前の記事で少しだけ書いた乳房再建に関する診察について、ざっと記録しておこうと思う。
5年ぶりのY市大医療センター 形成外科の予約時間は13時。病院へはその30分ほど前に着いた。地下鉄に遅延が出ているということで、少し早めに家を出たが、意外とスムーズに到着。
以前の診察から5年余り過ぎているので、初診の手続きをしてから、2階の形成外科へ。
まずは問診表の記入。
問診表には既往症や服用中の薬についてなどのほかに、心配なことや希望などを書く欄があったので、気持ちが少しでも伝わるように細かくきっちりと書いておいた。
書き終わってしばらく待つと、予診によばれた。
問診表とT大病院からの紹介状を確認しながら、若手の先生が丁寧な問診をしてくださった。
本当に細かく、趣味のことや温泉に行くかなど微に入り細に入り聞いてくださったのだが、そうだよ!私は温泉に行きたかったんだよ!温泉が趣味だったんだよ!ということを思い出し、つい熱く訴えてしまった (^▽^;)
予診がすむと、またひたすら待つのみ。
予約の際に、診察が20時くらいになってしまうこともあると聞いていたので、待ち時間が長いことは覚悟していた。
愛用のfireタブレットを持参したので、退屈はしない。
思う存分漫画の世界に没頭して3時間。中待ちに呼ばれた。
いよいよだ!と思うとソワソワとドキドキが始まった。
中待ちの椅子に移動しソワソワドキドキしながら待っていたら、乳房再建界において泣く子も黙る(かどうかはわからないけど💦)S先生が診察室のドアを開けて直接「ホシ蜜さん」と 呼び入れてくださった。
「し、し、失礼します!」と入室したが、最初のほうは緊張でよく覚えていない。たしかリンパ浮腫のことなども聞いてくださったおぼえがある。
途中からは、しっかり自分の思いを伝えなくちゃ!と、口下手ながらなんとか話せたように思う。
「再建サロン(乳房再建の患者会)でS先生の患者さんの(再建が完成した)胸を見せてもらったことがあるんですが、私の胸とはあまりにも違いすぎるんです」
「胸にゴリゴリがあって痛いんです」(壊死してゴリゴリになっているそうだ)
などなど。
けれど、上半身の衣類を脱いで胸をお見せした時に、どんな言葉を並べるよりも、先生に私の気持ちが伝わったようだった。
「あぁ」「うんうん」と受け止めてくださったS先生の目に憐みの色が浮かんだのを感じた。
悩んだけど、思い切って来てみて良かったなぁ(´;ω;`)ウゥゥ
胸だけではなく、以前の再建のドナーとなったお腹や太ももの傷や、リンパ管移植のあとの傷も確認してくださった。
正面からと横からの写真を撮っていただいた後、服を着るように促された。
身繕いの間も、カーテンの向こうからS先生の声が届いた。
「T大で乳頭乳輪は作ろう思わなかったの?」
「作りましょうというお話はあったんですけど、私の中ではまだこれで完成という風には納得できなかったので」
「そりゃそうだよね」
あぁ、わかってくださってる。
「頑張ってきたね」「大変だったね」
胸が詰まって何も言えなくなった。
その後、図で確認しながら治療の説明をしてくださった。
「今まで大変だったけど、今度は負担の少ない方法で修正をしましょう」と。
・お腹から脂肪をとってその脂肪を胸に入れる
・壊死して固くなっているところは取り除く
・前の傷跡を縫い直してきれいにする
壊死してくりぬいてしまった胸を背中や足をドナーにして再建をし直したが、それでも健側とは大きさが揃っていない。
健側の胸を縮小する手術もしたが、それでもまだ大きさが違いすぎる。
そこで、患側の胸に脂肪注入するという治療をしてくださるそうだ。
1度にたくさんの脂肪は入れられないので、3回に分けて手術を行うけれど、日帰り手術となるので、今までの手術より体の負担が軽いですよと説明してくださった。
注入のあとは静かに生活する必要があるそうだが、それは大丈夫ですかといった確認もされた。
この治療は保険適用とはならず、自費となるとの説明もあった。
さらに、資料を見ながら治療について簡単にうかがった。
今回の治療はブラバ(brava)という装置を用いる。
・・・あれ?ブラバ? ブラバって製品がなくなっただか作ってる会社がなくなっただかじゃなかったっけ?と思ったけど、まだ継続して使用されているらしい。
ブラバについては、5年前にS先生の講演を聞いたことがあるし、リンパ浮腫治療院の先生からも教えてもらったことがあるので、概要は理解している。
治療にあたっては、今後詳しい説明があるかと思うので、そのへんはまたこのブログに記しておこうと思う。
1回目の手術の日を仮押さえし、次回の診察の予約をして終了。
「頑張りましょう!(^O^)」と診察を締めていただき、「は!頑張ります!」と最敬礼して診察室を後にした。
ここに辿り着くまであまりに長い道のりだったが、「今まで大変な思いをしてきたね」の言葉に救われた。
本当に回り道だったなぁ。
帰り道、「慌てる乞食はもらいが少ない」「急がば回れ」「待てば海路の日和あり」といった言葉が頭の中をグルグル回っていた。