Dr. 讃井の集中治療のススメ

集中治療+αの話題をつれづれに

M&Mとは何か:総論2

2012-01-09 15:05:31 | M&M

 

 前回からの続きです。

 M&Mは、1900年頃にマサチューセッツ総合病院外科医であったErnest A Codmanによって始められたとされています。その後、外科系を中心に広まり、主として医師個人の教育、資質向上を目的として、全米のレジデントプログラムに組み込まれるようになりました[1]。

 一方、現代の医療安全を追求する社会的要求に呼応して、“医療システムの安全性と質の向上”を主眼として開催されるM&Mも増加し、米国では米国保健医療政策研究庁(Agency for Healthcare Research and Quality: AHRQ)がインターネット上で“web M&M”を公開するようになりました[2](注1)。日本でも医療安全全国共同行動という団体によって“地域におけるM&Mの開催”が奨励されています[3]。これらの2つは、Ernest A CodmanのM&M原型とは少し方向性を異にした医療安全型のM&Mと言えるかもしれません。究極の医療安全型M&Mは、いわゆる事故調査委員会になるのでしょうか。

 つまり、M&Mは大きく両極のかたち、すなわち医療者教育型と医療安全型にわけられ、“極論“で色分けすると、

医療者教育型

・症例:教訓的、教育的症例

・目的:個人の診療を改善

・やり方:要点を絞る

・参加者:医師のみ

・議論の根拠:文献ベース

 

医療安全型

・症例:医療事故、過誤のあった症例

・目的:チーム診療、院内診療を改善

・やり方:時間をかけた十分なRCA

・参加者:多職種

・議論の根拠:院内ローカルルール

と言えます。ただし両者を厳密に区分することは難しく、筆者は目的や参加者に応じてあらかじめどちらの型に近くなるか意識しながら準備、運営すればよいと考えています。

 ちなみに、Root cause analysis(RCA: 根本要因分析)の手法による原因追及のプロセスは以下の通りです。前回述べた起こった事象に関わる多様な因子、すなわち、1. 人的要因/コミュニケーション、2. 人的要因/教育、3. 人的要因/疲労/労働環境、4. 設備・機器の運用、5. 設備・機器の設定、6. 規則/方針/手順、7. 防止策、8. 患者・家族の対応、9. 管理などの、いわゆるスイスチーズの一切れずつ、それぞれに穴があいていなかったかどうかチェックします(前回参照)。そこであげられた事象や問題点について、なぜ起こったかその要因を見つけていきます。同定が可能な要因がたった一つで他に関与する要因が見つからない、あるいは、さらに遡って考えうる根本原因(root cause)が見つからないと言った、要因と事象が1対1対応で独立するケースは稀です。通常は考察の過程はすぐには終わらず、ひとつ要因が見つかれば、それがなぜ起こったか関連要因や根本要因を考察していく作業が必要になります。このようにして、要因の連鎖を見つけ、最終的に究極の原因(root cause)を探す行程がRCAという作業なのです。

 このRCAは、表面的な問題をあげつらって、それに対処をすることで満足しがちな我々にとって最適の「原因同定のやり方モデル」になるでしょう。実際、RCAのような系統的手法を使わずに、目についた問題をあげてそれに関して議論を行って満足し、根本的に解決されるべき問題に関する議論が抜けてしまうということも起こります(医療者教育型M&Mに起こることが多いかもしれません)。

 たとえば誤投薬という事象があったときに、薬剤自体の問題(たとえばラベルが他のと似ている)、医療者自身の知識不足、仕事量、時間帯、環境、機器など多種にわたるはずで、結論・提案が「この薬はラベルが似ていて間違いやすいから注意するように」で終わってしまえば、他の薬剤で、違うシチュエーションで、M&Mに参加しなかった他の医療従事者で同様の誤投与が起こる可能性を防止できないかもしれませんよね。

 一方で、このようなRCAの作業は、時間もかかり忙しい医療者にとっては大きな重荷になりシステムとして挫折したり、早急に解決策を提出したいときなどに対応できなかったり、何回も会議を行っているうちに事象の記憶が薄れたり、いくつも上がった要因の中で最も改善すべき「重要かつ本質的な1個か2個」へ注ぐべきエネルギーが切れてしまうかもしれないという欠点を持っています。

 したがって、筆者は、正式なRCAをすべてのM&Mで行うことは現実的ではなく、表層的な原因分析と対処に終始しないように“RCAの精神を尊重”すればいいのだ、と割り切っています。繰り返しになりますが、施設ごと、部門ごと、事象ごと、最終的な“その”M&Mの目的ごとに可変式にしておく、という“いい加減さ”を残しておくと長続きすると信じています。

 以下、筆者が好むM&Mの例です。医療者の負担を考えて一回の開催でできるだけ多くの参加者が集れる時間を選び、議論のテーマを「重要かつ本質的な」ものに絞って、(1)何が起きたか、(2)なぜ起きたか、(3)どうすべきであったか、3つのキーワードを念頭に1時間で1個か2個の結論を導くようにします。その後のプロトコール作成、改訂作業が必要なときには、ワーキングチームを作って行います。

 良いM&Mは、記憶が鮮明な早期に開催され、司会進行者、発表者、コメンテーターが十分に文献をレビューの上、事前に打ち合わせを行い、「誰が何をどうした」と言わずに「何がどのようにおこなわれた」という言い回しを使い、司会進行者が個人攻撃や本論とかけ離れた質問をコントロールしながら、できるだけ文献ベースにディスカッションする。一方、悪いM&Mは、参加者が主旨を理解しておらず、表面的な原因の指摘に終始し、体系的に要因を分析できず、改善のための有効な解決策を導くことができないと言ってもよいでしょう。

 つまり、良いM&Mのイメージは

1. 記憶がフレッシュな早期に開催する

2.「誰が何をどうした」という言葉を使わず「何がどのようにおこなわれた」という言葉を使う

3. シニアレジデントクラスが症例提示を担当(指導医クラスでは参加者が厳しい質問をしにくくなり、ジュニアではプレゼンするだけで精一杯になる)

4. 外部、内部のコメンテーターがいるとbetter

5. 司会進行者、発表者(当事者)、コメンテーターがよく下調べし、打ち合わせする

6. 参加者の意見もできるだけ文献ベースに

7. 年長者の発言は支配的になりがちなので注意する

8. 本論とかけ離れた質問には司会進行者が制限を

9. 個人攻撃と取れる発言には警告を

10. 最後に司会者がtake home messageを発する

11. その後のプロトコール作成とその周知徹底

になるでしょうし、悪いM&Mのイメージは

1. 主催者がRCAの概念を知らない

2. プレゼンテーションがよく準備されていない

3. 参加者が趣旨を理解していない

4. 本論と関連のない質問をおこなう

5. ただの「原因指摘会」になってしまう

6. 改善のための有効な決定打を打ち出せない

になるでしょうか。

 すこしイメージが湧いてきたでしょうか。まだ湧かない方は、2月28日~3月1日に幕張メッセで開催される第39回日本集中治療医学会学術集会のワークショップ 「M&Mカンファレンスを始めよう」を、是非覗きにきて下さい(3月1日(木)9:00~10:00 第11会場(104))。

 最後に一言。M&Mカンファレンスをやったらやりっ放しにせず、プロトコール改変などの何らかの診療の改善につなげることが必須です。失敗から学んだことは患者さんの診療に活かさないと意味がありませんよね(注2)。我々医療者の基本姿勢です。

 さらに、プロトコール作成だけでも満足してはならない、ということを最後につけ加えて終わりにします。作成したプロトコールが日々の臨床で遵守されているか、そのプロトコールが患者診療の役に立っているかなどの視点からの評価と、それにもとづく弛まない改善が必要です。

 2000年以降、医療安全、チーム医療、医療教育など、今までこの世界で注目を浴びて来なかった分野が脚光を浴びるようになりました。院内外で、耳障りの良い受け入れやすい目標、テクニック、プロトコールが披露されるようになりました。それらを掲げるのは大歓迎ですが、我々は掲げること自体に満足してしまいがちで、その内容が根拠にもとづくものなのか吟味が不足しているな、と感じることもしばしばあります。さらに、そのような介入、変更によって患者アウトカムが改善されたのか、という視点がまだ見えてこない気がしてなりません。

 すると、「じゃあM&Mはどうなのよ」とおっしゃる読者がいらっしゃると思います。残念ながらM&Mが患者診療に有用か否かも実は現段階では不明と言わざるをえません。これについてはすこし文献検索をしましたので、また別の機会に述べたいと思います。

 

参考:1. http://en.wikipedia.org/wiki/Morbidity_and_mortality_conference、2. http://www.webmm.ahrq.gov/、3. http://kyodokodo.jp/index_b.html

 

注:

注1: AHRQ web M&Mは、各種の重大事象やエラーの宝庫です。えっ、そんなことあるの、と驚くものもあります。自分の周囲に何か起きたら、もちろんPubMedなどの通常の文献検索を行うことも有用ですが、このAHRQ web M&Mを除いてみることもお薦めします。

 

注2:「失敗から学んだことは患者さんの診療に活かさないと意味がありません」という一文の、「失敗から学んだこと」は、「文献から学んだこと」、「EBMのステップ1~4で得た結論」、「自らの臨床研究で得た結果」、「朝の回診で学んだこと」、「朝の回診で決まった治療方針」、「指導医から教わったこと」「レジデントから教わったこと」、「患者やその家族から教わったこと」など、いくらでもいい替えが可能ですね。