( 「4月9日広場」の宗教イベント )
< 旅の心は遥かであり… >
シチリア島は、縦長の二等辺三角形を左に倒したような形をしている。
北海岸はティレニア海に臨み、州都パレルモを中心にして、チェファルー、モンレアーレなどノルマン時代のモザイク画が見どころだった。
南海岸は地中海を隔ててアフリカ大陸のチュニジア (古代においてはカルタゴ) に対し、セリヌンテ、アグリジェントなど、古代ギリシャ神殿の遺跡がゆかしい。
東海岸はイオニア海に臨んで、南端近くには古都シラクサ、北端にはメッシーナがある。
初め、シチリアへの個人旅行を考えた時、漠然とメッシーナ海峡を渡るものだと思っていた。
ローマから列車に乗って、延々と車窓の風景を眺め、眺めることにも飽き、疲れが滓のようにたまったころ、やっと「長靴のつま先」に着き、そこからさらにフェリーに乗ってメッシーナ海峡を渡る …。
「旅の心は遥かであり、この遥けさが旅を旅にするのである」 ( 三木清 )。
ところが、今、シチリアに行くイタリア人もヨーロッパ人も、そんなに時間のかかる旅をする人は少ない。ローマ空港から、シチリアのパレルモ、或いは、カターニャまで、頻繁に飛び発つ飛行機でひとっ飛びなのだから。
また、多少とも旅情を求め、或いは、飛行機とは違った効率を求める人のためには、ナポリから、夜、フェリーも出ている。ホテル替わりの船室で一晩過ごせば、早朝にはパレルモだ。
かくして、メッシーナは、遥かに遠い遠い港町になってしまった。
そのメッシーナから、列車或いは車で1時間少々南下した東海岸に、タオルミーナはある。
さらに南下すればカターニヤがあり、カターニヤ空港からもローマ行きの飛行機が頻繁に出ているから、明日はカターニヤ発、ローマ経由で日本に帰ることになる。
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< 散策して心楽しくなる街 >
何度訪れても、旅人を引き付け、町を歩いているだけで、旅人の心をうきうきと幸せな気分にしてくれる街がある。歩き疲れれば広場や街角のカフェで、美しい街並みや行きかう人々を眺めながら、一杯のワインを楽しむ。
パリのセーヌ川のあたりは、そういう景観だ。
ローマの、パンテオンのあたりも、楽しい。
このタオルミーナという町もそうである。小さいが、珠玉のように美しく、魅力がある。
青い海と、青い空と、そびえる岩山と、木々の繁みからたえず聞こえてくる小鳥のさえずりと、遥かに時間をさかのぼる遺跡と、そして小さくてもオシャレな街並みと。
だから、ここはヨーロッパ人にとって、あこがれのリゾート地の一つである。
今回、2泊したホテルも、周りに樹木が繁り、くつろげる庭があり、早朝から小鳥のさえずりが聞こえ、眼下にイオニア海が望めた。
( ホテルの庭から朝の海 )
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< イオニア海と、古代の劇場と、ウンベルト通り >
シチリアの5日目。晴天。
午前中は、添乗員の案内で、古代のギリシャ劇場及びウンベルト通りをめぐり、午後は自由時間だ。
イオニア海からせりあがるモンテ・タウロという岩山がある。標高は398mだが、海からそそり立ってかなり高く見える。
その岩山の急斜面の中腹にできた町がタオルミーナである。町に入るには、海岸近くの国道から、急斜面を何度もカーブしながら上がっていく。道幅が狭いから、大型バスは途中までしか入らない。
( 町はモンテ・タウロの急斜面にある )
またもや紀元前の4世紀。シチリア各地に攻勢をかけたカルタゴが、このモンテ・タウロの中腹に、岩棚のように平坦な部分があることに目を付けて、そこに小さな城塞町を築いた。
実際、街並みは、岩山が海へ落ちていく途中、傾斜がやや緩やかになったあたりに、へばりつくように、広がっている。
カルタゴはまもなく東海岸から撤退したので、町はシラクサの支配下に入り、古代のギリシャ人たちはモンテ・タウロの山頂をアクロポリスの丘にした。
今、山頂には、10世紀のアラブ時代に造られた小さな古城がある。城と言うより、砦と言った方がよい。よくあんな急峻な岩山の上に城塞を造ったものだと感心する。
( 砦と聖堂 )
目を凝らすと、さらにその隣の少しだけ低い峰の頂上に、聖堂がある。マドンナ・デッラ・ロッカ (岩の聖母マリア) で、岩をくりぬいて造られたマリア聖堂である。
断崖の中腹に横に広がる町の、一番の中心街はウンベルト通りだ。町の上部を、等高線に沿って、横に800mほど貫いたメイン通りで、両サイドには城門がある。
( ウンベルト通りの城門 )
州都パレルモをはじめ、今まで見てきたシチリアの街並みは、過去の繁栄の面影をわずかに残し、今は古びて、貧しげでもある。だが、このウンベルト通りは、西洋各地からの観光客やリゾート客を迎え、綺麗で、オシャレで、ウインドショップも楽しそうである。
( 賑わいのウンベルト通り )
通りの中ほどに、「4月9日広場」がある。
広場の一方は、眺望が海に向かって開け、遥か眼下に美しい海岸線が見下ろせる。
( 広場のテラスから見下ろす海 )
反対方向をふり仰げば、城塞のあるあのタウロ山。
( 「4月9日広場」とタウロ山 )
広場に面して、15世紀の小さな教会もあり、何もかもロマンチックである。
( サンタゴスティーノ教会 )
青い空と、青い海。海に開けた開放感が、通りを歩いてきた人々の気分を幸せにし、子どもたちも楽しそうに広場のひとときを過ごしている。
しかし、タオルミーナの魅力を決定的にしているのは、その海を見下ろす高台の一角に、古代ギリシャの野外劇場の遺跡があることだ。
BC3世紀に造られたものだそうだが、シラクサの古代劇場よりやや小さくて、直径は109m。
だが、何といっても素晴らしいのは、観客席からの眺めだ。残念ながらこの日は見えなかったが、シチリアを代表する山、エトナ山も見える。3369m、いつも噴煙を上げている活火山が、舞台の借景になっているのだ。
そして、その横には、紺碧の海。
このような劇場を造った古代の人々の感性に感嘆する。
( 野外劇場 )
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< 午後のグラスワイン、黄昏のタオルミーナ >
昼食後は自由時間。旅行中、親しくなった一組のご夫妻と、岩山頂上のさらに奥の村を訪ねたり、ロープウエイでイオニア海の海岸に下りたり、夕食を共にしたりして、旅の終わりの半日を楽しんだ。
ネットで、モンテ・タウロ山へタクシーで行くことができるという情報を得ていたので、タクシー乗り場で運転手と交渉する。「近いから、ダメ。カステルモーラなら往復40ユーロ」。OKする。
カステルモーラは、394mのタウロ山のさらに奥へ5キロの所にある村で、標高は529m。ワイン造りを主たる生業とする。以前、日本のタレントがこの村を訪れ1泊するという番組をみた記憶がある。
タクシーは、すごい傾斜の七曲りの道を、慣れたもので、悠々迫らず運転して、頂上へと向かう。
村が見えてきた。天空の村の風情だ。
( カステルモーラ遠望 )
村に着くと、タクシーには待ってもらって、しばらく散策する。午睡しているような小さな村だが、ペンション風の宿泊施設やレストラン、お土産を売る店などもある。
( カステルモーラの聖堂前広場 )
村のはずれのテラスからの眺望は最高だった。ただ、この日はお天気が良すぎて、午後でもあり、カメラ写りはは今一つ。
海に突き出た小さな半島のように見えるのは、イソラ・ベッラの小島だ。
( イソラ・ベッラが見えた )
帰路、運転手は、砦のあるマウロ山の横にあるもう一つの峰、マドンナ・デッラ・ロッカ (岩の聖母マリア) に寄ってくれた。
そこから、午前に見学したギリシャの野外劇場が、横にたなびく薄い雲の下、青い海を背景にして、丘の上に見え、感動的だった。
まさに、天空の野外劇場である。
( 遥かにギリシャ野外劇場を望む )
( 望遠レンズで )
ウンベルト通りに帰った。タクシーを降り、通りの突き当りを少し下ると、ロープウエイ乗り場がある。ここから一気に下って、マッツァーロ海岸へ。そこから花々に縁どられた海岸を歩いて、イソラ・ベッラへ。
イソラ・ベッラは、映画「グラン・ブルー」のロケにも使われた静かな入り江で、小さな緑の小島があり、島までは浜辺から一筋の砂の道でつながっていて、まるで細長い半島のようだ。
西洋人の子供や男女が、水遊びしたり、日光浴したりしている。
(イソラ・ベッラの海岸)
遥々とイオニア海までやってきた…。その実感を得るために、潮水をなめてみる。
ヴェネツィアのリド島の先のアドリア海でも、日本列島と一続きのハワイの海でも、オーストラリアの西海岸のインド洋でも、こうして潮水に浸した指をなめてみた。が、いつも想像を超えて塩っ辛い。
ご夫妻と、海辺のカフェで、潮風に吹かれながら、しばしグラスワインを楽しむ。時よ、止まれ!
夕方には、ご夫人の方がネットで調べたというレストランのテラス席で、楽しい食事の時間をもった。
その帰り道で見た黄昏のイオニア海も、魅力的だった。
( 黄昏のイオニア海 )
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< 帰国の朝 >
翌朝早く、耳につくほどの小鳥のさえずりに囲まれながら、散歩した。
よく晴れ、朝の空気は澄んで透明感があった。静かな市民公園の森の中の小径を歩き、まだ人通りの少ないウンベルト通りを経て、「4月9日広場」までやって来た。テラスから紺碧の海を見下ろすと、エトナ山の裾野が霞んで見えた。
シチリアの空と海は、美しかった…。
( 小鳥のさえずりに囲まれて )
( 続 く )