梅がふくらむ頃は、まだ寒く、空気はきゅんと冷たい。
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椿が次々と、咲き始めると、春がそばまで来たと感じる。
椿は漢名では「山茶」 (サンチャ)。庭のワビスケ (侘助) も清楚で可憐だが、山里に自生している椿も風情があっていい。
仰向きに / 椿の下を / 通りけり
池内たかし
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つぼみのときの白いモクレンが好きだ。
春の花の中では、最も好きな一つである。青空に、つぼみがふっ、ふっと浮き出した様子が、高貴なお姫様のようで可愛い。
モクレンが咲き始めると、気候は一気に暖かくなり、春が来たと実感する。
ところが、俳諧歳時記を見ていると、モクレン (木蓮) は落葉灌木で、紫の花が咲くらしい。
単なる色違いと思っていたが、私の言うモクレンは、「白木蓮 (ハクモクレン) 」のことで、こちらは落葉喬木。高さは5メートルほどに達し、木蓮とは別種だそうだ。本当に知らないことばかりで恥ずかしいが、姉妹ではなくても、親戚ではあるだろう。
白木蓮に似ているコブシ(辛夷)も、早春の信州など山国で見かけて、春の訪れを感じる。
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明るさの / 彼岸桜や / ひと恃まず
山口草堂
桜でいちばん早く、彼岸のころに咲くのが彼岸桜。「ひと恃まず」とは? 間違っていたらみっともないから書かないことにするが、この花の風情として、何となく、わかる気がする。
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この時期になると、八幡神社の小さな社の上の杜の木々の中から、ウグイスの声が聞こえるようになる。静寂の中に、まるで神の使いのようだ。
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本物のカエルも、冬眠から覚めて、庭に見かけるようになるが、置物の蛙の周辺にも、春の到来を告げる野の花が咲く。
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私が住む町に、遍照院という小さなお寺がある。その寺に、町の指定文化財になっているシダレザクラがある。
寺は山懐にあり、わが家から離れていて、車も入らないので、長年、行きそびれていた。
それが近頃は散歩をするようになり、その距離は気にならなくなった。
だが、昨年も、開花とタイミングが合わなかった。
今年こそはと思って、二度、出向いた。
二度目は、青空が美しく、ぽかぽかとした陽気で、山里を歩くには絶好の日よりだった。
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シダレザクラはほぼ満開だった。
「ソメイヨシノに先立ち開花する。樹齢は250年を経過していると思われる」と町の教育委員会の立てた看板に書いてあった。
まさを(真っ青)なる /
空よりしだれ / ざくらかな
富安風生
土地の人と思われる写真機を持ったおじさんが同行の人に、「この木も、元気がなくなってきたなあ」と言っていた。
そういわれれば、見た感じ、そうかもしれない。でも、ここまでがんばって生きてきたのだから、これからあと、さらに250年はがんばってほしい。
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エドヒガンと呼ばれる桜があり、山野に自生し、また観賞用として栽培される。その園芸品種の一つが枝垂 (シダレ) 桜。ソメイヨシノもその一つ。名に「ヒガン」が付くが、彼岸桜とは全く別種のものらしい。
20メートルにも及ぶ高木にもなり、横に広がった太い枝から細い枝が垂れ下がって、優美である。京都にはこの名木が多く郷土の花になっている、と俳諧歳時記にある。