齋藤信幸のロングステイ!米国・カナダ・中国・台湾・韓国・フィリピン・イタリアなどへの旅行体験やカミサンポをご紹介 

60歳を過ぎてそこそこのお金とほぼほぼ時間のある今、長期旅行に挑戦しましょう。そして大切な妻とカミサンポ。

まだ見ぬアメリカ - ウエスト・バージニア州(7)- 石炭産業で栄えた州

2024-02-11 20:25:13 | アメリカ東部
ウエスト・バージニア州は石炭産業で栄えた州と過去形で書いたが、日本とは異なり、同州を含むアパラチアの諸州では、石炭産業はまだまだ現役の産業だ。

日本の炭鉱のようにトンネルを掘り、地中深くまで採炭を進める炭鉱もあるが、石炭層が地表近くにあり、露天掘りで採炭を行う炭鉱もあるようだ。

そのような炭鉱による自然破壊や水質汚染の状況を描いたのが、ジョン・グリシャム(John Grisham)の『汚染訴訟』(原題"Gray Mountain)。

「リーマン・ショックの最中、ニューヨークの有名な法律事務所を解雇されたエリート女性弁護士サマンサ。(バージニア州と思われる)アパラチア山脈の田舎町ブレイディで、無料法律相談所の仕事を見つけた。そこで、地元の弁護士ドノヴァンと出会い、露天掘りや発破で荒れ果てた山々を目の当たりにし、巨大炭鉱企業の不正と戦うドノヴァンの活動に引き込まれていく」というストーリー。

明るい内容のストーリーではないが、炭鉱町の生活も見えてくる。

炭鉱関連の観光スポットとしては、廃坑を使ったベックリー炭鉱博物館(Beckley Exhibition Coal Mine)がある。

場所は州の南、2020年に誕生した国立公園「ニュー・リバー・ゴージ(渓谷)国立公園・保護区」(New River Gorge National Park and Preserve)の近くにある。

35人乗りのマン・カーという乗り物で坑内を案内するそうで、ツアーの時間は35分。坑内は一年中、14・5度なためジャケット着用とのこと。汗だくで作業するイメージとは異なる。

博物館の他、炭鉱町の家や教会、学校なども再現されており、土産物屋もあるとのこと。ハンバーガーやホットドックくらいはあるであろう。



もっとも魅力を感じないウエスト・バージニア州で7回も記事を書いてしまった。この調子だと残り11週の調査に1年以上かかってしまう。

現時点で最も行ってみたい場所は、ウエスト・バージニア州刑務所跡。なんか、囚人たちの黒い魂や怨念が詰まっているように見える。



最後に、ウエスト・バージニア州の公式案内Web Siteをご紹介する。

West Virginia Tourism

来週はお隣のオハイオ州。
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まだ見ぬアメリカ - ウエスト・バージニア州(6)- 食べ物の次は酒

2024-02-04 20:45:55 | アメリカ東部
先週、ウエスト・バージニア州の名物料理(Signature Foods)、ペパロニロールを紹介した。

この他にも1912年に、偶然、発見されたゴールデン・デリシャス・アップルやメイプルシロップ、ブラック・ウオルナッツなどの名物がある。

うまい食べ物の横にいて欲しいのは、アルコール。ワインもいいが、この州ならスピリッツ。ケンタッキー州と接するこの州、やはりコーンから製造する酒があるようだ。バーボンと言いたいところだが、ケンタッキー州以外ではその名前は使えない。よって、ジャク・ダニエルは、テネシーウイスキーと表示されている。

ウエスト・バージニア州のウイスキーメーカーの一つがハットフィールド(Hatfield)。

Web Siteはここ。



あか抜けないラベルのデザインがいい。

Mountaineerは、山が多いウエスト・バージニア州の人々の総称。

Moonshineは、禁酒法の時代(1920年から1933年)に密造酒を作りそれを「ムーン・シャイン」(月光)と呼んだもの。

禁酒法も調べると面白い。

飲酒そのものは禁止されなかったので、法律施行前に買い締め騒ぎが起きたり、施行後は取引がブラックマーケットに移り、ギャングがぼろ儲けした時代であった。

このような蒸留所も訪問先のリストに加えよう。

ただ、ウエスト・バージニア州の酒の販売は以下のように法律で定められている。

In West Virginia, you can buy a beer 7 days a week. On-premise retailers can sell all forms of alcohol between 6 a.m. and 2 a.m. every day. Off-premise retailers can sell beer and wine from 6 a.m. until 2 a.m. every day. Liquor can be sold for off-premise consumption between 6 a.m. and midnight. Alcohol delivery and growler sales are permitted.

日曜の午前中(教会に行く時間)は販売禁止という記事も読んだことがあるので、もう少し調べてみよう。
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まだ見ぬアメリカ - ウエスト・バージニア州(5)- 代表的な食べ物

2024-01-27 23:45:30 | アメリカ東部
この二週間、刑務所とお墓(遺跡)の話が続いたので、食べ物の話をして気分転換。

アメリカの食べ物と言えば、ハンバーガー、ホットドッグ、ステーキ、BBQなどが思い浮かぶ。ハムがたっぷり入ったサンドイッチや具沢山のピザもうまい。



カリフォルニアであれば隣接するメキシコの料理をはじめ、アジアからの移民が多いので中華料理や韓国料理、日本食、タイ料理、ベトナム料理、インド料理、中近東の料理、アフリカ料理などなど何でもござれ状態。

ちなみに、カリフォルニアの人種の構成は、40.1%が非ヒスパニック系白人、ヒスパニック系が37.6%、アフリカ系アメリカ人は5.8%、アジア系アメリカ人は12.8%、アメリカ・インディアンは0.4%、混血は2.6%となっている。 まさに人種のるつぼ。これが食文化にも影響を与えている。

では、アパラチア山脈にあるウエスト・バージニア州の人種構成はどうか。

非ヒスパニック系白人約93%、アフリカ系アメリカ人約3%、ヒスパニック約1%、アジア系約1%。ほぼ非ヒスパニック系白人の州。

自己申告による祖先構成比は、イギリス系 (35.2%)、ドイツ系 (17.2%)、アイルランド系 (8%)、スコットランド・アイルランド系 (5%)、およびイタリア系 (4.8%)。

こうなるとウエスト・バージニア州ではアジア系の料理は期待できない。

が、ウエスト・バージニア州の名物料理(Signature Foods)を調べてみた。サイトにより若干、差異はあるが必ず出てくるのがペパロニロール。

1930年頃にイタリア人のパン屋が作り、炭鉱作業員たちがランチ用に持ち込み、現在、人気のスナックとなったもので、この州の公式ステートフード(State Food)。
いかにも炭鉱で栄えた州らしいエピソードの食べ物だ。「元祖、ペパロニ・ロール」なる店がありそうだ。

でも、あまり美味そうには見えない。



我が家の近所にペパロニ・ロール(ベーグルですが)を売っている店があるが、もっと出来見栄えは良く、もちろん旨い。

アメリカの食べ物でもっとセンス良くしてほしいものの一つがパン。パンは、味、種類、見栄え、すべて日本の方が上だ。
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まだ見ぬアメリカ - ウエスト・バージニア州(4)- アデナ文化遺跡って?

2024-01-21 00:33:08 | アメリカ東部
マウンド(Mound)という盛り土をした墓を目にしたのは2018年の米国南部旅行の計画を立てていたときであった。マウンドは、盛り土、円丘、塚の意味で、野球で言えばピッチャーがキャッチャーに向かって投げる少し高くなっている場所である。

先週紹介した元刑務所がある町、マウンズビル(Moundsville)の町名になっているマウンドは古代の墓である。高さ62フィート(19メータ)、直径240フィート(72メータ)の、米国で最大の円錐形の古墳の1つである。



アデナ文化時代である紀元前250年から150年の間に作られたとされる。アデナ文化(Adena)は、オハイオ州を中心に紀元前1000頃から紀元前後に栄えた文化だそうだ。

アデナ文化遺跡は、オハイオ州南部を中心にインディアナ州のオハイオ州との隣接地、ケンタッキー州北部、ペンシルベニア州の南西部、ウェストヴァージニア州の北西部に分布しているとのこと。

米国にこのような遺跡があることは、日本ではあまり知られていないが、考えてみれば北米大陸に古代から人が住んでいても不思議はない。ただ、このような遺跡が発見されたのは1838年と歴史は浅い。

マウンズビルのマウンドは「The Grave Creek Mound」と呼ばれ、州立公園となっている。場所は先週紹介した元刑務所の前。元刑務所と合わせて行けば良い。

ちなみに、コロラド州にあるメサヴェルデ国立公園の岩窟住居(世界文化遺産)は、プエブロ文化の遺跡であり12世紀ごろのものである。

<2000メートルを超える高地にあり広さは210.4平方キロ、2日必要>
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まだ見ぬアメリカ - ウエスト・バージニア州(2)- 南北戦争最激戦の場所ハーパーズ・フェリー

2024-01-07 10:22:55 | アメリカ東部
2024年の最初の記事は、米国最貧州ウエスト・バージニア州のハーパーズ・フェリー(Harpers Ferry)という町の話からスタート。

まだ見ぬ米国12州の中からウエスト・バージニア州を最初に選んだ理由は、最も行く気にならない州だからであった。しかし、調べてみると、最貧州ではなるが治安は全米平均よりも良く、国立公園ができ、歴史的に重要な町もあり、モチベーションは少し上がってきた。

その歴史的に重要な町の一つがハーパーズ・フェリー。一部が国立歴史公園(NHP)に指定されており、街並みがきれいでカミさんも喜んでくれそうだ。

Harpers Ferry National Historical Park (U.S. National Park Service)

ハーパーズ・フェリーは、ワシントンD.C.から北西へ約100km、ウェストバージニア州の最東端の町で、メリーランド州とバージニア州との境となっているポトマック川とシェナンドー川との合流点に位置する。人口は約300人。







ハーパーズ・フェリーは南北戦争における激戦地「ハーパーズ・フェリーの戦い」として知られ、1733年に入植者によって渡し船(フェリー)が設けられ、1747年にこれを買い取ったロバート・ハーパーが自分の名を付けて「ハーパーズ・フェリー」と呼ばれるようになった。山に囲まれた土地で、日本の関ケ原をイメージするとよいかも。

1859年10月16日には過激派の奴隷制度廃止運動家であったジョン・ブラウンらが、この町の武器庫を襲撃したが失敗に終わり、ブラウンは捕らえられて、同年12月2日絞首刑に処せられた。この事件は南部の独立、南北戦争開戦の一因になったとされる。

『アメリカの小学生が学ぶ歴史教科書』(J.M.バーダマン著、村田薫訳、㈱ジャパンブック)にも、この顛末が記述されている。

ハーパーズ・フェリーの戦い(Battle of Harpers Ferry)は、南北戦争のメリーランド方面作戦の一部として1862年9月12日から9月15日にかけて行われた戦い。ロバート・E・リー将軍の南軍がメリーランド州に侵攻したとき、その一部であるストーンウォール・ジャクソンの軍団がハーパーズ・フェリーの北軍守備隊を包囲して砲撃し、降伏させた。南北戦争の中で北軍最大の降伏となった。

南北戦争は、1861年4月12日から1865年4月9日にかけて、北部のアメリカ合衆国と合衆国から分離した南部のアメリカ連合国の間で行われた内戦。奴隷制存続を主張するミシシッピ州など南部11州が合衆国を脱退してアメリカ連合国を結成。合衆国にとどまった北部23州との間で戦争となった。

日本語で「南北戦争」と言われる戦争だが、米国のWeb Siteではそれに相当する言葉、例えば、War between south and north statesと言った言葉は見当たらない。ほとんどがThe Civil Warという言葉で「内戦」の意味である。

その他には、州間戦争(War Between the States)、反逆の戦争 (War of the Rebellion)、南部独立戦争(War for Southern Independence)、第二次米国革命(Second American Revolution)、 北部侵略の戦争 (War of Northern Aggression)といったネーミングがあるそうだ。

南北戦争は、1861年4月12日から1865年4月9日にかけて、北部のアメリカ合衆国と合衆国から分離した南部のアメリカ連合国の間で行われた内戦。奴隷制存続を主張するミシシッピ州など南部11州が合衆国を脱退してアメリカ連合国を結成。合衆国にとどまった北部23州との間で戦争となった。

中国語や日本語、および朝鮮語では北部と南部の間の戦争という意味の言葉「南北戦争」が広く使われている。1867年にアメリカ留学中だった新島襄が書簡に「南北戦争」という言葉を用いているほか、岩倉使節団の『特命全権大使米欧回覧実記』(1873年)や『福翁自伝』(1897年頃)に「南北戦争」の名称が登場しており、軍事史学者の友清雄士は日本史や中国史における南北朝時代の表現が下地になったと想定しているとのこと。

さて、次回はウエスト・バージニア州でもっともおどろおどろしい陰気な場所を紹介。そこは休み中の調査で一番興味をひかれた場所だが2024年最初の記事にはふさわしくないと思いハーパーズ・フェリーにした訳。
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