( 富山市庁舎の展望塔から剣岳を望む )
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明治の初めに日本の人口は3500万人ぐらいだったが、右肩上がりに増えていき、増大する人口とともに「近代日本」はつくられた。
だが、今、それよりももっと急激な勢いで人口減少が始まっている。100年もたたないうちに、1億2000万人から3500万人に減る勢いである。
問題は人口が右肩下がりに急減するというだけではない。
人口が増えていった時代との根本的な違いは、人口に占める高齢者の割合が増え、一方、働く世代の割合がどんどん減っていくことにある。
働く世代が減れば、GDPも減少し、富の配分を巡って日本社会が分断され、混迷に陥り、国自体の存立が危ぶまれる状況が来るかもしれない。
よって、できるだけGDPを維持すること。働き方改革も行い、地方経済も活性化し、生産性を上げ、子育て支援も行う。これすべて、日本が直面する問題につながる政策である。国を挙げて、本気で取り組まねばならない。
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< 北陸3県のデータを少し >
藤吉雅春『未来は地方から始まる ─ 福井モデル ─ 』(文藝春秋 2015年刊)は、そういう問題意識のなかで出会った本の一つである。本の題は「福井モデル」となっているが、4つの章のうちの第2章「世界を唸らせた富山市の挑戦」の中で、富山市の取り組みが紹介されている。
当ブログ「冬の北陸の旅」がいよいよ富山市にさしかかったところで、この本の中から、ほんの少しだけ富山市の「挑戦」を紹介したい。このように頑張っている都市もあると知るだけで、多少とも元気をもらえるから。
だが、その前に、あまり知られていないと思うので、頑張る「北陸3県」のいくつかのデータを紹介しておきたい。
以下、「 」は、この本からの引用である。
〇 「2011年に法政大学大学院の坂本光司教授と『幸福度指数研究会』が発表した、47都道府県幸福度ランキングでは、1位 福井県、2位 富山県、3位 石川県と、北陸3県がトップスリーを占める。20年近く前の、旧経済企画庁によるランキングの頃と変わっていないのだ。
〇 政府統計の数字を見ても、生活保護者の受給率(2012年)の低さでは、1位が富山、2位は福井、石川は8位だ。
〇 勤労者所帯の実収入(2010年)では、1位が福井県で、2位の東京を引き離している」。
以上は、本の引用だから、少々古い。そこで2018年の政府統計その他のデータを見ると、
〇 全国学力テスト (公立小中学校。私立は任意参加) ── 1位 石川県、2位 秋田県、3位 福井県、4位 富山県、5位 東京都。
〇 東大合格者数 (2014~2018の5年間の現役・浪人の合格者数を生徒数で割った。ただし、都道府県別は生徒の住民票所在地ではなく、高校の所在地) ── 1位 東京都、2位 奈良県、3位 神奈川県、4位 兵庫県、5位 鹿児島県、6位 富山県、7位 石川県、…… 23位 福井県。
── 例えば、東京都の場合、都立が少し巻き返しているとはいえ、私学の天下である。奈良県は県立も健闘しているが、東大となると、東大寺学園と西大和学園という2私学で稼ぐ。兵庫県は天下の灘高、鹿児島県にはラサールなど、いずれも中学生が飛行機お受験をする私学がある。北陸3県に、そのような私立はない。ほとんど公立高校からの合格者である。福井県の23位は、東京に出るより京大へ進学する地域だからである。
〇 共働き所帯の割合 ── 1位 福井県、2位 山形県、3位 富山県、4位 石川県。
〇 サラリーマン所帯の実収入ランキング ── 1位 栃木県、2位 富山県、3位 石川県、… 6位 東京都、… 10位 福井県。
こうしてみると、北陸3県がよく頑張っていることがわかる。
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< コンパクトシティ・富山市の挑戦 >
以下、この本の第2章の内容を紹介する。興味のある方は、ぜひ本のほうを読んでいただきたい。
「あまり日本国内では知られていない事実だが、富山市は世界中から注目されている」。
「その証拠に森市長は世界中から引っ張りだこで、講演の要請が頻繁に舞い込んでいる。おそらく世界中で講演を行っている日本の市長は、他にいないだろう」。
「森(市長)はパリ、北欧、南米と、地球の裏側まで講演会や討論会に呼ばれ続けている。韓国で講演を行う際は、1年かけて学んだ韓国語でスピーチを行った。イタリアに招かれると、やはり練習したイタリア語で討論する。2005年以降、市長は毎年65回とか79回といった数の講演会や討論会に招待されている」。
「国内外から富山市への行政視察も増え続けている」。
「世界中から注目を浴びる理由は、2012年、OECDがまとめた『コンパクトシティ』政策報告書で、富山市が …… 世界の先進5都市として評価されたからだ。この5つの都市の中で、人口減少と少子化・超高齢化にあるのは、富山市だけだ」。
「人類が経験したことのない超高齢化社会を、富山市がコンパクトシティ化によって克服し、いかに『住みやすい街』に変えようとしているのか。そのヒントを富山市から見出そうとして、多くの人が行政視察に訪れる」。
「富山県は、道路整備率と道路改良率がともに全国一位」。「しかし、高齢化で人口動態が変わると、『住みやすさ』は逆作用する」。
「道路整備に税金をつぎ込んできたことは、補修整備にもカネがかかることを意味する。また、道路が整備されたため、街は郊外へと拡大を続けていった」。
「逆に、中心地の商店街に空き店舗が目立ちはじめ、ゆがて中心商店街地の地価が下落。税収が落ちた。悪循環の始まりである」。
「街は郊外に拡大したため、行政コストの増大につながった。ごみ収集、介護サービスの巡回、雪が降れば除雪のコストは増し ……」。
(かつての道路整備は)「維持管理の問題だけでなく、高齢者にとって不便なものに変わった。高齢化によって老人たちは運転が難しくなる。買い物や病院へのアクセスが不便になり …… 」。
そこで富山市は、市街地を循環するノンステップ・低床のチンチン電車(ライトレール)と、かつて北前船で賑わった港と市街地とを結ぶ電車の2交通機関を官民協力して整備し、富山市を歩いて暮らせる街へ、着々と変貌させていったのである。
街の中心部にヒト、モノ、カネの機能を集約する。そのために、郊外から市街地に引っ越してくる人には、補助金を出して奨励した。少子高齢化の時代を先取りしたコンパクトシティづくりである。
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例えば、「孫とお出かけ支援事業」という施策があった。孫、ひ孫と一緒なら、市内のファミリーパーク、博物館、科学館、民俗資料館などの市の施設が無料になる。父母ならアイスクリームを1個しか買わないかもしれないが、おばあちゃんなら3人分、3個買うかもしれない。帰りにおじいちゃんは孫を連れて寿司屋で食事くらいするかもしれない。もともと「高齢者の外出を促進する政策」、歩く歩数を増やす健康づくり政策だったのだが、地域経済にも貢献し、世代間交流にも資する。一石三鳥だった。
これには、後日譚がある。視察に来たある自治体の市長が「これ、パクッていいですか」「どうぞ、どうぞ」ということになった。
しかし、その後、その市から残念ながらうまくいかなかったと報告があった。市議会で、ある議員が「孫のいない高齢者にとって、不公平ではないか」と反対し、結局、議会で成立しなかったというのだ。富山市長はこれを聞いて、「不作為」。「結局、何もしない」方が無難なのだと怒った。
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別の政策の話。
2011年4月の富山市内のホテル・旅館への外国人宿泊者は511人。ほとんどの観光客は富山駅を素通りして、それぞれに温泉地や立山方面へと向かう。ところが、その1年後、2年後と宿泊者数は飛躍的に増え、3年後の2014年4月には9739人になった。
特別なイベントやアトラクションをやったわけではない。では、何が??
各ホテルにチンチン電車(ライトレール)の無料券を置いたのだ。この無料チケットの効果で、旅行者が市内のホテルに泊まるようになった。
「実は、このヒット企画は、パクリだった。森(市長)が明かす。『スイスのバーゼルに行ったとき、外国人旅行者は市電が無料だったのです。これに感動して、一人で、一日中、市内を見て回りました』」。
実は私にも経験がある。当ブログの「フランス・ロマネスクの旅」(2015年)の2回目「ジュネーブへ」に書いている。
関空から飛行機の長旅を終え、ジュネーブ空港に降りた時、空港のパッケージ・ピックアップの空間に、市街地へ行く電車の90分間無料チケットの発券機があった。ブログにも書いたが、スイスはユーロ圏ではない。当然、スイスフランの小銭の持ち合わせはないから、ありがたかった。
さらに、翌朝、ホテルのフロントで、ジュネーブ市内の公共のトラム、バスに1日無料で乗れるチケットをもらった。さらに翌日、ローザンヌに移動したが、ローザンヌのホテルでも1日券をもらった。
そのときに、思った。日本は、言葉で「おもてなし」を言うより、観光大国スイスから、その方法論をもっと学ぶべきだと。日本の観光事業は遅れている。観光だけでなく、それぞれの分野で、日本よりももっと先に進んでいる国はいくらでもある。観光なら、まずスイスだ。
森市長は私と同じことを感じ、市長としてどんどん実行している。
( ジュネーブのレマン湖畔 )
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富山市の街を歩いていると、街角にレンタル自転車が並んでいるのを見かける。「自転車市民共同利用システム」というそうだ。市街地に17カ所もステーションがあり、24時間、いつでも借りることができるが、これも、バルセロナやパリの仕組みのパクリだという。
( アムステルダムの自転車とハンキングバスケット )
今回は、富山市を訪れた時期が真冬だったので、あまり目にすることはなかったが、景観を美しくするためにハンギングバスケットに飾られた花束が市内を彩るそうだ。これも、ヨーロッパの都市からのパクリだという。
その延長で、指定の花屋で花束を買ってライトレールに乗れば、運賃は無料という「花トラムモデル事業」もある。しかし、これは利用者が少なかったそうだ。
ところが、このオシャレな取り組みを東京のテレビ局が次々に取材に来て全国に報道した。
そのテレビを見たある企業の女性役員が、「こんなオシャレなことをやっている町で、うちの社員を働かせたい」と、支店の設置を決めたという。
「『誰も街を愛していなかった』と、10年前を振り返る市民の声を聞いた。ピンクチラシが路上に散らかり、ヤミ金融のポスターや、針金が外れかかった捨て看板がぶら下がる。薄汚れた風景を、誰もかえようとしない。そんな街だった」。
「だが、花で埋め尽くして景観をきれいにしていくと、住む人々が自分たちの手で街をきれいにしていったのだ」。
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「市長は連休になると、… アイディアを盗みに、世界に旅立っている。急に思い立ったようにハンブルグに2泊4日で出かけたと思うと、ポートランド、ミラノ、シアトル、ヘルシンキと、思いつくまま地球のあちこちに出かけている。『税金の無駄遣いだ』という批判が起きても当然の行動であり、市民団体が飛行機はエコノミーかビジネスクラスかを調査するのが普通だ。ところが、市民から一切批判が起きてこない」。
「実は、市長の海外視察には税金が使われていない。市長の個人後援会の人々が、こう言って背中を押しているのだ。『躊躇することなく視察できるように後援会費を出しているんだから、惜しみなくカネを使ってアイディアを持ち帰ってくれ』
いい街をつくりたい市民が、市長を使っているのだ。… その最たる例が、最大のパクリ、ライトレールだ」った。
ヨーロッパも一時は車社会だったが、環境への意識からチンチン電車が見直されるようになった。今では、西ヨーロッパの中都市以上の町では瀟洒なトラムが街の風物詩のように走っている。
( ストラスブールのトラム )
( リスボンの旧式チンチン電車 )
富山市のチンチン電車は、このヨーロッパのトラムをいち早く、官民半々の出資で、取り入れたのだ。
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「市長は市役所で『市民の声を聞け』と檄をとばす。これはよくある話だ。だが、市長の森はこう付け加えている。『今の市民の声を聞いて、それを政策に反映させるのは、ポピュリズムだ。30年後の市民の声を意識しろ』」。
「このシナリオのポイントは、『危機感』と『ビジョン』がセットで語られている点だ」。
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改革、改革、というが、組織いじりをしたり、思い切った若返り人事をやったとしても、未来に向かって生きた改革が行われるようになるわけではない。
大切なことは、結局、「人」を得ることだ。たった一人の人である。たった一人の人がやって来ることによって、組織の中に「熱」が生まれ、一人一人が生き生きと動き、変わっていく。
すると、一人一人が、この街を美しくしたいと思うようになる。この街を良くしたいと思い、未来に向かって動き出す。息子に、「東大を卒業したら、東京の大企業に就職するより、この町に帰って、この町に貢献する人間になれ」と言うようになる。
それを市民意識という。「庶民」のままではだめなのだ。「人民」や、「大衆」や、「庶民」ではだめなのだ。
そして、「市民」の延長が「国民」である、と思う。
令和の時代の改革は、中央からではなく、地方から始まらなければならない。
「国民」も大事だが、「市民」が必要な時代になる。