米国、米韓同盟破棄を真剣に検討か
GSOMIAの破棄を発表する韓国の金鉉宗・国家安保室第2次長(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
「韓国は米軍のリスクを増大させた」
韓国の文在寅政権による日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄のショックが冷めやらぬ中、ドナルト・トランプ米大統領と安倍晋三首相がフランス南西部ビアリッツで会談した。
会談後の政府高官によるブリーフィングによると、両首脳は日米韓連携の重要性は確認したものの、GSOMIA破棄に関するやりとりはなかったという。
首脳会談内容のブリーフィングではこうした「ウソ」はままある。
筆者の日米首脳会談取材経験から照らしても、首脳会談後のブリーフィングがすべて「包み隠さぬ事実」だったためしがない。
オフレコを条件に米政府関係者から話を聞いたという米記者の一人は筆者にこうコメントしている。
「(文在寅大統領の決定に対する)トランプ大統領の怒りは収まりそうにない。それを安倍首相にぶつけないわけがない」
「ただ、憤りはちょっと置いておいて、当面文在寅大統領の出方を静観することで2人は一致した。大統領は『韓国に何が起こるか見守る』とツィートしているのもそのためだ」
だが、日米首脳会談の直後、「伏せた部分」はほぼ同時刻、モーガン・オータガス米国務省報道官が公式ツィッター上で意図的に(?)「代弁」している。
「韓国政府のGSOMIA破棄決定に深く失望し懸念している。これは韓国を守ることをさらに複雑にし(more complicated)、米軍に対するリスク(risk)を増大させる可能性がある」
米国務省は22日、同趣旨の報道官声明を出している。今回は韓国の決定が「米軍に対するリスクの増大の可能性」にまで言及した。ダメを押したのだ。
平気でウソをつく文在寅政権
米国の怒りようは半端ではない。
米政府高官たちが怒っているのは、文在寅大統領のブレーンにあれほど「破棄するな」と要求していたにもかかわらず、しらっと破棄に踏み切ったからだけではない。
発表に際して、文在寅政権の高官でこの問題の最高責任者がぬけぬけと嘘をついたからだ。
金鉉宗・国家安保室第2次長だ。
タイトルから見ると偉そうに見えないが、韓国人記者によれば「ニクソン政権時代のヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官のような存在」らしい。
今年6月の時点からワシントンを訪問し、日韓間の確執について文大統領の言い分をトランプ政権高官に直接説明に来たのはこの人物だ。
金鉉宗第2次長は、韓国人記者団にこうブリーフィングした。
「米国は韓国にGSOMIA延長を希望した。米国が表明した失望感は米側の希望が実現しなかったことに伴うものだ」
「外交的な努力にもかかわらず、日本から反応がなければGSOMIA破棄は避けられないという点を米国に持続的に説明した。私がホワイトハウスに行き相手方に会ったときにも、この点を強調した」
「またGSOMIA破棄の決定前には米国と協議し、コミュニケーションを取った。米国に(韓国の決定についての)理解を求め、米国は理解した」
この発言に米政府高官は直ちに反論した。
「韓国政府は一度も米国の理解を求めたことはない」
別の政府高官は韓国通信社ワシントン特派員に対して厳しい表現でこう述べている。
「これはウソだ。明確に言って事実ではない。米国政府は駐米韓国大使館とソウルの韓国外務省に抗議した」
外交儀礼として相手方の大統領府高官の発言を「ウソだ」と言うのも異例なことだ。
(http://www.koreaherald.com/view.php?ud=20190823000106) (https://www.asiatimes.com/2019/08/article/us-verbal-broadside-at-seoul-over-axing-of-pact/)
「文在寅は長年にわたって築いてきた米国家安全保障体制をぶち壊した」
ワシントン駐在の外交官たち(無論その中には韓国大使館員たちも含まれる)にとっては「虎の巻」ともされている米外交政治情報を流すニューズレターがある。
購読料が高いので一般の人の目にはとまらない(筆者は米政府関係筋から間接的に入手することができた)。
米政権中枢の極秘情報を提供する「ネルソン・リポート」だ。
同リポートは韓国政府の決定直後の米政府高官・元高官の露骨なコメントを記している。さすがに主要メディアはそこまでは報じない、歯に衣着せぬコメントばかりだ。
トランプ政権高官:
「文在寅という男は本当に阿呆(Fool)。どうしようもない」
駐韓国大使館で高位の外交官だった人物:
「文在寅は戦略的痴呆症(Strategic stupidity)と言い切っても過言ではない」
米情報機関で朝鮮半島を担当した専門家:
「文在寅の決定は愚かで誤り導かれた決定(Foolish and misguided decision)以外のなにものでもない」
「後世の史家は、こう述べるに違いない。『この決定は何十年にもわたって築き上げられてきた北東アジアにおける米国の安全保障の中枢構造が終焉する、その始まりを暗示するシグナルだった、と』」
別の米外交官OB:
「文在寅という男は、韓国に対する安全保障上の脅威(Security threats)はどこから来ると思っているのか、全く分かっていない」
「コリア第一主義(Korea First Tribalism)に凝り固まった衆愚の知恵(Wisdom of the crowd)としか言いようがない」
「日米韓三角同盟よ、さようなら」 「日米豪印同盟よ、いらっしゃい」
GSOMIA破棄決定を受けて米国は今後どう出るのか。
短期的には北朝鮮のミサイル情報収集としては、2014年に締結された日米韓の「軍事情報共有協定」(TISA)がある。これまでGSOMIAと並行して機能してきた。
同協定に基づき、米国を介した日韓間の情報交換は今後も継続させるというのが米国の方針だ。
GSOMIAもTISAも何も北朝鮮のミサイル情報だけを扱っているわけではない。むしろもっと重要なのは中国やロシアの動向をチェックすることかもしれない。
日米軍事情報の共有は今後さらに強化されるだるう。米国は韓国から得た情報をこれまで以上に迅速に日本に流すことになるだろう。
国防総省関係筋はこう指摘している。
「米国は文在寅大統領は信用しない。だが、韓国軍は信用している。つき合いは文在寅大統領とのつき合いよりも何十倍も古い」
「先の米韓共同軍事演習も文在寅大統領の反対を押し切って実施した。それを阻止できなかったから北朝鮮は文在寅大統領を口汚く罵った」
大幅な米軍駐留費分担増要求へ
韓国政府は、GSOMIA破棄決定を踏まえて今後米韓二国間の安全保障関係を一層強化すると宣言している。
米国にとってはいい口実ができた。直近の対韓要求は2つある。
一つは、駐韓米軍駐留費問題(SMA)。
米韓問題を専門とするダニエル・ピンクストン博士(トロイ州立大学国際関係論講師)は米国はこの問題で高圧的になるとみている。
「米軍駐留費協定交渉は昨年末以降中断したまま。韓国側は年間10億ドルを分担するとしているが、トランプ政権はその5倍、50億ドルを要求してくるといわれている」
「協定だから議会の承認が必要だ。来年4月には選挙がある。それまでに協定に合意できなければ、駐留費問題は選挙の最大のアジェンダになってしまう」
(https://www.nknews.org/2019/08/what-south-koreas-termination-of-the-gsomia-means-for-north-korea-policy/)
文在寅大統領としては米韓の隔たりを埋めて、穏便に年内に決着させたかったところだが、GSOMIA破棄決定で米国の怒りを鎮めるには米側の法外な要求も受け入れざるを得なくなってきているわけだ。
もう一つはイランによる外国籍タンカーへの威嚇行動で生じた危機管理問題だ。
中東ホルムズ海峡を航行する船舶の安全を確保する米主導の「有志連合構想・海洋安全舗装イニシアティブ」への参加協力要請だ。
ホルムズ海峡は日本同様、韓国にとっても中東からのシーレーン確保の要だ。
コリア第一主義の大衆ナショナリズムは一歩間違えば、反日から反米に点火する危険性を帯びている。文在寅大統領としても何が何でも米国の言うことを聞くわけにはいかない。
米国にとっては、長期的にみると、これから5年、10年後の韓国をどうとらえるべきか、という重要懸案がある。
中国が推し進めている「一帯一路」路線に対抗する米国の「インド太平洋戦略」の中核となる同盟国の構成をどうするか、だ。
米国内には「韓国は外すべきだ」という主張が台頭している。早晩、韓国は「あちら側」つまり中国サイドにつくと見ているのだ。
トランプ政権内部ではすでに「韓国抜き」の「インド太平洋戦略」が動き出していると指摘する専門家もいる。
日本、豪州、インドという準大国を同盟化するというのだ。
特に経済通商上の理由から米国と中国とをある意味で天秤にかけてきたオーストラリアは、スコット・モリソン政権発足と同時に米国に超接近し、米国の考える「インド太平洋戦略」の構築に積極的になってきたからだ。
(http://www.iti.or.jp/kikan114/114yamazaki.pdf)
豪ダーウィン港湾に軍用施設建設へ
その事例がすでにある。
マイク・ポンペオ米国務長官とマーク・エスパー国防長官は8月、オーストラリアを訪問し、米豪初の国務・国防閣僚による「2プラス2」協議で同盟強化を再確認している。
(https://www.theguardian.com/world/2019/aug/04/mike-pompeo-urges-australia-to-stand-up-for-itself-over-trade-with-china)
米軍の豪州駐留永久化だ。
米国はこれまでオーストラリア北部のダーウィンに近い豪州陸軍基地に米海兵隊を乾期だけに配備してきた。
この港湾にワスプ級揚陸艦(LHD)が着艦可能な軍用施設を建設することを決めたのだ。すでに総工費2億1150万ドルが計上されている。
ダーウィン港湾の管理権は15年以降、中国大手「嵐橋集団」(ランドブリッジ)が99年間貸与する契約を結んでいる。当時、中豪協力のシンボルとして騒がれた。米政府は強く反発していた。
「嵐橋集団」のトップ、葉成総裁は人民政治協商会議の代表。中国共産党とも太いパイプを持っており、ダーウィン港湾管理権貸与の背景には対米抑止力の一翼を担う狙いがあるとされている。
同港湾に米軍が軍用施設を建設するというのは、小さな一歩かもしれないがシンボリックな意味合いを持っている。
米国とインドとの関係も直実に同盟化のロードマップに沿って動いている。
(https://www.washingtonexaminer.com/opinion/our-most-important-alliance-in-2019-will-be-with-india-but-two-other-big-foreign-policy-opportunities-await)
オバマ政権で国務省コリア部長(韓国と北朝鮮を担当)確認だったミンタロウ・オバ氏はこう指摘する。
「GSOMIA破棄決定に米政府はこれ以上ないほどのネガティブに反応している。オバマ政権が将来を考えて編み出した協定だったからだ」
「当時関係者は『これは北東アジアにおける米安全保障体制にとっての聖杯*1(Holy Grail)だ』と言っていたくらいだ」
*1=イエス・キリストがゴルゴタの丘で磔刑された際に足元から滴る血を受けた杯。「最後の晩餐」の時にキリストの食器として使われたとされる。この杯で飲むと立ちどころに病や傷が癒され、長き命と若さを与えられるとされてきた。
「ワシントンの多くのアジア関係者は日韓関係に赤信号が灯り始めたと見ている。韓国は今後その戦術展開の幅を狭くしてしまった」
ワシントンの外交安保専門家たちから見ると、GSOMIA破棄で完全に米国を怒らせてしまった韓国はもはや「米国の同盟国」ではなくなってしまったようだ。
筆者:高濱 賛