Dr. 讃井の集中治療のススメ

集中治療+αの話題をつれづれに

人工心肺後に再膨張性肺水腫は起こるか?

2012-11-19 23:48:11 | 呼吸

某病院の臨床工学技士の方からご質問をいただきました。とても良い質問だったのでご紹介したいと思います。それと、いろいろ異なるご意見などもうかがいたいですし(コメント、ご質問のある方は、コメント欄に是非)。

 

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讃井先生

チーム医療CE研究会・東日本主催 臨床セミナーのときは、CO2産生量に関しての質問を受けていただきありがとうございました。

またひとつ質問させてもらってもよろしいでしょうか。
再膨張性肺水腫に関してですが、心臓外科OPでの長時間人工心肺中の
換気停止によるそのような弊害は起こりえるのでしょうか?
よく長期の気胸時に起こると聞きますが、どのくらいの時間で起こりえるのでしょうか?
当院では人工心肺中、術野操作の邪魔にならないように人工呼吸停止中でもCPAPを3~5cmH2Oくらいはかけてもらえるように麻酔科Drにお願いしています。

お忙しいところ、大変恐縮ではありますがよろしくお願いします。

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私の回答

先日はご参加いただきありがとうございました。

とってもよい質問ですね(つまりは、うっ、すぐに答えられない、ちょっと調べてみよう、という意味です)。

一つ目は、人工心肺後に再膨張性肺水腫が起こるか、というご質問ですね。

典型的な再膨張性肺水腫は、気胸や胸水などで3日以上の肺の虚脱がある場合に、2000cc以上の容量を、1時間以内の急激なドレナージしたときに起こる血管透過性亢進型の肺水腫と言われています[1]。

また、その提唱されている機序として、虚脱の時間が長くなることにより肺微小血管の内皮と基底膜が厚く、固くなり、結果として再膨張時の機械的ストレスによって傷害を受けやすくなることが指摘されています。それに加えて虚血再還流障害も関与するだろうと[1](注1)。

したがって、短時間の人工心肺中の虚脱では再膨張性肺水腫は起こりにくいのではないでしょうか。

さらに、(おそらく短時間では起こらないと思いますが)もし仮に人工心肺中の虚脱により肺微小血管に対する障害が進んだとしても、その後すぐに陽圧換気を行いますので、肺水腫に対する対症療法をしていることになり、臨床的にはわかりにくくなるでしょう。逆に、人工心肺の炎症による肺傷害や静水圧性・心原性の肺水腫も起こりやすい状況なので、さらに原因を単一なものに決めつけるのは難しい。

結論として、人工心肺後に再膨張性肺水腫は起こらない、でいいんじゃないでしょうか。


もう一つの質問は人工心肺中に、肺を完全に虚脱させておいても構わないか、低圧のCPAPなどで肺胞を開いておくべきか、という質問ですね。

PEEPは虚脱肺胞を防ぐまたは再開通させ、換気血流比不均衡に拮抗する効果があります。しかし、そのような効果はPEEPをかけている間は持続しますが、その原因(筋弛緩薬、全身麻酔、各種の肺疾患など)が除かれない限り、止めてしまえば失われるのは、みなさんご存知の通りです。

人工心肺中のPEEPは、上記のような人工心肺中の虚脱や人工心肺自身による肺傷害に対し拮抗する方向に働くはずですが、臨床的に認められる唯一の効果は人工心肺立ち上がり直後の酸素化の改善くらいで、たとえば人工呼吸器時間が短くなる、ICU滞在時間げ減る、などの患者に対する利益は現在のところないと考えてよいと思います[2]。

というわけで、(ECMOなどと違い)通常の手術中の人工心肺であれば、PEEPをかけてもかけなくてもどちらでもよいでしょう。かける場合には、術野の邪魔にならないように十分注意をすべきと思います。

私の個人的な成人心臓手術中のプラクティスとしてはこの件に関する強いオピニオンがなく、現在は心臓麻酔を日常的にやる環境にないので、現役エクスパートの意見(というか好み)を聞いておきますね。

以上、私の回答でした。

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ここ数年、JSEPTICメーリングリストの盛り上がりが今ひとつですし(注2)、是非このような「どこにも書いてない、だれも教えてくれない臨床的疑問」があれば、どしどしお寄せ下さい( http://www.jseptic.com/contact/ )。無記名で構いません。その筋のエクスパートの意見を聞いてお答えします。

 

注1:その一方でARDSのような炎症が起こっていない正常な肺で、人工呼吸などで肺傷害を増悪させる要因がなければ、長時間虚脱させておいても固くなって広がらなくなってしまうような臨床的に有意な変化は起こらず、(長時間虚脱していても)その後きれいに広がる、という見解もありますし[3]、自分の臨床的経験でもそうです。逆に炎症が進行してしまった肺は何をどうやっても広がらない印象があります。

注2:2008年にMLを始めた時には盛り上がっていましたが、松江赤十字病院の橋本圭司先生のおかげだっただけかもしれませんね。IDATENメーリングリストの盛り上がりに比べると集中治療の層の薄さを痛感します。

 

文献:

1. Sohara Y. Reexpansion pulmonary edema. Ann Thorac Cardiovasc Surg 2008;14:205-9

2. Schreiber JU, Lance MD, de Korte M, Artmann T, Aleksic I, Kranke P. The effect of different lung-protective strategies in patients during cardiopulmonary bypass: a meta-analysis and semiquantitative review of randomized trials. Journal of cardiothoracic and vascular anesthesia 2012;26:448-54

3. Tremblay L, Valenza F, Ribeiro SP, Li J, Slutsky AS. Injurious ventilatory strategies increase cytokines and c-fos m-RNA expression in an isolated rat lung model. J Clin Invest 1997;99:944-52. あんまり良い論文が見つからない。見つけたらお教えします。知ってるかた教えて下さい。

 

 


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
再膨張性肺水腫 (宮田)
2012-11-23 06:18:56
東京医大麻酔科宮田です。いつもクリアカットな説明ありがとうございます。
私も人工心肺離脱後に再膨張性肺水腫が起こらないことに疑問を感じていました。しかし最近になり右開胸で行う僧帽弁手術(MICS)で2例ほど再膨張性肺水腫を経験しました。MICSでは右肺は完全に虚脱させます。人工心肺中は肺血流が通常の一側肺換気よりもさらに低下するため人工心肺再開後は虚血再灌流障害が起こりやすいのも原因の一つと考えております。しかしこれも推測に過ぎず、答えはわかりません。短時間の肺切除での一側肺換気後に起こった再膨張性肺水腫も報告されておりますし、短時間の肺の虚脱だから起こりにくいというのも言いにくいのではないでしょうか。再膨張性肺水腫の明確な定義がないのも混乱?する原因のひとつかもしれません。
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再膨張性肺水腫 (讃井將満)
2012-11-27 03:17:23
文献を改めて調べていませんが、心臓手術後の片側性肺水腫はときどき話題になる一つの話題でありつづけてきましたよね。確かに宮田先生のご指摘のように虚脱が一つの要因だったような記憶がありますし、肺切除後の肺水腫も存在する。という意味では確かに「短時間の虚脱→再膨張」による肺水腫は存在する、で良いと思います。

ずるい言い方ですが、再膨張性肺水腫という用語をどのように定義するかの問題が存在する、人工心肺中の肺虚脱が主な要因となる臨床的に重大な影響を及ぼす肺水腫は少ない、人工心肺中にPEEPをかけることが臨床的に大きな効果はもたらすというデータは今のところない、と強引に(穏便に?)まとめることができると思います。
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