1はじめに
「会社法で企業不祥事を防げるか」は、大王製紙とオリンパス事件に関して、主として会社法という観点から大杉先生が検討を加えたものであり、示唆に富む論考である。また、両事件の簡にして要を得た要約ともなっており、コーポレート・ガバナンス及びコンプライアンスに関心を持つ者にとって必読文献といえる。
2 大王製紙事件について
大杉先生は、特別調査委員会の報告書をソースとして、同事件を以下のように要約されている。「大王製紙では、創業家の3代目である元会長が、7つの子会社の常勤役員に対して「明日までに○○億円を口座に振り込むように」などと一方的に指示して、平成22年5月から23年9月までの間に計26回にわたり、子会社から元会長へ合計で100億円を超える額の貸付けを行わせていた。貸付金は元会長の遊興費に充てられていた。これは、私利私欲による単純な犯罪であり、組織性はほとんどない」。
その上で、大杉先生は、会社法(及び金商法)の観点から分析を加え、会社法及び金商法上は、「取締役や監査役、監査法人が不正を疑わせるような情報に接したときには、それを相互に伝達しなければならない(会社法357条、382条、397条、金商法193条の3)。監査役・監査法人は、監査に必要な情報提供を役員・従業員に対して求めることができる(会社法381条、396条)」と述べられ、さらに、「日本監査役協会が制定した監査役監査基準では、監査役が会社の内部統制部門と定期的に協議の場を設けたり、監査法人と連携することが、強く推奨されている(34条、44条等)」と述べられている。このような取締役、監査役、会計監査人間の連携は、不祥事の拡大を防止するために当然に必要とされるものであり、また、この連携義務づけ規定が機能することは。不祥事の拡大防止にとどまらず、不祥事の発見可能性が高まることにより、結果として、不祥事そのものを防止する機能を果たすと思われる。
しかし、大杉先生によると、「大王製紙においては、監査役や監査法人、経理部・事業部門の間では、定期的な打ち合わせ等の連携が不十分であった。そのため、一部の取締役や監査法人は比較的早い時期に貸付けの事実を認識していたが、他の役員にこれを知らせることはしなかった」とのことである。すなわち、大王製紙においては、連携義務づけ規定が機能不全に陥っていたことが、不祥事の拡大を防止できなかったといえる。この原因としては、取締役、監査役、会計監査人が、大王製紙グループに大きな影響力を有する井川親子から独立していなかったことが考えられる。角度を代えて述べると、井川親子の意向には逆らえない又は意向に反する行為は避けたいという空気による強制力が法令遵守の精神を凌駕したといえるのかもしれない。また、「独立」又は「空気による強制力」の持つ意味合いは、会社という共同体の内部者と外部者とで異なるのと思われる。まず、社外取締役・社外監査役について考えると、取締役の知人・取引先が選任されているようである。「知人」は、人間関係に縛られるし、取引先は、仕事の発注が途絶えることを恐れるであろう。会計検査人は、会計監査人を交代させられたくないというインセンティブが働いたのであろう。
さらに、調査報告書をみると、大王製紙は、コンプライアンスの観点から、リーガルマインドを遵守する風土の醸成に取り組んできたというが、創業家による権限濫用に対する特段の措置はなく、そのような問題意識もなかったといのことであり、また、内部通報制度については、社内の最終報告者が元会長であったとのことであり、創業家の権限濫用等については、内部通報制度は機能するはずがない仕組みであった。
コンプライアンス体制にせよ、内部通報制度にせよ、創業家(井川親子)の行動については、聖域であり、完全な治外法権が形成されていたといえよう。
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