1 事件番号等
平成25年(行ケ)第10022号
平成25年08月09日
2 事案の概要
本件は、拒絶査定不服審判請求不成立審決の取り消しを求めるものです。
3 特許請求の範囲の記載
補正後の本願の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりです。
「【請求項2】
求人条件を含む求人情報をサーバ装置に通信手段を介して送信する複数の求人者側端末と、求職条件を含む求職情報をサーバ装置に通信手段を介して送信する複数の求職者側端末と、前記求人情報および求職情報を通信手段を介して受信して記憶手段に蓄積し、前記求人条件と求職条件とが一致する求職情報を当該記憶手段から選択して前記求人者側端末に通信手段を介して送信するサーバ装置とを備えた情報提供システムにおいて、
前記求人者側端末は、過去に接した求職者の印象を表すメッセージ情報の入力を求人者から入力手段を介して受け付け、当該メッセージ情報を前記サーバ装置に通信手段を介して送信し、
前記サーバ装置は、前記求人者側端末から通信手段を介して受信した前記求職者の印象を表すメッセージ情報を当該求職者に関連付けて記憶手段に蓄積し、前記求人者側端末から通信手段を介して受信した要求に応じて前記求職者の印象を表すメッセージ情報を前記記憶手段から読み出し当該求人者側端末に通信手段を介して送信し、
その送信の際前記サーバ装置は、前記記憶手段に蓄積したメッセージ情報のうち予め設定された蓄積期間が経過したメッセージ情報を送信せず、当該蓄積期間が経過する前のメッセージ情報だけを前記記憶手段から読み出して前記求人者側端末に通信手段を介して送信し、前記蓄積期間は前記求職者が前記過去を清算することを目的として予め設定された期間である、
情報提供システム。」
4 審決の理由
審決の理由は、要するに、本願発明は、本願出願後に出願公開された特願2000-187776号(特開2002-7616号(甲1))の願書(以下、同願書に最初に添付された明細書及び図面を併せて「先願明細書」)に記載された発明(以下「先願発明」)と実質的に同一であり、しかも、本願発明の発明者が先願発明の発明者と同一ではなく、また、本願出願時において、その出願人が先願の出願人と同一でもないので、特許法29条の2の規定により特許を受けることができない、というものです。
5 一応の相違点
審決が認定した本願発明と先願発明との一応の相違点は以下のとおりです。
「メッセージ情報の送信の際、本願発明では『前記サーバ装置は、前記記憶手段に蓄積したメッセージ情報のうち予め設定された蓄積期間が経過したメッセージ情報を送信せず、当該蓄積期間が経過する前のメッセージ情報だけを前記記憶手段から読み出して前記求職者側端末に通信手段を介して送信し、前記蓄積期間は前記求職者が前記過去を清算することを目的として予め設定された期間である』のに対し、先願発明ではそのような蓄積期間に関する特定がなされていない点。」
6 裁判所の判断
6-1 本件周知技術
本判決は、先願発明の内容を認定した上で、特開2000-305980号公報(甲2)と 特開平11-195039号公報(乙1)の記載を引用して、「記憶部に記憶された情報を検索し、その検索結果を提供するシステムにおいて、上記記憶部には記憶容量の限りがあることや、古い情報は現実性を失い価値が無くなるため常にデータを新鮮にする必要があることから、所定期間以上経過した古い情報を削除することは、本願出願前、当該技術分野では周知の技術であったものと認められる(以下「本件周知技術」という。)と認定しました。
6-2 一応の相違点に関する判断について
そして、本判決は、概要、以下のとおり判断しました。
6-2-1
先願発明の内容及び先願発明における求職クライアント信用評価情報の内容に照らすと、先願発明においても、求職クライアント信用評価情報記憶部には記憶容量の限りがあること、及び、古い求職クライアント信用評価情報は現実性を失い価値が無くなるため常にデータを新鮮にする必要があることが認められる。そうすると、先願発明においてこれらに対処することは、先願明細書に明示されていなくても当然に行われるものであるといえ、先願発明に本件周知技術を付加し、あらかじめ設定された蓄積期間が経過した古い求職クライアント信用評価情報を削除し、常にデータを新鮮なものとする構成とすることは、先願明細書に記載されているに等しい事項といえる。
6-2-2 「本願発明と先願発明に本件周知技術を付加した構成とを対比すると、先願発明に本件周知技術を付加した構成においても、あらかじめ設定された蓄積期間が経過した古い求職クライアント信用評価情報を削除することで、先願発明における「サーバー」は、あらかじめ設定された蓄積期間が経過した求職クライアント信用評価情報を送信せず、当該蓄積期間が経過する前の求職クライアント信用評価情報だけを記憶部から読み出して「求人クライアントの通信端末」に通信手段を介して送信するようにすることができる。したがって、先願発明に本件周知技術を付加した構成は、本願発明の「前記サーバ装置は、前記記憶手段に蓄積したメッセージ情報のうち予め設定された蓄積期間が経過したメッセージ情報を送信せず、当該蓄積期間が経過する前のメッセージ情報だけを前記記憶手段から読み出して前記求人者側端末に通信手段を介して送信」する構成を備えるものと認められる」
6-2-3 先願発明に本件周知技術を付加した構成においても、あらかじめ設定された蓄積期間が経過した古い求職クライアント信用評価情報を削除することで、現実性を失い価値が無くなった古い求職クライアント信用評価情報は削除され、常にデータを新鮮なものとすることができるので、これにより、求職者が過去を清算できるものと認められる。したがって、先願発明に本件周知技術を付加した構成における上記蓄積期間は、本願発明における「前記蓄積期間は前記求職者が過去を清算することを目的として予め設定された期間」にも当たるものと認められる。
6-2-4
先願発明に本件周知技術を付加することにより、蓄積期間が経過した求職クライアント信用評価情報は、求人クライアントの通信端末に提供されなくなるから、その結果として、本願発明と同様に、求人者は、求職者の印象を表す信用評価情報を見ながら求職者を選ぶことができ、かつ、信用を失った求職者は、その過去を清算して出直すことができるとの作用効果を奏するものと認められる。したがって、本願発明の作用効果は、先願発明の奏する作用効果と本件周知技術がもたらす作用効果との総和にすぎないものと認められる。
6-3 そして、本判決は、「本願発明と先願発明との一応の相違点に係る構成は、先願発明に上記周知技術を単に付加した程度のものであり、かつ、新たな作用効果を奏するものでもない。したがって、本願発明と先願発明とは実質的に同一であるとした審決の判断の結論に誤りがあるとはいえない」と結論づけました。
7 コメント
ある明細書に記載されている発明に対し周知技術を付加、置換等して得られた発明は、当該明細書に記載されているに等しいと判断されることは確立した解釈であり、一般論としては、異論ないものと思われます。なぜなら、言語により表現される明細書に当業者が接した場合、当業者(自動機械ではなく通常の創作能力を有する自然人)は単にその字面だけを読むのではなく、当時の技術常識に照らして明細書の字句を解釈するものであり、そこでは、意識的か否かはともかくとして、明細書に記載されている発明に対し周知技術を付加、置換等する行為が当然に随伴するものであるからです。
なお、本願発明と先願発明との実質的同一性の判断においては、両発明の課題の相違は原則として問題になりません。なぜなら、通常、発明とは課題を解決するための「構成」として把握されるものだからです。これに対し、特許請求の範囲に発明の構成を書き込んだような場合は別論となります。本願発明=構成+効果というものとして把握されている以上、対比すべき先願発明も構成+効果を技術要素とするものとして把握した上で対比する必要があります。
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