歯車ポンプ審取
平成23年(行ケ)第10237号 審決取消請求事件
請求認容
本件は、特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟であり、争点は,進歩性の有無です。
裁判所の判断は15ページ以下
1 進歩性についての判断
1-1 本判決は、まず、本願発明に関し、証拠に基づき、「本願発明にいう「Rをとっている部位」の意義も,上記のとおりに解釈されるのであって(注:可動側板の溝の底部の隅(隅部)の曲面状の部位(部分)に対応する分)、本願発明が予定する作用効果を奏するためには,「凹欠」が可動側板の溝底隅の「Rをとっている部位」の全部又は相当部分に及んでいることが好ましいことは明らか」と認定し、また、引用発明に関し「引用発明のガスケット(6)に設けられた突条部17の役割は,その弾性力(反発力)で,可動側板(可動形側板4)を歯車端面側に押し付けることにあり,突条部17と可動側板の間に作動液(高圧流体)が侵入して,液圧でガスケットをケーシング(1)に押し付ける(押し上げる)こと等は想定されていないが,本願発明のガスケット又は可動側板に設けられる「凹欠」は,可動側板の溝の底部の隅(隅部)の「Rをとっている部位」すなわち曲面状の部位(部分) にまで達するように,例えば溝状の部分を設け,この部分に作動液が侵入できるようにして,ガスケットが作動液によって低圧側の溝壁に押し付けられたときでも, 作動液の液圧で,ガスケットをケーシングに向かって押し付け,また可動側板を歯車端面に向かって押し付けて,可動側板の圧力バランス及び歯車端面に対する封止機能(シール)を確保できるようにするものである」と認定した上で、「本願発明のガスケットの「Rをとっている部位」や「凹欠」が果たす機能と引用発明のガスケットの突状部17等が果たす機能は異なり,引用発明のガスケットでは,可動側板(可動形側板4)の溝底隅部でガスケットと可動側板との間に作動液が侵入して可動側板の圧力バランスをとることが想定されていない。したがって,引用発明ではガスケットと可動側板(可動形側板4)との間の隙間10が可動側板の溝底隅の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶことが予定されていない」と述べました。
1-2 本判決は、さらに、刊行物の記載を引用し、「引用発明のガスケット(6)と可動側板(可動形側板4)の構成には,作動液の液圧でガスケットの低圧側の側面を可動側板の溝の側面(内側面)に押し付け密着させて固定することで,ガスケットのそれ以上の低圧側へのはみ出しを有効に防止するという機能があるということができる。ここで,ガスケットがかかる機能を発揮するためには,可動側板の溝の側面と底面が成す隅部に向かってガスケットが密着するように押し付けられるのが好ましく,上記溝の底面から離れるように,すなわち上記隅部付近でガスケットが可動側板から離れるように押し上げられると,ガスケットが上記溝の低圧側側面を超えてはみ出すおそれが生じるし,また,上記隅部付近でガスケットが可動側板を歯車端面に向かって押し付ける力を得る必要があるとはい
えない」と認定し、「引用発明のガスケットと可動側板の構成を,可動側板の溝の低圧側側面と底面が成す曲面状の隅部にまで作動液が侵入して可動側板の圧力バランスをとることができるよう,ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶように改めることは,突条部17の機能を害し,またガスケットの低圧側へのはみ出しを防止するという技術的思想に反するものであるから,上記構成に改める発想が生じるはずはなく,当然のことながら当業者には容易に想到できる事柄ということはできない」と判断しました。
2 被告の主張に対する説明
2-1 本判決は、被告の「本願発明と引用発明とは静圧バランスの適正化という共通の技術的課題を有しており,刊行物1には,歯車ポンプのシール構造において,圧力バランスを保ってシール作用を良好に行うという動機付けが記載ないし示唆されているとの「主張」に対し、「確かに,本願発明の歯車ポンプも引用発明の歯車ポンプも,歯車端面とケーシングの間に設けられた可動側板(可動形側板)が,高圧側から流れ込む作動液の作用を利用して両部材の間でバランスし(圧力バランス),歯車端面から生ずる作動液の漏出を封止(シール)するという構成ないし動作を有するものであるが, かかる共通点は高圧の流体を扱うこの種の歯車ポンプに広く見られるものにすぎない。そうすると,かかる共通点があるからといって,シール作用をさらに高めるべく,ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶように改めるという具体的な構成に容易に想到できるものではない」と判断しました。
2-2 本判決は、さらに、被告の「隙間10を設ける範囲を良好な圧力バランスとなるように必要かつ適切な範囲とすることは,当業者の設計変更の範囲内の事項にすぎない」との主張に対し、「かように抽象的な技術的課題から当業者がガスケット又は可動側板(可動形側板)の凹欠ないし凹部の具体的な形状の構成に直ちに想到できるものではない」とし、また、「本願発明のガスケットに相当する乙第3号証のリップシール(24)は,本願発明の可動側板に相当するサイドプレート(12)ではなく,反対側のカバー(14)に装着され,リップシールとサイドプレートの間に設けられたバックアップ(17)を介してサイドプレートを押し付けるもので,本願発明のガスケット及び可動側板と構成が相当異なるから,乙第3号証に記載された技術的事項を根拠に,本願発明のガスケット等の構成が当業者が容易に行い得る設計変更(設計的事項)の範疇に属するということはできない。乙第4号証の図2,4からも, ガスケットに設けられた凹部の範囲及び形状は必ずしも明確でなく,その余の明細書中の記載でもガスケットに設けられた凹部の技術的意義が明らかでないから,上記図等に記載された技術的事項を根拠に,本願発明のガスケット等の構成が当業者が容易に行い得る設計変更(設計的事項)の範疇に属するということはできない」と判断しました。
2-3 本判決は、 また,被告の「突条部17が作動液の圧力を受けて可動形側板の溝5のRをとっている部位に押し付けられるときには,歯車の端面の方向に可動側板を一定の力で押し付けるから,突条部17が溝の底面5a(平坦面)に密着することが不可欠なわけではないとか,作動液の種類,温度,圧力,ガスケットの材質,形状,溝形状などによっては,ガスケットの隙間10が僅かでもRをとっている部位にまで達することがあり得る」などの主張に対し、「確かに,刊行物1の第4図にあるとおり,高圧側から侵入する作動液(高圧流体)の液圧でガスケットが可動側板の溝の低圧側にずれ動くときは,突条部17の少なくとも一部が上記曲面状の部位に乗り上げることになるから,突条部17が可動側板の溝底(5a)に対して押し付けられて潰れた部分の面積が小さくなることもあるし,ガスケットがさらに強く低圧側に押し付けられて突条部17の幅(横断面で見た場合の幅)がさらに小さく変形し,場合によっては突条部17と可動形側板の溝底との間に隙間が生じることも考えられないわけではない。しかしながら,これらのような事態は,引用発明で予定される,突条部17がその弾性力で可動形側板を歯車端面の方へ押し付ける機能を減殺するものであって,かかる事態を想定して本願発明の容易想到性を検討する必要はなく, 突条部17が溝5の底面5a(平坦面)に密着することが必要でないとはいえないし,ガスケット6の隙間10が溝底5aの曲面状を成す部位に僅かでも達していばよいなどとはいえない」と判断しました。
本判決は、刊行物の記載等に照らして引用発明と副引例の発明の内容を丁寧に認定した上で、相違点について設計事項である等の審判体の判断を覆した事例として参考なるものと思われます。
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