改めて無差別大量殺人に至ったオウム真理
教の事件の教訓化とそれを広めなければ、
と思う。
死刑執行によって本人たちから聞くすべは
断ち切られてしまったが、二度と起きない
ように願いたい。
なぜなら、未だに「セクト」「カルト」と
称される宗教団体が数多く存在し、活動し
ているからだ。
当然に「自分たちは違う」と称しているよ
うだが、改めて、神や仏の「宗教」につい
て考える機会にしたい。
事実として「神や仏」「神秘」が悪用され
たのだから。
今、一番心配なのが「神聖化」だ。
キリストでさえ、聖遺物と称して、聖杯や
聖釘、聖骸布、聖槍(ロンギヌスの槍)な
ど「神聖化」されている。
なおプロテスタントは、これらをはっきり
と否定しているが。
麻原彰晃を「受難」「殉教者」にしてはな
らない。
これは、オウム真理教を持ち上げた当時の
宗教学者や知識人の責任ではないだろうか。
また相変わらずテレビなどは「超能力」や
「霊感」などを面白おかしく特集を組んで
いたりする。
戦前の社会全体を戦争に駆り立てた社会的
な「マインドコントロール」も思い出さな
ければ。