知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

非弾性カバー部材マッサージ器事件判決

2015-01-14 18:48:11 | 最新知財裁判例

1 事件番号等

平成26年(行ケ)第10002号

平成26年09月11日

 2 本件は、無効審判請求不成立審決の取り消しを求めるものです。

 3 特許請求の範囲の記載

訂正後の請求項の記載は、以下のとおりです。

  「【請求項1】

  被施療者が着座可能な座部と、被施療者の上半身を支持する背凭れ部とを備える椅子型のマッサージ機において、前記座部の両側に夫々配設され、被施療者の腕部を保持する左腕用の保持部及び右腕用の保持部を備え、前記保持部は、形状維持が可能な程度に硬度が高い材料からなる外殻部と、前記外殻部の内面に設けられ被施療者の腕部を施療する膨張及び収縮可能な空気袋と、を備え、被施療者の掌を含む前腕を保持可能であり、左腕用の前記保持部に設けられた空気袋と、右腕用の前記保持部に設けられた空気袋とを夫々独立に駆動し、被施療者の腕部を片腕毎に施療することを特徴とするマッサージ機。

 4 審決の理由

審決の要旨は、本件訂正発明1は、甲1ないし10に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたとはいえないというものです。

 5 相違点

特開平10-243981号公報(甲1)に記載された発明(以下「甲1発明」)と本件訂正発明1との相違点は以下のとおりです。

  「座部の側部に配設され、被施療者の腕部を拘束する拘束手段を備え」るとともに、「拘束手段に設けられた空気袋を駆動し、被施療者の腕部を施療する」について、本件訂正発明1は、「座部の両側に夫々配設され、被施療者の腕部を保持する左腕用の保持部及び右腕用の保持部を備え」るとともに、「左腕用の前記保持部に設けられた空気袋と、右腕用の前記保持部に設けられた空気袋とを夫々独立に駆動し、被施療者の腕部を片腕毎に施療する」であるのに対し、甲1発明は、「座部の側部に配設され、被施療者の腕部を収納する収納体12を備え」るとともに、「収納体12に設けられた空気袋を駆動し、被施療者の腕部を施療する」である点。

 6 裁判所の判断

本判決は、本件明細書及び引例の記載を詳細に引用した上で、甲7発明及び甲8発明の甲1発明への適用可能性の点について概要以下のとおり検討しました。

(1)甲1発明の非弾性カバー部材121は、その内側に設けられた弾性カバー部材122との間に膨縮機構11を介設し、膨縮機構11が膨張している際には変化をしない(形状を維持する)という硬度を有するものであり、これにより、膨縮機構の空気圧をより効率的に人体手部及び下腕部側へ与えることができ、適度な空気圧マッサージを行うことができるという機能を有するものと解される。したがって、膨縮機構11が膨張していないときの非弾性カバー部材121が変形するかどうかは、手部及び下腕部を非弾性カバー部材121の内側の膨縮機構によりマッサージするという甲1発明のマッサージ機能又は効果に関わるものではない。そのため、甲1公報には、非弾性カバー部材121は膨張しているときに変化しない(形状を維持する)、との記載はあるものの、膨張していないときの非弾性カバー部材の状態を明示する記載もない。そして、甲1公報には、非弾性カバー部材121について合成繊維等という材質の記載があるものの(段落【0024】)、その具体的な材料は記載されておらず、また材質をこれに限定する記載はないから、甲1公報を見た当業者は、甲1発明の機能、用途に沿う範囲で、具体的に様々な材料を検討することになると考えられるところ、むしろ、外殻部の内面に設けられた空気袋の膨張によってその内側に収容した下腕部に空気圧を加えてマッサージをする椅子式マッサージ機であるという点において甲1発明と共通する甲7発明及び甲8発明においては、その空気袋(膨縮機構)を内面に設ける外殻部は、いずれも形状維持が可能な程度に硬度が高い材料から形成されている。さらに、甲7発明及び甲8発明のこれらの構成に加え、甲8公報の記載(【段落0002】)によれば、凹部の内壁に空気袋を取付け、空気袋の膨張収縮により人体の肢体をマッサージするという構成は、甲8発明の出願時(平成11年7月30日)における従来技術であり、同従来技術における凹部の内壁も甲8発明と同様に形状維持が可能な程度に硬度が高い材料から成っていたと理解されること、甲9公報にも、形状維持が可能な程度に硬度が高い材料から成り、空気袋を収納する脚保持部が開示されていることからすれば、空気袋の膨張による空気圧によりその内側に収容した人体の肢体をマッサージする椅子式マッサージ機において、空気袋を内面に設け、肢体を保持する外殻部を形状維持が可能な程度に硬度が高い材料とすることは、周知技術であったといえる。

 (2)そうすると、合成繊維等で構成された外面部の非弾性カバー部材121について、形状維持が可能な程度に硬度が高い材料とすることは甲1発明の機能や効果に関わることではなく、甲1公報にも同材料を否定する記載はなく、むしろ非弾性カバー部材121と同様の機能を有する甲7発明や甲8発明の構成部分についてはそのような材料が採用されており、そのような材料で肢体をマッサージするための空気袋を内面に設ける外殻部を構成することは周知技術といえることからすれば、当業者が、甲1発明に甲7発明及び甲8発明を適用して、非弾性カバー部材121を「形状維持が可能な程度に硬度が高い材料からなる」ものとすることは容易に想到できるものというべきである。

 (3)以上によれば、甲1発明と本件訂正発明1との相違点1に係る構成のうち、「形状維持が可能な程度に硬度が高い材料からなる外殻部」とすることは、容易に想到できるものではないとした審決の判断には誤りがある。

 7 コメント

本判決のロジックは、甲1について主引例適格性が肯定できることを前提として、甲1公報には、非弾性カバー部材121について合成繊維等という材質の記載があるものの(段落【0024】)、その具体的な材料は記載されておらず、また材質をこれに限定する記載はないから、甲1公報を見た当業者は、甲1発明の機能、用途に沿う範囲で、具体的に様々な材料を検討することになると認定する一方、他方、甲7ないし9から、空気袋の膨張による空気圧によりその内側に収容した人体の肢体をマッサージする椅子式マッサージ機において、空気袋を内面に設け、肢体を保持する外殻部を形状維持が可能な程度に硬度が高い材料とすることは、周知技術であると認定し、その上で、改めて甲1の検討に立ち返り、非弾性カバー部材と同様の機能を有する甲7及び甲8の構成部材については形状維持が可能な程度に硬度が高いことに加え、形状維持が可能な程度に硬度が高い材料とすることは甲1発明の機能や効果に関わることではなく、甲1公報にも同材料を否定する記載はないことをも述べて、容易想到性を肯定しています。

拙著「裁判例から見る進歩性判断」の枠組みによれば、甲1の主引例適格性がまず問題にされるべきであったといえます。この点がクリアできるならば、非弾性カバー部材121の材質については、公知型の一類型として設計事項と構成して容易想到性を肯定することが明快であったように思います(同54ページ)。これに対し、「形状維持が可能な程度に硬度が高い材料とすることは甲1発明の機能や効果に関わることではなく、甲1公報にも同材料を否定する記載はない」の部分は、阻害要因がないことを念押し的に述べたものと理解すべきでしょう。

 以上

 


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