誰にも醜聞があります。本人が否定しようが、肯定しようが(笑)。
ここでは最近の「中国の醜聞」を集めてみました。必要な方のために出典も明示し、あればリンクも用意しています。
海外での中国人のマナー違反は、本当に目に余るものがある。ニューヨークのウォール街に牛の銅像があるのだが、中国人観光客はそこに行くと、みんな銅像の上に乗って写真を撮る。この醜態はアメリカの新聞でも報じられた。
すると、駐米中国大使ではなく、なぜか駐日中国大使がこの間題について次のようにコメントした。
「牛に乗ってはいけないなら、『牛にまたがってはいけません』という看板を出すべきだ。看板を出さないあなた方が悪い」・・・・ :P.46-48 石平「中国人の正体」宝島社
これが中国人の本質なのです。いくら「ど田舎根性」であっても・・・・。
中国人は「自分の行動が犯罪になるのかどうかを、自分で判断できない」ようでして、以前に当ブログで「警察を襲撃することは犯罪です」というポスターを出さなければいけないという中国事情を指摘しています。
つまり中国人には、「マナー違反かどうか」を考える以前に、解決すべき重大な課題がある、ということです。
こうなったのも
中国共産党による一党独裁に主たる原因があると思われますが、それにしても、耳を疑う発言を集めた本でした。
米国での話なのに駐日中国大使が述べた
のにも違和感があります。不思議なことに、マナーとか公衆道徳の意味が分らない中国人を乱造した中国共産党支配下の駐日中国大使が、中国国民をかばう声明を出すのですね。
- 道路で小便や大便をすることは犯罪です
- 人の金品を盗むことは犯罪です
- 人をだまして金品を巻き上げることは犯罪です
こんなのは、日本では小学生の頃からしつけられていることであり
これを中国社会で看板で警告しなければならない、というのは、中国での初等教育が根本的に間違っている、からでしょう。
つまり「ふつう」の幼児教育ではなく、中国共産党の支配のほうがより重要であり、国民が中国共産党幹部より賢くなってはまずいから、初等教育の段階から「洗脳」しなければならず、その結果こういう見るも無惨な状態になってしまったのでしょう。
これが典型的な由(よ)らしむべし、知らしむべからずという愚民政策ですね。
もうまるで初代林家三平の「爆笑の世界」と言っていいでしょう(笑)。
私たちは、
「中国人はこういうものだ」という前提で、ものごとを考えなければならないようです。中国共産党は、やがて崩壊するでしょうが、崩壊後が思いやられる、と言えます(笑)。
中国では、
- 相当古くから道徳について語る人が多くいて、それを読んだ日本人は「中国人は偉いな」と思うのですが・・・・・・
- それだけたくさんの偉人が立派な「道徳」を語っているのに、「今の中国人のマナーは一体なんだ」と気が付いて憤慨する人は、エライ!
- 私の考えでは、それだけ幾多の人が「ご立派な道徳」を語ってきた事実が、中国4000年の間ずっと「道徳・マナー」はなかった、ことを暗示しています。
- 有史以後の、混乱の中国・ペテン師の暗躍する社会・平気で親兄弟さえ殺りくしてきた暗黒の歴史、を緩和するために、有史以前の「神話」の美しい「王位・帝位の禅譲」を作りあげる(でっち上げる)わけです。
- 日本の神武天皇以来しばらく続いた神話の世界(どこまでかには諸説あり)と同様に、中国では少なくとも三皇五帝(さんこうごてい)、あるいはこれに続く「夏(か)」や「殷(いん)」いやもっと下った時代の記録においてさえ、「筋道をたてるのに都合がいい逸話」ばかりが残っているのかも知れない、と思ってかかるほうがよさそうです。
- ただし、そういう「勝者の記述」という偽り満載の歴史からでさえ、何らかの真実が見つかるはずで、そこで人の創造力・想像力が試されます。また我々読者も、それを掘り下げる著者の力量を慎重に見きわめなければなりません。
歴史は、本当に書かれるべきだから書かれたのか、に関連して、岡部伊都子はこう言っております。
「言いたいことが胸にあふれているのに、言葉がなくてもどかしくて」と嘆いた。
「言いたいことがあふれているのはよろしいね。何も言うことがないのに、書いたり言ったりしている人が多いのですから」といわれた。
ぎょっとした。
言いたいことがいっぱいあると思っていたけれど、それは本当に言わなければならない内容のものであろうか。:P.10 岡部伊都子「秋雨前線」 大和書房
「ぎょっとした」が、「作家のするどい感性」というものでしょう。もしあっても「隠して言わない」のが普通の人間ですから。
中国では、4000年以上にわたって
道徳・マナーなるものが存在しなかったので、多くの人が道徳・マナーについて語った
こう考えて間違いなさそうです。これによって現在の中国をより現実的に理解することができます(笑)。
「どんな人が理想ですか」
と問われて
「優しい人です」
と答えるのを、なぜ微笑ましく思うか。それは、今「優しい人」がいないから、なのですね・・・・・・。
聖徳太子がなぜ「和」を重視したか。それはその当時日本に「和」がなく親兄弟・君臣の間で実に恐ろしい殺りくが繰り返されていたからではないか、と考えるのと同様に・・・・・・。
文言を一部修正:2015/09/23 6:08