、その教養に信をおいていることだった。

「岸内閣の大臣諸氏のうち、この程度の、全世界を向うにまわした政治評論の書ける人物がいるや否や疑わしいほど堂々たる文章」と近衛の文章を評していた。

この6月、G7首脳会議は如何?と新聞を眺めていたら、ひとりの実業家の文章が目にとまった

日経新聞夕刊(6月14日)のコラム「あすへの話題」の伊藤忠商事会長CEO岡藤正広氏の文章が、それだった。

「自分にはつくづく商人との縁があると思う。大阪の実家は食堂やデパートに総菜や野菜を納めていたが…」ではじまり、「私はサラリーマンになったが、商人であり続けている。」で閉じていた。

毎週月曜が岡藤氏の出番と分かったので、率直さに惹かれて遡ってみると、5月24日付にこんな文章があった。

先日発表した2021年3月期決算にて純利益、株価、時価総額の3つで商社のトップに立つという『商社三冠』を達成した。

10年前までは『万年4位』と言われたことを思えば感慨深いとのっけから業績を誇っていた。

鴻毛の言説弄する政治家

こういう上司の下で働くのは、ノルマがきついだろうなと心配しながら先に進むと、ただ、私には三冠より大切にしたいものがある。あれは4年前のことだ。

ある雑誌で『幸せな会社ランキング』の2位に当社が選ばれた。

するとがんで闘病中の社員から『私の中では伊藤忠が一番いい会社です』というメールが届いた。

長期療養者への対応に感謝したいという内容だった。とある。

メール発信者は、この直後に亡くなったとのことだが、

会社が、社員の闘病に最先端の治療を保証し、万一のことがあれば、残された子供たちが大学院を出るまでの教育費補助を拡充していることなどを紹介したあと、

岡藤氏は、『社員にとって一番の会社になる』という彼への約束を果たせたとは、まだ思っていない。

改めてここで誓う。

彼に恥じない会社にするための努力を、私は怠ることはない。と書く。

亡き部下へ決意を述べる功成った実業家と、コロナに手こずり鴻毛のごとき言説を弄する政治家を、現状で比べるのは、勿論フェアではないが、そのたたずまいに差があることは否定しがたい。

武田泰淳が言う「堂々たる文章」とは、こういう類の文章をも指すのではなかろうかと、今頃になって了解した。


世界最悪の左右対立…データで見る「分断社会」韓国との付き合い方

2021-07-03 16:59:35 | 日記

世界最悪の左右対立…データで見る「分断社会」韓国との付き合い方

7/3(土) 11:42配信

FNNプライムオンライン

韓国は分断国家だ。

もちろん、同じ民族である北朝鮮と分断されているという意味である。

だがソウルに住んでいると、韓国国内にはもう一つの「分断」が存在している事がよく分かる。

「南南葛藤」と呼ばれるもので、国民は保守派と進歩派に分断されているのだ。

 この分断は苛烈な物であり、個々人のレベルだけでなく地域的な分断も伴っている。

大邱(テグ)市は保守、光州(クァンジュ)市は進歩という具合だ。

この韓国内の分断が世界最悪レベルであることが、ある調査で判明した。

日韓関係の悪化が日常化している今、我々日本人も、韓国が一枚岩では無いということを知っておくべきであろう。

「文化戦争」

フランスに本社がある多国籍調査会社イプソスは6月25日、イギリスのキングスカレッジロンドン政策研究所と共同で行われた興味深い調査結果を発表した。

タイトルは「Culture wars around the world:how countries perceive divisions(世界の文化戦争:国々は分断をどう認識しているのか)」。

「文化戦争」というのは聞き慣れない言葉だが、「伝統主義者・保守主義者」と「進歩主義者・自由主義者」の間における、価値観の衝突を指す概念だ。

今回の調査では先進国を中心とした28カ国およそ2万3000人にアンケートが実施され、イデオロギー・貧富・年齢・性・宗教・人種など様々な要素について「自国は分断されている」と感じている人がどの位いるのかが明らかになった。

あらゆる面で分断されている韓国社会

韓国は12の調査項目のうち実に7項目で1位、つまり「分断されている」と考える人が多かった。

韓国が1位だったのは、

「富裕層と貧窮層(91%)」

「男性と女性(80%)」

「大卒と非大卒(70%)」

「若者と年長者(80%)」

「宗教間の分断(78%)」、

そして「保守と進歩(87%)」

「異なる政党支持者間の分断(91%)」の6項目だ。

他にも3つの項目

(「大都市エリートと労働者」

「社会階層間の分断」

「都市と地方」)でトップ3に入っていた。

政治的な保守・進歩の対立だけでなく、あらゆる面で韓国社会が分断されている事がよく分かる。

その分断の深さは世界一だ。

一方、この韓国と最も対照的な国がある。

日本だ。 日本は「人種間の分断(26%」「宗教間の分断(23%)」「保守と進歩(34%)」「異なる政党支持者間の分断(31%)」が28カ国中最下位。

「大都市エリートと労働者の分断(39%)」

「元から住んでいた人と移住者の分断(35%)「富裕層と貧窮層の分断(54%)」で27位など、

全ての調査項目で世界平均を大きく下回っている。

この調査を見る限り、世界で最も分断されていない社会が日本だった。

まさに、韓国とは真逆である。

韓国は隣国であり人や物の行き来が多く、黄色人種が多いことなど一見して共通点があるため「似ている国」と思いがちだが、

こと社会の分断に関しては、日韓は世界で最も対極にあることが分かる。]

この点は、韓国という国を見る上で必ず頭に入れておくべき事だろう。

「分断社会」韓国を見る日本の誤解

先日も、この韓国の「分断」を強く感じる機会があった。

韓国国会で保守系野党のベテラン議員として活動する人物に会って話を聞いたのだが、この議員は米中の対立について「韓国は同盟国としてアメリカと共に歩まなければならない」と断言した。

その上で、

「韓国、アメリカ、日本、台湾は自由民主主義国家として手を取り合って中国と対峙しなければならない。

日韓がいがみ合う事は対中国を考えれば両国共に全く利益がない。

これはクアッドについても同様で、韓国もクアッドに参加すべきだ。

日韓は安全保障上の利害が一致している。

日韓関係を何とかしないと共倒れになってしまう」と熱っぽく話した。

この議員が語る中国観、日米とのあるべき姿というのは、文在寅政権と全く異なっている

文政権は「安保はアメリカ、経済は中国」にそれぞれ依存している現状を変える意志を見せず、

どっちつかずの曖昧な「バランス外交」を目指している。

アメリカは唯一の同盟国だが、むしろ悲願である北朝鮮との融和の後押しを得るために、中国に強く配慮している側面もある。

一歩間違えれば米中双方の不信を買いかねない危険な綱渡りだが、

野党である保守系議員は「もはやバランス外交など不可能」と判断した上で、

日韓関係改善の必要性を現政権よりもはるかに強く認識している。

日本の世論、特にネット上では「韓国は中国や北朝鮮、ロシアなどのレッドチームに入った」という言葉がよく聞かれる。

だが韓国は一枚岩ではない。

韓国では「中国との関係を見直し、アメリカと共に歩み、日本とも関係改善しなければならない」と強く考える政治家や市民も少なくない。

しかも現在、保守系野党の支持率は進歩系与党の支持率を上回っているのだ。

2022年3月には韓国で大統領選挙が行われる。

社会の分断が深いからこそ、現在とは全く異なる政策に変更される事もありうる。

この変化の振れ幅は、世界で最も分断がなく、政権交代も稀な日本で暮らしていると、皮膚感覚としてなかなか理解しにくいかもしれない。

そういう意味で、韓国社会の分断をデータで示す今回の調査結果は、日本人が韓国人を知る上で重要なデータと言えるだろう。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘