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PTSDと(m)TBI((軽度)外傷性脳損傷)、MI(道徳的負傷:モラルインジャリー)(9) ~モラルインジャリーとPTSD~

2023-06-21 23:08:37 | 健康・病と医療

MI(モラルインジャリー)は、前回みたように、トラウマといっても道徳的なトラウマなので、PTSDのような恐怖に対する反応というよりは、

罪悪感や恥、怒り、無力感、無意味感、裏切り/裏切られ感、自分自身や他者を人として許せないという痛切な感覚、

して宗教的信仰の喪失といった反応となります[Koenig et als.2018;Koenig&Al Zaben 2021;Svodoba 2022=2023]。

 

MI(モラルインジャリー)は、重度のトラウマのもとでしばしば発生しますが、

PTSDとは区別しなければなりません[Litz et als.2009;Brock&Letitini 2012;Shay 2014;Koenig&Al Zaben 2021,p.2994]。

つまりMIは、PTSDとは別の症候群とみなされますが、しかしいくつかの定義上の重複があります[Koenig & Al Zaben 2021,p.2994]。

MIはPTSDの存在するときも、存在しないときも、発生するかもしれません[Koenig&Al Zaben 2021,p.2994]。

 

これが恐怖を核とするPTSDモデルだけでは捉えられないMIの問題であり、

恐怖だけでなく裏切りと密接に結びついたものとしてトラウマを理解するのがMIの立場です。

いわばフレイドの言う「裏切りのトラウマ」(Betrayal Trauma)[Freyd 1996]ということもできます。

自身の命を懸け、全存在を委ねたはずの軍隊や国家からの裏切りの衝撃は非常に大きく、

激しい怒りを生み、その結果あらゆる理想や活動に信頼性を疑うようになり、

自分の所有物や親密な関係の価値も喪失し、また孤独に陥りやすくなるでしょう。

 

 

 MI(モラルインジャリー)とPTSDはこのように頻繁に併存し、時に症状の重なりがあるものの、

PTSD(やうつ)とは基本的に異なる精神症状(道徳的なトラウマ)で[Svodoba 2022=2023,pp.59,61]、

MIに関与する(道徳的処理を制御する?)脳の領域と、PTSDに関与する(恐怖に基づく)脳の領域とは、異なる領域に位置しているようです

[Barnes et als.2019;Sun et als.2019;Koenig & Al Zaben 2021,p.2995]。

MIでは、PTSDとちがって、道徳的判断を司る「楔前部」の活性化が目を引きます[Barnes et als.2019;Svodoba 2022=2023,p.61];

また、直接的な物理的脅威を受けた人とは、グルコースの脳内代謝パターンがちがっています[Ramage et als.2016;Svodoba 2022=2023,p.61]。

 

<文 献>

Bryan, A. O., Bryan, C. J., Morrow, C. E., Etienne, N. & Ray-Sannerud, B., 2014  Moral injury, suicidal  ideation, and suicide attempts in a military sample, in Traumatology, vol.20,

 no.3, pp.154-60.

Freyd,J. J., 1996 Betrayal Trauma. Cambridge:Harvard University Press.

Koenig, H.G.·& Al Zaben, F., 2021  Moral Injury : An Increasingly Recognized and Widespread  Syndrome, in Journal of Religion and Health, vol.60, pp.2989–3011.

Koenig, H. G., Ames, D., Youssef, N. A., Oliver, J. P., Volk, F., Teng, E. J., Haynes, K., Erickson, Z. D., Arnold, I., O’Garo, K. & Pearce, M., 2018  The moral injury symptom scale-military

 version, in Journal of Religion and Health, vol.57, no.1, pp.249–65.

Ramage, A. E.,  Litz, B. T., Resick, P. A., Woolsey, M. D., Dondanville, K. A., Young-McCaughan, S., Borah, A. M., Borah, E. V., Peterson, A. L., Fox, P. T., and for the STRONG STAR

 Consortium, 2016Regional cerebral glucose metabolism differentiates danger- and non-danger-based traumas in post-traumatic stress disorder, in Social Cognitive  and Affective

 Neuroscience, vol.11, no.2, pp.234–42.

Sun, D., Phillips, R. D., Mulready, H. L., Zablonski, S. T., Turner, J. A., Turner, M. D., McClymond, K., Nieuwsma, J. A. & Morey, R. A., 2019  Resting-state brain fuctuation and functional

 connectivity dissociate moral injury from posttraumatic stress disorder, in Depression and Anxiety, vol.36, no.5, pp.442-52.

Svoboda, E., 2022  Moral Injury is an Invisible Epidemic that affects Millions : A specific kind of trauma results when a person’s core principles are violated during wartime or a

 pandemic, in Scientific American, vol.327, no.6, pp.52-59. =古川奈々子訳、2023「コロナ禍で増えた心の病 モラルインジャリー」『日経サイエンス』第53巻4号, pp.56-64。

 

 

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