齋藤信幸のロングステイ!米国・カナダ・中国・台湾・韓国・フィリピン・イタリアなどへの旅行体験やカミサンポをご紹介 

60歳を過ぎてそこそこのお金とほぼほぼ時間のある今、長期旅行に挑戦しましょう。そして大切な妻とカミサンポ。

美食とカミサンポ:広尾でパルミラ王国のゼノビア

2020-08-31 10:13:38 | その他の国々
都心の良さは、わが町、調布では商売が成り立たないユニークなレストランがあること。
今日紹介するのはその中の一つ、広尾のアラビアンレストラン「ゼノビア」。



ゼノビア(ラテン語: Zenobia)は、3世紀に存在したパルミラ王国の「女王」と呼ばれた人物で「最も傑出した敬虔なる女王、セプティミア=バト=ザッバイ」とのこと。

パルミラ王国は、3世紀に今のトルコの南部からエジプトまでを支配した国。その中に、今のシリアが含まれており、この店で販売されているお菓子にはシリアとある。

これがスペシャルランチ。冷前菜(フムスなど3点)、ファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)、サンブーサ(ひよこ豆の春巻き)、コッバ(ひき肉とナッツのコロッケ)、ケバブ、サラダ、スープ、ナン、デザート、ドリンクで2000円。



アラビアンプレートは、冷前菜(フムスなど)、ファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)、サンブーサ(ひよこ豆の春巻き)、シャワルマ(チキンロールサンド)サラダ、ナン、デザート、ドリンクで1500円。カミさんとそれぞれ食べてみた。



一見、少なめだが、結構、満腹に。「何が旨かったか?」、私はフムスなどの冷前菜とケバブ。





という訳でこの後、ナショナルスーパーでタヒニを購入。その後も、麻布十番のニッシンや我が町調布の業務スーパーでフムスを購入、フムスにハマっている次第。本物を食べに行きた~~い。



移動販売の車も外国人を意識



ナショナルスーパーでは、「家政婦します、ベビーシッターします」などの自前のチラシが2階に貼られていてちょっと外国っぽい。

デザートはナッツのパイ。


外国人の多い広尾ですが、手焼せんべいの山田屋や三味線修理屋などの店も。下町の風情もある。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美食とカミサンポ:アメリカのダイナーの味を再現!?

2020-08-22 17:38:17 | アメリカ中部
「海外旅行は当分、無理」と思うとますます妄想が膨らみ、アメリカのビジネスホテルやダイナーの朝食が無性に食べたくなった。

という訳で作ってみました。フレンチトースト。

フレンチトーストという呼び名は、アメリカから来たもので、フランス名はパン・ペルジュ(Pain Perdu)。

今回は、パンではなく山形から送られてきた「やき麩」(文四郎麩)で作ってみた。パンはバターを塗りこんであるが、麩はバターなしなので牛乳の吸い込みが抜群。「結構、イケる」と自画自賛。



でも、私が食べたかったのはフレンチトーストではなくソーセージ。アメリカのビジネスホテルの朝食では円形のソーセージが提供されていることが多い。ターキーとポークがあり、もちろん、私が好きなのはポーク。味はマックのソーセージ・マフィンのソーセージと同じ。

調理したのはJohnsonville製のソーセージ。Johnsonvilleのソーセージを置いてあるスーパーは結構あるが、この“Fully Cooked Maple Breakfast Links“はなかなかない。Amazonにもなかったが、日野市のヤオコーで見つけた。その後、カルディでも発見。



体に良くはなさそうだが、満足、満足。何回か作ってみました。

ちなみにJohnsonvilleはウイスコンシン州にあるらしい。行ってみるか。いや、・・・・・

シンプルにマフィンと。


ズッキーニも焼いて!


パンにフムスを付けちゃいました。Middele East出身のアメリカ人?ポークは食べないでしょう。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美食とカミサンポ:パプリカでハンガリー料理

2020-08-16 19:31:41 | ヨーロッパ
最近、バス旅にもはまっています。とはいってもテレビ番組のように何日か掛けていくような長旅ではなく都内の路線バスによる日帰りのカミサンポである。

お気に入りの一つが、新宿駅西口から青山や広尾を経由して品川までいく路線。その路線の「魚籃坂下」バス停近くにハンガリー料理店を見つけたので行ってみた。

ハンガリーという国名は聞いたことがあっても、その場所を正確にイメージすることはできない。日本との結びつきは少ない国である。

そのハンガリーの名物料理が食べられるレストランは、パプリカ・ドット・フという店名。英語名は、PAPRIKA.HU。だからといってこの店のホームページのURLではない。
都内にはハンガリー料理店が3店あるが、ハンガリー人のシェフはここだけ。





お店に入ると店員の女性(オーナーの奥様らしい)が料理の説明をしてくれる。
パプリカを使った料理が名物ということで、サワーキャベツのパプリカ煮込み(セイケーカーポスタ)とトマトソース味のロールキャベツ(トルトットカーポスタ)を注文。
パプリカは日本で売っているパプリカと違う品種で、唐辛子に似た形をしているが辛みはないとのこと。トマトソースの方は、砂糖を入れるので甘いのだそうだ。





味に深みがあって美味。

帰りにパプリカパウダーを分けてもらい自宅で再現。



お店の女性曰く、ハンガリーは日本びいきで料理もおいしく物価も安い。
首都ブタペストはドナウの真珠と呼ばれ、美しい町で、世界遺産もたくさんあり是非行くべしと。
ダイレクト便はないのでドイツあるいはオーストリアから乗継で行くのが一般的だが、オーストリアからの列車の旅が最高とのこと。

店の外の暑さにはまいったが、お店の女性の「ハンガリー愛」の暑さにもすっかり圧倒されてしまった。

ハンガリーはスペインのイベリコ豚に匹敵するブランド豚「ピック・マンガリッツア豚」が有名らしい(お店のパンフレットによると)。
また、この女性は触れなかったがフォアグラも名産品。

もう一度、豚肉とフォアグラを食べに行きたいが、「ハンガリー愛」は半分くらいにしてちょ!!



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美食とカミサンポ:板橋区十条の「メソポタミア」でクルド料理

2020-08-12 21:33:45 | その他の国々
「クルド」に行ったことありますか。

あるわけないね。ご存知のとおり、クルド人は独自の国家を持たない世界最大の民族集団。その人口は、世界中で4000万人ほどと言われている。宗教は主にイスラム教。

東京都板橋区十条にクルド料理のレストランがあるというので、週末の商店街巡り一環として「十条銀座散策+クルド料理で夕食」というプランを立てた。

在日クルド人は約2000人。特に「ワラビスタン」と呼ばれる埼玉県蕨市や川口市を中心とした埼玉県南部に集まっているとのこと。その川向こうの板橋にもクルド人が住むようになったと思われる。

十条銀座は日中からお客がいっぱいの立ち飲み屋、庶民的で安い総菜やなどが並ぶ魅力的な商店街。その中に「ハラルフード屋」があり、イスラム教徒が多いことが推察できる。





クルド料理のレストラン「メソポタミア」は、十条銀座とは線路を挟んで反対側の線路沿いにある。



あいにく肉を切らしているそうで、ほぼ野菜中心の料理に。丸いナンに牛肉のペーストを塗ったラハマージュ。麦が入ったヨーグルトスープ。それとサラダ。



オクラとひき肉の煮物のはずが肉なしのオクラ煮に。





内陸に住む民族なので魚料理はない模様。トルコ料理等の中近東料理に比べて薄味で刺激物はない(この店だけかも知れないが)。

料理について聞きたかったが、日本語は分からないとのこと。ネットで調べて自宅で再現を試みよう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本と映画でカミサンポ:『戦略の本質』で描かれる朝鮮戦争、仁川(インチョン)上陸作戦

2020-08-02 10:51:52 | 韓国・ソウル
「本と映画でカミサンポ」シリーズは、今回でいったん終了。ネタは沢山あるが、ブログを書いている本人が飽きた。

さて、最後に選んだ本は『戦略の本質』(野中侑次郎、戸部良一、鎌田伸一、寺本義也、杉之尾宜生、村井友秀著、日本経済新聞社)。第4次中東戦争、ベトナム戦争、スターリングラードの戦いなどの戦争の歴史から戦略を分析し、リーダーシップのあり方を説いている。



この中で私が繰り返し読んだのは「第5章 朝鮮戦争」である。この戦争は1950年6月25日に始まり、28日には北朝鮮軍がソウルを占領。そして、一気に釜山近くまで南下。

この状況を変えることになったのが同年9月15日の国連軍による仁川上陸。28日にはソウルを奪還している。





今、韓国ソウルに旅行をするときに迎えてくれるのが仁川空港。沖合に作られた仁川空港からバスあるいは電車でソウルに向かうと、両側に海が広がる。しかも、かなりの遠浅。

『戦略の本質』によると、仁川上陸は困難であるとされていた。その理由は、「仁川港付近は泥洲地帯であり浜辺がない。このため、・・・・・・」「干満差が平均6.9メートルあり、世界で2番目の大きさである。・・・」「・・・仁川上陸は、大潮の時の夕刻時の満潮を利用して・・・」。かなり限定された時間、場所での上陸が必要であった。

実は長い間気になっていたのが、仁川空港を出てから車窓の両側に広がるさきほどの遠浅、というよりも平らにならされたなにもない土地でした。この本でそれが泥洲であることがわかりスッキリ。

仁川の町にも行ってみましたが、少しだけ観光客のいる港町といった感じで、食べきれないほど刺身や煮つけ、焼き魚がでてきたのを思い出します。

<2007年夏の仁川>




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする