中尊寺のはす 800年の眠りから覚めたはす・・・・・
ちなみに『大賀はす』は昭和26年3月に理学博士 大賀一郎さんが発見したそうですが約2000年前、弥生時代後期のものと推定されたそうです。
一ノ関駅
お菓子?
食べられるんですか?
中尊寺のはす 800年の眠りから覚めたはす・・・・・
ちなみに『大賀はす』は昭和26年3月に理学博士 大賀一郎さんが発見したそうですが約2000年前、弥生時代後期のものと推定されたそうです。
一ノ関駅
お菓子?
食べられるんですか?
蛇に蛙
意味・・・・・恐ろしいものや苦手なものを前にして、体がすくんで動けない様子。
生まれて初めて見ました。蛇が蛙を食べようとしているところ。これも自然なんですかね・・・・・
あ~びっくりした。
金色堂《国宝》
天治元年(1124)の造立で、中尊寺創建当初の唯一の遺構です。皆金色の阿弥陀堂は荘厳の限りが尽くされ、まさに極楽浄土を現世ににあらわしています。ご本尊は阿弥陀如来。その前に観音菩薩、勢至菩薩、左右に三体ずつの六地蔵、最前列には持国天と増長天が仏界を守護しています。
仏壇(須弥壇)・四本の巻柱、長押は螺旋細工・蒔絵の粋が施されています。夜行貝(螺鈿)・紫檀・アフリカ象の象牙などの材料は、当時の交易の広さを物語ります。
中央の須弥壇の中に初代清衡公、向って左の壇に二代基衡公、右に三代秀衡公のご遺体と泰衡公の首級が納められています。
(パンフレットより)
《国宝》中尊寺経
紺紙に金字行・銀字行と一行ずつ交書した紺紙金銀交書一切経。また、特に変化に富む見返し絵が貴重な、秀衡公発願の金字一切経。ともに日本の写経史上の頂点を示すものです。
五月雨の 降りのこしてや 光堂
中尊寺
天台宗東北大本山。山号を関山といい、慈覚大師を開山(開基850年)とします。12世紀のはじめ、奥州藤原氏の初代清衡公が多宝塔や二階大堂など多くの堂塔を造営しました。その趣旨は前九年・後三年という長い戦乱で亡くなった人の霊をなぐさめ、仏国土を建設するものでした。14世紀に惜しくも堂塔は焼失しましたが、なお金色堂はじめ3000余点の国宝や重要文化財を伝える平安美術の宝庫です
(パンフレットより)
弁慶堂
元禄2年(1689)5月13日、この地を訪れた芭蕉は、悲運の義経主従をしのび、次の句をよんでいます。
夏草や 兵どもが 夢の跡
るんるんバス貸切って感じ
一日フリー乗車券 300円(一回乗車140円)
平泉駅→毛越寺→悠久の湯→平泉郷土館→中尊寺→高館義経堂→無量光院跡→柳之御所→平泉駅
30分に一本走っています。
レンタサイクルの電動サイクルは、前もって予約しておかないと、置いていないそうです。
泉屋で山菜そばをいただきました。600円でした。