TPP参加に関して、最大ともいえる議論の的に「ISDS条項(IDS条項)」があります。
これは「投資家対国家の紛争解決」を示したもので、
投資家の投資財産を、投資受入国による収用や法律の恣意的な運用などによるリスクから投資家を保護する目的で、
投資受入国が投資保護協定に違反したことにより損失をこうむった投資家が、投資受入国を訴えることを想定し、
公平を期すために、投資家の本国の裁判所でも投資受入国の裁判所でもない、第三者機関(国際仲裁機関)による仲裁を受けるための規定
というものです。
政府も
我が国が確保したい主なルールの内容として
(1)高い水準の内国民待遇や特定措置の履行要求の禁止が盛り込まれる場合、
我が国企業の外国における投資環境の改善を図るための法的基礎を構築することができる。
(2)TPP協定交渉参加国に進出している日本企業が、投資受入国側の突然の政策変更や資産の収用などによる
不当な待遇を受ける事態が発生した場合、こうした手続を通じて、問題の解決を図ることも可能となる。
(3)投資についてはWTO協定のような多国間条約が存在しないため、
TPP協定交渉を通じて投資に関する多国間規律の策定につながる議論に参加し、我が国の国益を反映させることができる。
また、我が国にとり慎重な検討を要する可能性がある主な点として
(1)これまで我が国のEPAにおいて留保してきた措置・分野について変更が求められるような場合には、
国内法の改正が必要となったり、あるいは将来的にとりうる国内措置の範囲が制限される可能性は排除されない。
(2)我が国がこれまで締結してきたEPAや投資協定、エネルギー憲章条約と同様、
外国投資家から我が国に対する国際仲裁が提起される可能性は排除されない。
という見解を示しています。
私もこの条項については、慎重に対応すべきだと思います。
ICSID条約(国家と他の国家の国民との間の投資紛争の解決に関する条約)というものがあります。
今、IDS条項により投資紛争解決を図るために事案を持ち込む所とされている投資紛争解決国際センター(ICSID)は
このICSID条約の発行により設立されました。
1967年に署名を開始、1968年に発行したこの条約は、2010年末現在、155カ国が署名しています。
日本は1967年9月16日に署名、アメリカは1966年10月14日に署名しています。
投資受入国がICSID条約の締約国である場合には、ICSID仲裁判断の執行は同条約上の義務と明記されています。
では、このICSID条約とはどういった内容なのでしょうか。
これが、今問題となっているIDS条項とあまり変わりがないのです。
今まででアメリカ企業から日本政府が訴えられた事例があるのでしょうか。
相当の時間を費やして事例を調べようとしましたが、全く見当たりませんでした。
もし仮にほんとうに事例が全くないとすると、その理由は
①正当な形で貿易が行われ、双方によって不都合が生じていない。
②訴えが起されているが、事例が表に出てこない。
③形骸化されているか、他の条項等で補完されている。
のいずれかであると考えられます。
話は少し変わりますが、IDS条項を考えるにあたって、しばしば悪い事例が引き合いに出されます。
一部、事例を紹介しましょう。
NAFT加盟国間での係争事例です。
アメリカの廃棄物会社Metalclad社がメキシコ政府の許可を取った上で、メキシコの廃棄物会社から廃棄物処理の権利を
買い取った。 その後、メキシコが地下水汚染を防ぐため、アメリカの廃棄物会社Metalclad社の設置の許可を取り消した。
埋め立て許可の取り消しにより、投資家が損をしたと判断されたため
メキシコ政府が、アメリカの埋め立て業者に1670万ドルの支払いが行われた。
いわゆるMetalclad事件というものです。
この事件の見解として次のようなものがあります。
Metalclad事件(2000年裁定)では、米国法人Metalclad社がメキシコ国内で有害廃棄物処理事業を行うにあたり、
廃棄物運送基地と埋立用地を取得・開発・運営するためにメキシコ法人COTERIN社と埋立用地、並びに関連認可を買収した(1993年9月10日)。
他方、94年10月、許可の欠如を理由に市当局が作業停止命令を発した。 95年3月には廃棄物処理場が完成したが、
反対住民のバリケードによって操業が妨害されたため、Metalclad社はNAFTA(AF)を利用してICSIDに提訴した。
仲裁廷は、メキシコ行政府の対応に透明性が欠如していた点を根拠として、NAFTA1105条(FET)と1110条(間接収用)の違反を認定した上で、
賠償判断において「現物投資財産」(actualinvestment)を算定する方法を採用した。
Metalclad社は、本件プロジェクトに総額2000万米ドルを投資したことを主張した
(その内容は、1991年から1996年にかけての出費であり、COTERINの取得費用、人件費、保険費用、旅費、生活費、電話代、会計・法律家顧問料、利子等であると主張した)。
これに対して仲裁廷は、次のように述べて賠償額を限定した。
「Metalclad社がCOTERIN社を買収した年[1993年]以前に生じたコストは、損害賠償が請求されている投資財産からあまりにもかけ離れている(are too far removed)。
そのため、1991年から1992年にかけての出費額を裁定額から減額する」。
このように、仲裁廷は投資前支出(COTERIN社買収以前のMetalclad社の出費)に関する損害賠償を認めなかったが、
その理由は、請求対象となっている投資財産との因果関係が欠如していることであった。
「投資協定仲裁における投資前支出の保護可能性」より http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/epa/pdf/FY20BITreport/pre%20expenditure.pdf
例えば、Metalclad Corp. v. United Mexican States(The Decision of the NAFTA Arbitration Panel)事件は、
本事例は米国企業とメキシコ政府との事例であり、メキシコ政府による外国企業の恣意的取り扱いにより消滅した利益に対し、
賠償命令($16.7million)がなされたケースである。メキシコに設置してあった米国企業メタルクラッド社の廃棄物処理・埋立施設が地元当局によって閉鎖されたことを受けて、
同社が第11章の仲裁を請求した。 メキシコのポトシでは、1990年にメキシコ政府当局の許可を受けメキシコ国民により設立、
後にCOTERINという企業によって運営された廃棄物の暫定保管施設が存在した。 1993年に米国企業メルカトラッド社は、
当該施設運営権を6ヶ月間購入し、埋立を計画した。しかし当該自治体は有害物質の埋立計画の危険性を指摘し、許可を取り消した。
その後ポトシ州知事による停止命令が出された後、同社は当該計画を停止した。メルカトラッド社は、連邦政府、州、地元政府の本行為は
当該施設の認可に際して透明性の要件を欠きまたNAFTA第105条に規定される公正な扱いに違反すること、
本件の閉鎖が第1110条の収用行為に該当することの点でNAFTA条約に違反すると主張した。
本件はNAFTA第11章違反の結果として海外からの投資に賠償命令が下された初の事例である。
仲裁裁判所は、本件におけるメキシコ政府に対する責任を認め、メキシコ政府の同社に対する扱いは透明性を欠き、
公正かつ平等な扱いを行っていないことなどから国際法に違反していると認定した。
「経済連携協定(EPA)/貿易自由協定(FTA)に対する環境影響評価手法に関するガイドライン」より http://www.env.go.jp/earth/keizai-k/guide/guide01.pdf
Metalclad社は、1993年にメキシコCoterin社から埋立地を買った。
Coterin社は、有害廃棄物の埋立地を開発する予定だったが、地方から必要な許可を得られなかった。
Metalclad社はメキシコ政府からの土地利用の許可を得ることができたが、地方政府は建築許可に応じなかった。
市長が埋立に反対した。
1992年、Metalclad社が用地を購入する前、メキシコ環境当局による審査により、
2万トン以上の有害廃棄物が不法投棄されていたことがわかった。
当局は、不法投棄された廃棄物をMetalclad社が処理することを条件に埋立の許可証の発行に合意した。
1993年、Metalclad社は埋立地を購入した。
地元住民は、水が汚染されて病気になったと反発。
main waterはMetalclad社が埋立をしている場所から約60ヤード(約55メートル)の距離だった。
新しい知事の委託による1994年の環境調査で処理が適切な場所を選んで行なわれているとして事業継続ができた。
1995年、メキシコ環境当局は、Metalclad社が不法投棄廃棄物を処理することを条件に埋立を承認した。
地元当局は、建築許可を拒否。
訴訟により、Metalclad社は事業中止に追い込まれた。
1997年には、Metalclad社は9,000万ドルの損害賠償を求めてメキシコ政府を提訴し、2000年 8月30日仲裁判断で1670万ドルの賠償金を得た。
(賠償金は、後の再計算で、$110万1560万ドル減額された。)
「Metalclad - 英語版Wikipedia」より http://en.wikipedia.org/wiki/Metalclad
もっと冷静な判断を求める方には判例の全文があります。
(但し、英語なので各自判断をおねがいします。)
「MetacladAward METALCLAD CORPORATIONClaimant and THE UNITED MEXICAN STATES Respondent」
http://italaw.com/documents/MetacladAward-English.pdf#search='Metalclad'
NAFTA加盟国間において、「なんでもかんでも、不当にアメリカ企業から訴えられている」という見解は
見受けられず、投資紛争解決国際センターにおいて冷静な判断が下されていると思います。
内国民待遇(自国民と同様の権利を相手国の国民や企業に対しても保障すること)を規定する条項の一例は次のようなものです。
いずれの一方の締約国の投資家も、他方の締約国の領域内において、投資財産、収益及び投資に関連する事業活動に関し、
同様の状況の下で当該他方の締約国の投資家に与えられる待遇よりも不利でない待遇を与えられる。
とくに内国民待遇が事実上の差別を含む場合には、投資先国(ホスト国)の産業政策のみならず社会政策にも影響を与える恐れがありますが、
実際にホスト国政府の社会政策等によって正当化される場合は内国民待遇違反とは認定されていないと思います。
NAFTA(北米自由貿易協定)では、「投資」の章でISD条項の前に置かれた「内国民待遇」の条項に埋め込まれた毒素的文言と、
NAFTAの前文に書かれたNAFTAの目的とを組み合わせて、内国民待遇-いわゆる外資を国内企業と同列に扱うこと-を、
従来よりも広範に、かつ外資に有利に解釈できる条文となっていると言われています。
そして、米国が当事者でない国際協定では、NAFTAほど外資に有利な解釈が可能な条文にはなっていません。
日本がこれまで締結しているものも、同様です。
また、この条項が無ければ、逆に貿易相手国から、それこそ不当な理由にて訴えられる機会が増加する恐れもあります。
全くの自由貿易協定(TPP等)になると、扱う領域が格段に増加し、日本国民が考える不当な理由において
訴えられる可能性があるとするならば、「ISD条項に反対せよ」と言うのではなく、
「投資等に関する条文が、NAFTAのようにならないよう、注意する」と受け止めることが必要だと思う次第です。
この対処に向けて、全力を尽くすべきだと思います。