Dr. 讃井の集中治療のススメ

集中治療+αの話題をつれづれに

5年間の進化

2011-08-08 15:08:14 | 腹部・栄養
Intensivist 特集「栄養」お読みになったでしょうか。

今回は筑波大学外科の寺島秀夫先生を責任編集にお迎えし、重症患者の栄養に関するご見識を、編集、執筆を通じて如何なく発揮していただき、全編を通じて“寺島イズム”を感じさせる内容になったのではないか、と思います。

思えば寺島先生に始めてお会いしたのも、私が米国での研修を終えて帰国後間もない確か2006年の、毎年夏に行われる「周術期・代謝・侵襲研究会」(大塚製薬工場主催)でした。そのときすでに今回Intensivistに披露されているのとほぼ同様なご見識、すなわち「侵襲期には内因性エネルギー供給があるので、我々がずっと信じて投与してきたエネルギー投与量では過剰になり害になる」という理論をお持ちで、私はそれに完全に魅せられました。

その一方で、「食道癌の周術期にステロイドの投与が侵襲を抑える」という自説も紹介され、私はフロアーから「臨床的に重要なアウトカムに影響を与えるデータがあるのかどうか」を皮切りに「TPNの必要性」「血糖管理」についてくどく何度も質問させていただきました。先生は不躾な私の質問に嫌な顔一つ見せずに対応してくださり、懇親会でもさらに丁寧に解説してくださいました。

その後何度か研究会などでご一緒し、非常に真摯に栄養に取り組み続けて来られた姿は畏敬の念さえ抱かせるものでした。今回のIntensivistの冒頭の「侵襲下の栄養療法は未完である」における“寺島節”は圧巻です。急性期栄養の歴史にまで触れられており、急性期に関わる者なら一度は触れるべき逸文といってもよい価値があります。よく読むと5年前からその思想が進化し、深まっていることにも気づきます。

栄養の世界全般に言えることですが、臨床家として気をつけなければならないのは、まだまだ栄養の世界は臨床的データの蓄積が足りないということです。今回のIntensivistを読めば読むほどに、ガイドラインの記載の多くがエキスパートオピニオンであることに気づきます。

寺島先生の理論も同様ではないか、と若干ニヒリスティックに眺めていたところ、奇しくも今回のIntensivistの編集作業の終了にギリギリ間に合う形でEPaNIC trial( http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1102662 )の結果が発表されました。寺島先生の理論に合致した結果、つまり、ESPENガイドライン通りに早期から十分量投与すると(内因性エネルギー供給を無視して過剰エネルギー投与になって)悪ではないか、というものでした。それに早期からフルダイエットを目指す補助的PNは「高血糖をきたすから悪」ではなく、「血糖が(厳格に)コントロールされてもやっぱり悪」ということもわかりました。

思い返せば、寺島先生に不躾な質問を浴びせた私は、当時、学会という学会、発表という発表で質問に立ち、空気の読めない“いやなやつ”でした(今もそうなのは認めます)。それから5年が経ちました。普段の職場のレクチャーなどは双方向式だし、学会ではさすがに双方向式は少ないものの質問する人が並んで列ができる、そのような環境の合理性に一度慣れてしまうと、日本の学会はとても奇異に映りました。

しかし、時は過ぎ、いくら空気の読めない私でも「日本には聞いてはいけない質問がある」ことも知り(今でも衝動を抑えられず、つい質問してしまうこともあります)、反論されること自体を好まない方がたくさんいらっしゃること、真剣に討論・議論した結果より、意思決定にはしばしばはたらく別な外力の方が大きいことも学びました。

5年経ちました。寺島先生ははどう思っていらっしゃるのでしょうか。Intensivist出版後、ご本人にうかがっていませんが、自分の主張は変わらないのに「自分の理論を世界(EPaNIC)が勝手に証明してくれた」とほくそ笑んでいるかもしれませんね。いやいや、「5年前に比べると私も進化しているからね」、とおっしゃるかもしれません。

一方の私は5年間何をしてきたのだろう、と振り返ると、あんまり何もしてない、ドタバタしてきただけなような気もします。

「スタンスを変えずに、さらに進化する」にはどうしたらよいのでしょうか。少し想像しただけでもいろいろな資質が要求されそうですね。いずれにしても真の専門家だけがこのワザを身につけていると言えそうです。