天愛元年

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新元号『天愛』元年にスタート

大火

2019-08-11 09:33:45 | 日記
日本文学の到達点として柳田國男の『清光館哀史』と双璧である鴨長明の『方丈記』は、冒頭の天災大火の活写に迫力があるけれど、それに遜色のない筆力を与謝野晶子の『私の生い立ち』・六「火事」に認めざるを得ない。
 十歳の頃の思い出で、書き出しは、火の見台で家族と涼みながら「お月様とお星様が近くにある晩には火事がある。」などとおしゃべりしていて、可愛らしく童話的である。
 しかし、実際に近所に火の手が上がり、人々が逃げ惑う姿が見えると、語調は一変、緊迫切実となる。火元は具清(ぐせい)という大店の酒屋であった。火の色は赤と黄と青が交じり、真直ぐに天を貫く勢いで上がり、火の粉が撒かれる水のように近くの家々に落ちてきた、と描写される。「具清の家の人は一人も逃げていない。皆死んだのらしい」、「妹さんが女中に助けられて飛び出したと云うことを誰かが云うてた」などと、断片的に聞こえてきた噂を紹介。事後に得た情報を整理して、惨劇の様子を明らかにする。
 そして、具清と道一つ隔てた竹村家に嫁いだ姉の屋敷が無事だったことを父が「めでたい」と言っていることに対し、「私は竹村の蔵が焼けてもよかった。具清の娘さんが黒焦げの死骸などにならない方がよかった」とその時の心情も吐露する。
 火事跡は何年も放置されたままだったという。やがて、生々しい記憶も忘れ去られ、当時大阪地方で流行っていた「へらへら踊り」という興行芸では、赤い頬被りに袴を履いた女役者が「堺の大火」を芸題に、具清の人々が火の中を逃げ回って死ぬ幕を一幕演じるのが常であったという。そうした人情の残虐さに目を背けながら、具清家姉妹の助かった方の妹さんが、忠義な女中に手を引かれ医者に通う姿をよく見掛けたと言い、「美しい人でした」と締めている。
 その点でトランプ米大統領は、北朝鮮の短距離弾道ミサイル乱射実験に脅かされる日本の安全保障など眼中になく、金正恩将軍から心の籠もった手紙を受け、第4回目会合を楽しみにしていることをツイッターで嬉しそうに表明するばかりで、どちらかと言えばへらへら踊りの女役者に似ている。

月が金 星をトランプと 見立つれば
日本は大火に 苛なまれなむ