幸か不幸か独居老人一歩手前でストップしたマンマ。 

加齢化を受け入れられずに格闘中。 週2~3日クラス開講で、刺激をもらい感謝。  

クルマの免許ダケで書くこと多々アルね。 

2022-07-06 10:47:29 | 日記
台風4号の影響で月曜から涼しく、というか陽射しがさえぎられて少しラクになった。 ラクになっても、今度はそのイササカの心地よさにひたって動きたくない。 要は怠け者ってこと! 土曜日の炎天・酷暑の中を、エーゴのコ~キコ~レ~者のお二人は夫々ベツの仲間とテニスをしたそうな。 ソウ言えば父も炎天下、テニスを楽しんでいたなぁ・・と思い出した。 

私がが免許を取ったのは父の早朝🎾への送迎のためだった。 夏休み、二学期早々、前期テスト開始・・と全く同じ条件だったが、弟はそれを理由に、教習所通いを拒否、私はソントクを考えてOK。 遊園地の電気自動車(?)より本格的で楽しかったことを覚えている。 夏休み終了後、友人たちに言ったっけ。「私、免許取ったわよ!」 「これで二回目だよ、それ聞くの・・」なんてこともあった。 半世紀以上前のこと、女で免許取得は少なかった時代。試験場では大学の先生に会って、お互いに合格をよろこんだ。学校でも自動車談義・・と言っても車種については私は詳しくなかった。 が、同じ車種を持つ先生は「スバルはねぇ・・・」 スバルはこだわりを持つ人が好きな車。 今となっては楽しい思い出。

免許取得後、初めてのドライブは父のお迎え。 薄暮時、小雨が降り出した時、当時の大宮駅西口まで。隣りの弟はハンドブレーキに手をかけっぱなし、末の弟は後部座席に・・何のため? 緊張しつつ西口の待ち合わせ場所に到着。 しばらくすると背をピンと伸ばした父の姿が見えた。 ”当然の如く”後部座席左に座ると明らかにクルマがシズんだ。 お役所のクルマに乗る時とオンナジ!? ナニカ言ったのかしら? 記憶にナイ。 が、週末はイロイロ付き合わされたっけ! 最初の遠出は「狭山スキー場」だったのは、父にしてみれば一番行きたいトコロだったのね。 ナビもない頃、地図を見ながらの指示。 何度も迷ってたどり着いた狭山スキー。 今思うとご縁があったわけだ。「あの車はソウバン、追い越せ!」・・よく言っていた。 もし、彼がハンドルを握っていたら、スピード違反常習だったかも。 お父さん、シゴトなんなの? 

半年後、弟も免許取得。 イトコが遊びに来た時に迎えに行くと、「タクシーみたいだねぇ」 バスの高い座席には慣れていても道路の真ん中、低い座席に座るのはタクシ―しかなかった時代。  
20数年後、長男が、そして次男が取得。 長男はその後、バイク免許取得を巡って私と数晩激論の後、自前で・・・その後、大型バイク・・・・マニラへと繋がっているわけだぁ!  次男はずいぶん時間ワリの都合で時間をかけて免許取得。 それから1か月ほど、ほぼ毎晩、ドライブのお稽古にアチコチ付き合わされた。 それがドウ? 今では私が運転するとウルサイこと! 立派におなりになった! ・・はトモカク、彼の仕事部屋は車内・・と言っても過言でない。 毎日、クルマでアチコチ、営業活動をしている。 

私、自分のクルマが欲しい・・と言う理由でマーチを買った。 買い物へ行く程度で余り活用していないなぁ・・・。 せっかくの免許、もっと使わねば。 そのうちに返納だってあり得るよネ。

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