退職女のアメリカ便り

オーストラリアンシェパード、ジュンタのマミーのアメリカ、セントルイス生活

#835: パチンコ屋といえば軍艦マーチだった。

2017-04-16 16:33:40 | アメリカ便り
私はパチンコが好きで、日本滞在中2,3回近所のパチンコ屋に入ります。
でも1回千円と決めているので負けても買ってもそれ以上するというような意地汚いまねはしません。
ギャンブルというのは止めぎわが大切なので。
でも一度、千円で、3万円買ったことがありました。
もう10年くらい前でしょうか。
当時パチンコ好きの父親が入院していた病院へ、すぐさまその勝利を報告に行くと、いつもは表情もなくぼんやり天井を見ていた父親が、本当に“にこっ”として“そうかそうか”と自分でパチンコ玉をはじくまねをしてくれた。
本当に父親はパチンコが好きだった。
そのことはすぐさま父親を通じ、看護婦さんたちに知れ渡りました。

私の性格はまず、ギャンブルには向いていないと思う。
飽きっぽいから。
パチンコは特に頭脳も必要とせず、ただダイアルを回すだけ。
こんなこと、千円で825(?)玉をもらって10分もたったら飽きてしまう。
玉が出始めたら別ですが。
いや玉が出始めても飽きてくる。
一度玉が出始めたとき、飽きたので、止めようと思ったらそばにいたお店のお兄ちゃんに“やめるな”といわれたことがありました。

セカンドスモークを肺いっぱいいに吸い込み、健康に最大限に悪いことをしておまけに千円も払ってくるなんて、本当にあほらしい、けど日本に帰るたびにやっています。

ところで、私がアメリカに来る前は、パチンコ屋といえば軍艦マーチだった。
近所迷惑にヴォリュームを最大限にあげてかけている。
パチンコ屋は在日韓国人の経営者が占めているから、旭日旗をを思い出させるような軍艦マーチなんてこういった経営者が一番嫌っているはずなのに。
どうしてかなと調べてみると、一番有力なのが次のようなものでした。

①有楽町「メトロ」起源説
 軍艦マーチを最初に流したのは東京有楽町のパチンコ屋「メトロ」であるとする説。
1951年、有楽町にメトロというパチンコ屋があり、店長がマレー沖海戦で軍功を立てた元海軍兵士だったそうです。メトロはGHQ本部に近かったということもあり店内にはアメリカ兵の客が多かったそうです。いくらお客さんとはいえ、店内にアメリカ兵がごったがえし騒いだり女をからかったりしているのがこの店長には悔しくて面白くなくて仕方がありません。
 「こちらも大日本帝国海軍としての意地がある。いっそのこと『軍艦マーチ』でも大音響でかけてやれ」と思い、店内で流したといいます。ところがGHQからは特にお咎めはなく、逆に日本の警察の方が怒って店にすっ飛んできたとか。そこで『GHQのお墨付きだ』といってはばからず軍艦マーチを流し続けたというのです。
軍艦マーチを店内で聞いたアメリカ兵たちは日本軍の軍歌とも知らずにみんなで大合唱していたという話もあり、これを見た他店がマネをして全国に広まっていったというのです。

今はもう聞くことがなくなりましたよね。
もっともいくら韓国人経営のパチンコ屋といっても“軍艦マーチ”なんて流したら、即、いまや内部分裂が激しい民進党、シールズ、反日団体、日教組、マスゴミ連中が騒ぐことになるでしょう。

今日はこれからパーティーです。
帰りが遅くなると思うので、ブログを早めに書きました。