Netflix発の韓国ドラマ「イカゲーム」は、456億ウォン(約42億3,700万円)の賞金がかかった謎のサバイバルゲームに参加した人々が、最後の勝者になるために命をかけて戦う物語である。
登場人物の設定はこうだ。
1. ろくな仕事もなく、たまに手にするお金は競馬ですってしまう人物
2. ソウル大学経営学科を卒業した秀才で汝矣島(ヨイド)の投資会社に勤め、成功したと思ったのに投資に失敗して莫大な借金を抱えた人物
3. 脱北ブローカーにお金を渡して詐欺にあった人物
4. 織のボスのお金をギャンブルで使ってしまった人物
こういった「脛に傷を持つ人間」が、金を目当てにサバイバルをかけて戦うもの。
劇中では「こんなことをしていたら俺たち駄目になる」と漏らす人間らしい一面を覗かせている。
海外メディアでは、次のような評価だ。
米『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「不平等とチャンスの喪失という韓国の根深い感情を扱って世界の観客を集めた『最新の韓国文化輸出品』にすぎない」。
仏『ル・モンド』紙は、「貧困層と富裕層を対照的に描いた内容で2019年アカデミー作品賞を受けた映画『パラサイト 半地下の家族』などと軌を一にする」。
前記の二紙による「イカゲーム」に対する見方は共通している。韓国社会の貧困層と富裕層の対照的な存在の指摘である。
だが、こういう評価だけで十分だろうか。
格差問題といえば、経済的には客観的データとして「ジニ係数」(所得再分配後:2018年)を持ち出さなければならない。
日本の0.33に比べて、韓国は0.35と若干高い(不平等)状態だ。
だが、米国の0.39に比べれば低いのだ。
この「ジニ係数」だけを持ち出せば、米国こそ「イカゲーム」が起こって当然である。
逆に、「アメリカンドリーム」を生んでいる。
「イカゲーム」の裏には、韓国特有の国民性が存在している。
「イカゲーム」の社会的な背景には、就職したくてもできない厳しい現実がある。
日本では、一人で何社もの「内定」を取ったという豪の者がいるほど。売り手市場である。
韓国では、逆である。就職したいが競争が激しくて「困難」であるから、就職活動すら止めるという人たちが増えている。
韓国経済研究院は、4年制大学の3~4年生や卒業生など2,713人を対象にアンケート調査を行った。
その結果が10月12日に発表された。
その内容は次のようなものだ。『中央日報』(10月13日付)から引用した。
「積極的に求職活動をしている」 9.6%
「儀礼的にしている」 23.2%
「休んでいる」 8.4%
「ほとんどしていない」 33.7%
上記のデータでは、求職活動を積極的に行っているのは、9.6%に過ぎない。
他は、ほぼ諦めている。大学を卒業して、「いよいよこれから人生がスタートする」というはずの年齢で、早くも諦めた状況に追込まれている。
今年、積極的に求職活動をしている大学生と卒業生は、入社願書を平均6.2回出したという。書類選考に合格した回数は平均1.6回だった。就職を希望する企業については、公企業(18.3%)と大企業(17.9%)・公務員(17.3%)の割合が同程度である。
就職希望先は、公企業・公務員、それに大企業である。すべて、「寄らば大樹の蔭」である。ベンチャー企業や中小企業ではない。ここに、韓国社会の特異性を見る思いがする。朝鮮李朝時代からヤンバン(両班)支配の気風が、今なお生き続けていることだ。最初から、「勝ち馬」に乗るという人生の選択をしている。
この思惑が外れた場合、韓国社会では「乗った馬」から自分で降りて、自営業を選んで「一国一城の主」の道を進む。
韓国の自営業者数が、GDP世界10位前後の国にしては飛び抜けて高い(24.6%=2019年)理由は、産業構造の近代化が遅れているほかに、この「気位の高さ」が影響していると見られる。自営業は、好景気の時にその波に乗って行ける。だが、景気に逆風の吹いたときは、最初にそのつむじ風に吹き飛ばされる、極めて不安定な経営環境にあるのだ。
職場で、嫌なことがあっても我慢する。韓国社会では、それが困難ゆえにすぐに退職して自営業の道へ進んでいる裏に、もうひとつ「転職市場」が育っていないという事情がある。終身雇用制と年功序列賃金制が、今なお牢固として守られているからだ。大企業労組が、この2原則を絶対に譲らない結果である。
転職市場さえ完備していれば、自営業を選ばずとも転職によって働く環境を一新できるのだ。嫌いな上司の顔を見なく済む。
韓国の「イカゲーム」の裏には、こういう韓国社会の柔軟性欠如が災いしている。
ここでもう一度、韓国の自営業者比率が国際的に見てどのレベルにあるかを確認しておきたい。
自営業者比率は、就業者数に占める自営業の比率である。OECDで、韓国よりも高い比率の国は、全て韓国のGDP規模を下回る国ばかりである。ブラジル・メキシコ・ギリシャ・トルコ・コスタリカである。
韓国は、「先進国入りした」と胸を張る。就業構造から見ると、発展途上国の一角に位置していることは明らかだ。日本の自営業者比率は9.98%、ドイツ9.61%、米国6.32%(いずれも2020年)だ。データは、OECDである。
誤解のないように指摘したい。自営業がダメで、ビジネスマンが上という単純な話ではない。景気変動時の雇用は小舟よりも、大きな舟に乗っていた方がより安全という意味である。その点で、米国の6%強は韓国の25%弱より、はるかに安定しているであろう。もっとも、企業でも解雇がある。その場合、退職金もあれば再雇用の際に、優先的に雇用されるという条件もつく。雇用の安定面では、自営業よりも有利だろう。
韓国が、終身雇用制と年功序列賃金制に縛られて、転職市場も育たない現実を脱するには、広い視野から雇用を考えることである。
韓国の労組は、自分たちの利益だけを優先して、国民全体の利益を無視している。
文政権は、労組の支持を繋ぎとめるべく、この「業」を増幅しているから、ますます救いがなくなる。韓国の経済も社会も不安定化する理由なのだ。
文政権は“有害無益”な存在。国民生活に直結する経済政策で大失敗
文政権が発足したのは、2017年5月である。
それ以来、経済政策は失敗の連続である。
1. 賃金政策では、最低賃金の大幅引き上げによって、逆に失業率を高めた
2. 不動産政策では、住宅需要を抑制する一方、住宅供給も抑えて価格高騰を生んだ
以上のように、国民生活に直結する経済政策で大失敗した。最大の理由は、現実を直視せずに実証したことのない政策を「公正」という美名に酔って行ったことである。
経済政策は、「実証の学」である。文氏の政策は、世論に阿(おもね)る政策であり、「曲学阿世の徒」と言われる類いだ。
韓国の不幸を増幅させたのである。
韓国の失業率は次のように、文氏が大統領就任(2017年)してから悪化した。
2015年 3.60%
2016年 3.70%
2017年 3.70%
2018年 3.85%
2019年 4.15%
2020年 4.00%(大量の公的アルバイトを採用し糊塗)
出所:ILO統計
2018~19年は、明らかに最低賃金の大幅引上げが失業率を高めるという、常識では考えられない事態を招いた。
昨年は、新型コロナウイルスで世界中が混乱した。
その中で、韓国が改善したのは、公共アルバイトの大量採用である。
文氏が、大統領に就任してソウルの住宅価格は8割も上昇した。
住宅価格の高騰抑制には、住宅供給を増やして先高観を沈静化させることである。
文政権は、住宅供給を軽視したので、市民の住宅先高観を一段と高める結果となった。
以上のように、文政権は人間生活に不可欠な「衣食住」のうち、食=雇用と、住=住宅の2面で失敗した点で有害な政権になった。
国民こそ、大変な迷惑である。
まさか、その不満を政府へ直接向ける訳にいかないので「自衛」に走った。
それが、哀しいかな「イカゲーム」となって現れたのだろう。
住宅高騰を見た若者は、生活防衛で銀行借入に走った。
文在寅政権の4年間(2017~21)で、20代の銀行ローン残高は2倍以上増えたが、その後も膨らんでいる。昨年1年間で20代への銀行貸付残高は32兆7,000億ウォン(約3兆1,065億円)から44兆5,000億ウォン(約4兆2,275億円)へと36.1%増加した。
全年齢の平均増加率の11%を大幅に上回った。
昨年1年間で、銀行借入残高が36.1%も増えるとは異常である。
当然、ローンで長期返済とは言え、月々の返済が家計を圧迫する。果たして、生活できるだろうかという他人事ながら心配するほどの急増ぶりである。
これは当然、個人消費支出を抑えるはずだ。
30代への銀行貸付残高も、昨年1年間で17.5%も増加した。
20~30代の借り入れの大半が、マイホーム購入や株式・仮想通貨への投資にも投じられたと推定されている。
この背景に、政策金利が年利0.50%と最低水準へ引下げられたことの影響もある。
この超低金利を利用して住宅ローンを組んだのであればまだ救いようもある。
だが、株式や仮想通貨などの金融取引に使われたとなれば、事態は変わってくる。
実は、仮想通貨や株式への投資が多かったのである。
昨年末からの仮想通貨投資ブームは、20代が主導した。今年1~3月の韓国4大仮想通貨取引所の新規加入者249万5200人余のうち、20代は32.7%で最多だった。
この「博打好き」には度肝を抜かれる。
不動産市場は30代が主導した。韓国不動産院によると、今年1~4月に売買されたソウルのマンションの36.7%は30代が購入した。次に多い40代(26.6%)との差が拡大した。
株式市場では、20~30代の動きが目立った。新韓銀行によると、20代全体に占める株式投資家の割合は、19年の23.9%が20年には15.3ポイントも急上昇した。30代でも同じ期間に28.3%から10.5ポイントもの上昇である。
韓国の20~30代は、株式・仮想通貨・不動産の主役として動いたが、その傷跡(延滞)も大きくのし掛っている。
銀行延滞額が、2017年1~3月期と2021年1~3月期を比較すると次のような結果が出てきた。
20代 167.5%増
30代 22.0%増
40代 138.0%減
50代 19.4%減
60代以上 1.8%減
20~30 代の延滞額の増加が大幅であることに「エッ」と息を呑む思いがする。払えずに終われば担保を没収される。
それこそ「イカゲーム」そのものになりかねない。「資産が少ない若い世代への行き過ぎた融資は、未来の経済状況を不安定にするリスクである」と指摘されている。当然であろう。
この記事の著者・勝又