知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

ウエア検査装置事件判決

2021-09-08 16:49:42 | 審決取消請求事件

第1 書誌情報

1 事件名:ウエア検査装置事件判決

2 事件番号等:令和元年(行ケ)第10124号 特許取消決定取消請求事件

3 判決日:令和2年8月4日

4 担当部;知財高裁1部

5 担当裁判官:裁判長裁判官 髙部 眞規子

          裁判官 小林 康彦

          裁判官 髙橋 彩

 

第2 判例解説

1 事案の概要等

1-1 事案の概要

本件は、取消決定の取消しを求める訴訟である。

 

1-2 発明の内容

 

「ローダと整備空間との間に配置された複数の検査室であって,半導体デバイスが形成されたウエハの検査の際に用いられる被整備テストヘッドと,前記被整備テストヘッドを前記整備空間側に引き出すスライドレールと,を備えた複数の検査室と,/ウエハを搬送先の検査室内に搬送する前記ローダと,を備え,/前記被整備テストヘッドを引き出す整備空間側と前記ウエハを搬送するローダ側とが前記複数の検査室が配置されたセルタワーの反対側であることを特徴とするウエア検査装置

 

1-3 相違点

 

相違点1:本件発明1は,「複数の検査室」が,「前記被整備テストヘッドを前記整備空間側に引き出すスライドレール」を備え,「被整備テストヘッド」を引き出すものであるのに対し,引用発明は,「複数の収容室172のそれぞれには,」「メンテナンスカバー192が設けられ,当該メンテナンスカバー192の外側には,前記プローブカード300を引き出した場合に当該プローブカード300を支持するガイドレール193が設けられ」,「プローブカード300」を引き出しているものの,「テストヘッド200」を引き出すものではなく,「テストヘッド200」を「整備空間側に引き出すスライドレール」も備えていない点。

 

2 検討する争点

進歩性の有無(相違点1の克服容易性)

 

3 判旨

3-1 想到性

甲2文献及び乙1~3には,相違点1に係る構成(検査室が整備空間側にテストヘッドを引き出すスライドレールを備え,テストヘッドを引き出す構成)の記載はなく,本件証拠上,他に上記構成が記載された文献はない。そうすると,引用発明に甲2文献及び乙1~3に記載された事項を組み合わせても,本件発明の構成には到らない。

被告は,甲2文献や乙1~3の記載によれば,メンテナンスの対象物を引き出してメンテナンスをすること,また,その際に,スライドレールにより引き出す構成とすることは周知技術であると主張する。

引用例及び甲2文献には,プローブ装置において,メンテナンスの際に検査室からプローブカードを引き出すこと及びその際ガイドレールに沿って引き出す構成とすることの記載がある。しかし,本件原出願の当時,テストヘッドの重量は25kgから300kgを超えるものが知られ(本件明細書【0022】,甲5【0003】・【0043】,甲6【0014】,甲7,乙3【0005】),テストヘッドとプローブカードとは重量や大きさにおいて相違することは明らかである。したがって,プローブカードに関する上記記載から,テストヘッドを含むメンテナンスの対象物一般について,メンテナンスの対象物を引き出してメンテナンスをすること,また,その際に,スライドレールにより引き出す構成とすることが周知技術であったということはできない。

また,乙1~3には,検査室に収容されたテストヘッドの構成は開示されておらず,テストヘッドを引き出すものではないから,被告の主張する周知技術を裏付けるものではない。

被告は,乙3(【0024】)にも記載があるとおり,テストヘッドを引き出した方が作業性に優れることは自明であるから,メンテナンスの対象物をスライドレールにより引き出してメンテナンスを行う方が,作業が容易であることを動機付けとして,引用発明において,相違点1に係る構成を想到することは容易であると主張する。

しかし,乙3はテストヘッドが検査室に収容されたプローブ装置を開示するものではなく,同段落の「超重量級のテストヘッドであってもテストヘッド4を安全且つ円滑に反転させ,前後,上下に移動させることができ,テストヘッド4をメンテナンス等の作業性に優れた位置へ移動させることができる。」との記載から,テストヘッドを引き出した方が作業性に優れていることを読み取ることはできない。

 

3-2 容易性

また,引用例には,①試験対象の仕様及び試験内容に応じて行うピンエレクトロニクスの交換や,その他のテストヘッドのメンテナンスは収容室の背面扉を開けて行うこと(【0029】,【0036】,【0063】,【0080】,【0085】),②レイアウトの異なるウエハに対応するためのプローブカードの交換や,その他のプローブカードのメンテナンスは収容室のメンテナンスカバーを開けて行い,プローブカードは収容室の外部に引き出すことができること(【0028】,【0029】,【0030】,【0037】,【0080】,【0085】),③背面扉はテストヘッドのメンテナンスが容易な位置に配置され,メンテナンスカバーはプローブカードのメンテナンスが容易な位置に配されていること(【0029】)が記載されている。

このように,引用発明においては,テストヘッドのメンテナンスは背面扉を開けて行うものとされ,背面扉はメンテナンスを行うのに容易な位置に配置されているのであるから,検査室が整備空間側にテストヘッドを引き出すスライドレールを備え,テストヘッドを引き出す構成を採用することの動機付けは見いだせない。

 

 

4 検討

4-1 想到性

当職の進歩性判断モデルにおいては、想到性判断と容易性判断を区別している。従来の裁判例においても、想到性判断と容易性判断は区別されていたが、本判決も、「引用発明に甲2文献及び乙1~3に記載された事項を組み合わせても,本件発明の構成には到らない」と述べており、想到性判断と容易性判断とを区別する立場を採用することを前提にしている。

 

4-2 容易性

さらに、本判決は、「引用発明においては,テストヘッドのメンテナンスは背面扉を開けて行うものとされ,背面扉はメンテナンスを行うのに容易な位置に配置されているのであるから,検査室が整備空間側にテストヘッドを引き出すスライドレールを備え,テストヘッドを引き出す構成を採用することの動機付けは見いだせない」と述べており、容易性についても判断している。論理的には、想到性が否定されている以上、容易性の判断は不要であるが、審決取消訴訟においては、これが最初で最後の事実審理であり、かつ、その後の無効審判の提起等があり得ることに鑑みれば、想到性が否定される場合であっても、容易性についても念のために判断することが望ましく、想到性を否定しつつ、容易性についても判断している本判決の態度は適切である。

また、本判決における容易性判断の内実を検討すると、動機付け基礎付け事実の不存在を述べているのか、そうではなく、阻害事由があると述べているのかが判然としない。この点については、審決取消訴訟の判断が、特許庁における将来の審判に影響を与えることを考慮すれば、総合判断である動機付けの有無の判断においては、当該判断の基礎となる事由が、動機付け基礎付け事実の不存在を述べているのか、そうではなく、阻害事由の存在を述べているのかについて、当事者の主張にかかわらず、明示することが望ましいと解される。

 

以上