深川由起子「日本と韓国の経済力について」
2022年10月31日 (月)
早稲田大学 教授 深川由起子
近年、関係悪化の一方で、「日韓逆転」をイメージさせる経済データを目にします。
本日は韓国の経済的収斂は何を日本に突き付けているのか、考えてみたいと思います。
USニューズ&ワールド・レポート誌が発表する「最高の国」ランキングで日本は総合で2021年には2位でしたが、22年には6位となりました。
他方、韓国は総合では20位ですが、指導力、経済的影響力、輸出力、政治的影響力、同盟力、軍事力で構成される
「パワー」では6位で、日本の8位を上回りました。
このランキングは85か国程度を対象に1万5000名程度のインタビューで構成しており、主観性や印象論は免れません。
しかしこちらが示すように、「6つのパワー」のうち日本が韓国より上位にあるのは指導力と経済的影響力の2項目だけでした。
30年前には韓国のドル建て一人当たり国民所得は名目で日本の4分の1,物価を加味した実質でも半分以下でした。
しかし実質では2018年に「日韓逆転」が起き、その後は差が拡大しています。
22年には日本と争う通貨安ですが、名目での逆転は目前です。
実質平均賃金では日韓共にOECD平均を下回りますが、2014年に「逆転」が実現して以来、日韓の差は開く一方です。
韓国は中小企業やサービス業を中心に長時間労働が問題視されてきました。
それでも急速なデジタル化や、輸出型製造業の強い競争力などをバックに、時間当たりの労働生産性の伸びが日本を上回り、賃金上昇が続いてきました。
個々の統計には常に様々なバイアスが伴いますし、「国力」の全体像を示す統計が存在するものでもないでしょう。
短絡な議論、特に特定の数字を誇張した数字の政治利用には注意が必要です。
一つの点はフローとストックを示す数字ではその性格が大きく異なることです。
一人当たりの国民所得や賃金水準はフローですが、さまざまな資産や債務残高などストックから見れば別の風景が存在することもあります。
例えばスイスの銀行が発表する国富の比較では日本は2010年に世界第2位の座を中国に譲りましたが3位が定位置で、韓国は11位前後です。
金融資産だけでみれば、日本は韓国の7倍、特許資産もはるかに大きい規模です。
もう一つの点はナショナリズムを鼓舞したい政治家の意識と国民の生活実感には乖離があることです。
特に韓国は長らく日本に対するキャッチアップ国家だったため、日韓比較という物差しが社会に浸透し、「逆転」は感情に訴える面があります。
他方で、厳しい生活実感に基づく冷たい視線が存在するのも事実なのです。
所得格差を示すジニ係数では韓国は日本よりはわずかに所得格差が少ない状態です。
長らく成長優先主義が続き、社会福祉などの政策的修正がまだ少ないことを考えると、全体として極端な格差社会とは言えません。
しかしながら、韓国発の格差を描いたヒット映画でも描かれたように、不動産価格の高騰が長期にわたっているため、「資産格差」、「格差感」が強く存在します。
先ほどの一人当たり国民所得などを換算する場合、物価には通常、不動産価格が含まれない点に注意する必要があります。
不動産価格の高騰は韓国の人にとって、子女を留学させる
家庭とそうでない家庭の教育格差。
自宅購入が可能な若者とそうでない若者との結婚・出産格差、高齢者世帯の貧困、そして世界トップクラスの自殺率など様々な厳しい生活実感に直結しています。
不動産価格の上昇を前提に膨張した家計債務というストックも今やインフレ対策の金利上昇で家計を強く圧迫しています。
日韓経済の本質的な違いは対外依存度の大きさにあります。
先のランキングでは日本の輸出力は韓国に次いで世界3位でした。
しかし、製造業であれ、韓流のようなコンテンツであれ、最初から輸出を念頭に置く韓国と、国内市場の延長線上に輸出を考えてきた日本との間には大きな違いがあります。
「日韓逆転」の大部分はモノ、カネ、ヒト、それに技術や情報のグローバル化を迷いなくのみ込み、生き残りを図ろうとしてきた韓国と、縮む内需にしがみついてきた日本との間で生じました。
日本でもいわゆる「アベノミクス」以降、株価や不動産価格の持ち直し、インバウンド観光、それに食品やアニメなど一部のコンテンツの輸出といった数少ない成長源泉の多くは、グローバル化でしたが、それほど重視されてきませんでした。
一つは「速度」というものの重要性があります。
大企業を含め韓国は、同族経営者が多く、このためトップダウン型のスピード経営が可能と評されてきました。
しかし、四半世紀前の通貨危機以降は経営者たちにも集団訴訟に備えた年俸など思い切った意思決定が可能な待遇が整備されてきました。
そして意思決定を支える情報共有もデジタル化が進み、間接コストも徹底して削減されました。
輸出には自国とは異なる様々なリスクがあり、顧客の要望も変化します。
しかし、決断が早ければ、時間に余裕ができ、修正が可能になります。
またデジタル化には「使い勝手の良さ」があり、韓国の経営は進化するデジタル化にも支えられています。
もう一つの視点は「人的資本」の重視です。
韓国には自国には人的資源しかない、という思い込みがあります。
特に教育熱は、集団カンニングなど様々な事件につながることもありますが、教育というストック増大に取り組んできたことは「新しい資本主義」を掲げるわが国にとって示唆に富んでいます。
例えば日本人の海外留学者はコロナ前の2019年で6万人程度、これに対し、韓国は年間25万人近くを送り出します。
日本の人口は韓国の2.4倍ですから、日本の留学者はごくわずかということになります。
教育への負担の増大が世界最低水準の出生率につながる弊害は大きな矛盾ですが、いわゆるグローバル人材のストックが厚いことは産業競争力を支え、人材を送り出す大学の競争力向上にもつながります。
タイムズ・ハイヤー・エデュケーションが公表した、世界大学ランキング2023年版でも、
日本の大学は200位内に2校だけですが、韓国は6校が入り、留学生の受け入れでも日本に先行しています。
現在では先端研究はいずれの国でも外国との協働が絶対不可欠で、学部やそれより早い段階から始まる留学は研究者や専門職の幅広い海外ネットワークとなり、国の発信力を支えます。
キャッチアップ国家として、韓国は日本の強みや弱みを研究してきました。
韓国への日本人留学生増加やコンテンツ、ファッションの流入など、日韓の交流は増しています。
他方で、「教える」側だった日本は少なくともフローで肩を並べた韓国とどう付き合うか、具体的、かつ戦略的に考えたことがあったのでしょうか。
日本は韓国が豊かになっていく過程で多大な貢献をしてきました。
自らの貢献が花開いた先の戦略を感情論が妨げるのは不幸なことです。
垂直から水平の関係へ、一方向から双方向の協力へ、成熟した交流への転換が必要なのかもしれません。