1 平成24年(行ケ)第10023号 審決取消請求事件
2 本件は,特許無効審判成立審決の取消しを求める事案であり、その争点は進歩性の有無です。
3 相違点1の容易想到性について
3-1 カッター及び切断片の形状について
本判決は、「引用発明は,マンホールの蓋体周囲の舗装面を整備したり,蓋体を新たなものと交換するような場合に用いられるマンホール補修部の構造に関するものであり,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補修が行える汎用性に富むマンホール補修部の構造を提供するという目的に沿ったものであって,そのために,①円形カッターを用いて,マンホール蓋体の中心を中心として,受枠の周囲を円形に切断して舗装を切断する工程と,②切断された舗装を蓋体の受枠ごとクレーンなどを用いて吊り上げ撤去する工程と,③マンホール上壁に接触させるように新たな受枠を再設置する工程と,④新たな受枠と舗装を受枠ごと撤去して形成される円形開口部との間に,路盤材として早強無収縮性モルタルを装填し,さらに, 水溶性の常温硬化型アスファルト混合材料よりなる表層材を受枠の上面側と面一状となるように装填する材料充填工程とを備えるマンホール蓋枠取替え工法である。 このように,引用発明は,マンホール蓋枠取替え工法であり,上記①②の工程で, マンホール周囲の舗装を切断し,切断された舗装を受枠とともに一体に取り出せるものであって,切断片の取り出し除去作業を行うものである」と認定する一方、「一般に,この種の工事作業において,作業性の向上を図り,作業を容易にしようとすることは,安全性の確保や工費節減,工期短縮などと同様に,またそれらを達成するために,設計者や工事作業者,工事監督者を含む当業者において, 当然に考えることであるから,引用発明のマンホール蓋枠取替え工法において,それぞれの工程の作業を容易にしようとする課題が存在しているということができる。また,引用発明の目的は,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補修を行うことであるところ(前記2(1)エ),作業を容易にしようとすることは,そのような目的に沿うものということができる」と判断し、また、「引用例1においても,直線切りカッターに代えて円切りカッターを採用することが記載されているように(前記2(1)ウ),関連する技術分野に置換可能な公知又は周知の技術手段があるときは,当業者であれば,その技術手段の転用を試みるものである。よって,路面の切断作業をする際に,カッターを公知又は周知の異なる種類のものに変更しようとすることも,当業者であれば容易に着想することができるものということができる」と判断しました。
また、本判決は、「引用発明において,切断片の取り出し除去作業を行うに際し,作業を容易にするという課題が示唆されているということができる。そして,上記課題を解決するため,引用例2に記載された回転円弧状又は球面状のカッターを採用し,当該カッターの切断刃を360°旋回させて切り込みを入れることにより,切り取った切断片が疑似扁平お椀形となり,取り出し除去作業が容易になるほか,切断部が垂直であることなどによって生じる新規施工部分の沈下や陥没の問題を解消することができる。すなわち,引用例2に記載されている新規施工部分が沈下や陥没を生じないという効果は,引用発明において,切断部が垂直であることなどによって生じる新規施工部分の沈下や陥没の問題を解消する等の課題を解決するものである」と認定し、「引用発明において,切断片の取り出し除去作業を容易にし,切断部が垂直であることによる問題を解決する等の目的で,カッターとして引用例2に記載された回転円弧状又は球面状のカッターを採用する動機付けがあるということができる」と結論づけました。
3-2 切り込みの位置について
続いて、本判決は、「引用発明に引用例2に記載されたカッターを採用するに当たっては,いずれの位置に切り込みを入れるかを決定することとなる。引用発明においては,舗装を蓋受枠ごと取り出すのであるから,その目的を考慮すると,その位置を,カッターによる切断面の下端が下枡に載置された蓋受枠の外周より外側となる位置とすることは,当然に行われるものということができる」と認定し、また,「引用例2に記載されたカッターは,切り込みが回転円弧状又は球面状であって下方へ行くほど切断円の径が小さくなるものであるから,そのような引用例2に記載されたカッターの性質や作業性等を勘案して,舗装面における切り込みを入れる位置を蓋受枠の外周から十分離れた位置とすることは,当業者において適宜行うことができることであり,回転円弧状又は球面状の切り込みを入れる位置が下枡の外方となることは,その結果にすぎない」と判断しました。
また,本判決は、「切り込みを入れる位置は,蓋受枠の外周より外側であればよいものであって,下枡の外方であることに特段の技術的意義があると認めるに足りない。すなわち,本件発明の上記構成は,図面において切り込みが下枡の外方に描かれていたことを根拠に特許請求の範囲における切り込みの位置を下枡の外方と特定する本件訂正がされた結果によるものであって,切り込みの位置を下枡の外方とすることに格別の技術的意義があるとはいえない」と判断しました。
3-3 充填材を充填する空間について
さらに、本判決は、「引用発明において引用例2に記載されたカッターを用いて切り込みを入れれば, その結果として,材料充填工程において高流動性無収縮充填材が路盤材として充填される擬似円環状の切断片を除去して形成される空間が,蓋受枠と「回転円弧状または球面状切り込みとの間の空間」により規定されるものとなる」と認定し、また、 原告の「引用例1では,取り出し除去作業を容易にするという点については,課題としても,考案の作用効果としても,全く着目されていないから,引用発明に引用例2に記載された発明を適用する動機付けが存在しない」旨の主張に対し、「引用発明の目的は,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補修を行うことであるところ,引用発明のマンホール蓋枠取替え工法において,それぞれの工程の作業を容易にしようとする課題が存在しているのであって,切断された舗装を蓋体の受枠ごとクレーンなどを用いて吊り上げ撤去する工程における作業を容易にすることも,課題として示唆されているということができる。そして,引用発明と引用例2に記載された発明は,いずれも,本件発明と技術分野が同一又は相互に関連する発明であるから,その一の発明に置換可能な技術手段があるときは, 他の発明に当該技術手段を適用しようと試みることは,当業者の通常の創作能力の発揮ということができ,前記のとおり,引用発明において,切断片の取り出し除去作業を容易にする等の目的で,カッターとして引用例2に記載された回転円弧状又は球面状のカッターを採用することは,当業者が容易に想到し得ることである」と判断し、 原告の「引用例1は,復旧面積内に埋め込む材料を少なくすることが,その技術的思想の1つとされているから,円筒状の切り込みを与える円形カッターを用いる場合よりも復旧面積がより広くなる引用例2記載の回転円弧状のカッターを採用することは,むしろ阻害要因があるというべきである」旨の主張に対し、「引用発明は,復旧面積を極限まで狭くすることによって達成されているものではないし,引用発明における円形カッターに代えて,引用例2に記載された回転円弧状又は球面状カッターを使用したときに,その復旧面積が当然に広くなるというものではなく,仮に広がるとしても程度の差にすぎないと解される。当業者は,使用するカッターの性質や作業性等を適宜勘案し,その現場の要請に則して妥当な復旧面積を決定し,マンホール蓋枠取替え工法を実施するものであるところ,復旧面積の広狭は,その現場に合ったマンホール蓋枠取替え工法を実施しようとすれば,その現場ごとに,一定程度,変動するものであるから,復旧面積が仮に広がるとしても,その一事をもって,引用発明に引用例2に記載されたカッターを採用することに,阻害要因があるとまでは認められない」と結論づけました。
また、本判決は、原告の「カッターによる切断面の下端が下枡に設置された蓋受枠の外周より外側となる位置にすることは,蓋受枠及び下枡とカッター切断面との間に距離が確保されるから,この空間に補強用鉄筋を網目状に配置してマンホール補修部分の強度を更に補強することができ,また,下枡の外方に切り込みを入れることによりすりつけに必要な距離を確保することができるとして,技術的な意義がある」旨の主張に対し、「カッターによる切断面の下端が下枡に載置された蓋受枠の外周より外側となる位置とすることは,舗装を蓋受枠ごと取り出すという目的を考慮すると,当然に行われるものということができるし,切り込みを入れる位置は,蓋受枠の外周より外側であればよいものであって,下枡の外方であることに特段の技術的意義があるものではない」と判断しました。
4 本判決は、課題の認定について、「この種の工事作業において,作業性の向上を図り,作業を容易にしようとすることは,安全性の確保や工費節減,工期短縮などと同様に,またそれらを達成するために,設計者や工事作業者,工事監督者を含む当業者において, 当然に考えることであるから,引用発明のマンホール蓋枠取替え工法において,それぞれの工程の作業を容易にしようとする課題が存在しているということができる」と述べて、文献の記載を必要としていない点、及び、要素技術の置換について、「関連する技術分野に置換可能な公知又は周知の技術手段があるときは,当業者であれば,その技術手段の転用を試みるものである」、「引用発明と引用例2に記載された発明は,いずれも,本件発明と技術分野が同一又は相互に関連する発明であるから,その一の発明に置換可能な技術手段があるときは, 他の発明に当該技術手段を適用しようと試みることは,当業者の通常の創作能力の発揮ということができ」るとの一般論を述べた点において参考になります。
以上
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