知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

職務発明改正対応実務II

2016-01-27 15:37:33 | 職務発明

(前承)

2 法人原始帰属

2-1 事前取得規定とは何か

事前取得規定とは、職務発明についての特許等を受ける権利について予約承継を定める規定がある場合であっても、特許等を受ける権利を法人に原始的に帰属させるという効果を発生させるものである。この事前取得規定はテクニカルな条文であり、一読して意味が取り易いものではなく、一部に混乱が生じているようである。すなわち、シンプルに考えれば、法人原始帰属を選択するためには、職務発明規定等において、「職務発明についての特許を受ける権利は当社に初めから帰属する」というような規定を法的に有効である旨を規定すれば良い。そのような法制度を採用すれば、会社は、権利の帰属に関し、このような規定を採用するか否かを選択できることになる。しかし、そのような法制度にすると、現在職務発明規定を有しており、かつ、法人原始帰属を選択したい全ての会社は、発明者帰属を前提とする職務発明規定を変更するという負担を負うことになる。改正特許法35条3項は、そのような負担を回避するために、予約承継を前提とする規定であっても、法人原始帰属を実現できる[2]という立法技術を採用したのである。

それでは、どのような規定であれば事前取得規定といえるのであろうか。この点が不明確であるため、一部に混乱が生じている。

例えば、「職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する」との規定であれば事前取得規定に該当することに疑問の余地はない。また、「発明者は、職務発明を行ったときは、会社に速やかに届け出るものとし、会社が必要と判断した場合には、会社は当該職務発明に関する特許を受ける権利を取得する」という規定は、事前取得規定に該当しないことが明らかである。

問題は、これらの中間的な規定の場合である。例えば、「職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する。但し、会社がその権利を取得する必要がないと認めたときは、この限りではない」(以下「原則例外規定」)という規定の場合はどうか。この場合については見解が分かれるだろう。すなわち、原則を規定している本文を重く見て事前取得規定であると解する見解と但書きとして例外が規定されている以上事前取得規定ではないとする見解である。

この点については、原則としては但書きを無視することはできず、事前取得規定で該当しないが、当該会社の実態として但書きが適用されたケースがなく但書きが空文化している場合には事前取得規定に該当すると解するべきである。けだし、同法35条が職務発明規定の趣旨と効果とに意図的な齟齬を設けた前提は、職務発明についての特許等を受ける権利について常に予約承継が実行されている会社であれば、事実上、法人原始帰属を規定した場合と相違がないことに求められるところ、当該会社の実態として但書きが適用されたケースがなく但書きが空文化している場合には、事実上、法人原始帰属を規定した場合と相違がないと解されるからである。逆に、当該会社の実態として但書きが適用されたケースがある場合には、事実上、法人原始帰属を規定した場合と相違がないとはいえないため、原則例外規定は事前取得規定に該当しないことになる。

 

2-2 法人原始帰属を選択すべきか

職務発明に関する特許等を受ける権利は、殆どの場合、その完成と同時に会社に承継されているのが実態である。しかし、このような実態は不安定である。例えば、従業員が職務発明を完成させた直後にライバル企業に転職し、職務発明に関する特許等を受ける権利をライバル企業に譲渡し、当該ライバル企業が出願をした場合には、ライバル会社に職務発明に関する特許等を受ける権利を奪われるという事態[3]が生じ得る。このような事態を回避するためには、法人原始帰属を選択することが必要である。また、青色発光ダイオード事件中間判決[4]のように特許等を受ける権利が従業員に帰属しているか否かという問題発生を回避するためにも法人原始帰属を選択することが必要である。

 

3 相当の利益

3-1 相当利益請求権の趣旨等

改正法における従業員の権利は「相当の利益」を請求する権利である 。法文上、「相当の利益」は「金銭その他の経済上の利益」のことをいうと定義されているが、その意味内容は一義的に明らかではないため、以下この点を検討する。

 

3-1-2 相当利益請求権の趣旨

前記のとおり、改正法が発明者に相当利益請求権を付与した趣旨については、発明として結実した発明者の特別の努力と能力を評価し、将来の発明を奨励するために政策的にインセンティブを与えるため と解される 。すなわち、改正特許法35条は、職務発明に関して発明者に権利を付与する目的が将来の発明の奨励であることを明確化したものといえる。

 

3-1-3「経済上の利益」という歯止め

もっとも、改正法は、政策的にインセンティブを与えるという趣旨を徹底したものではなく、単なる表彰などの非経済的な利益を排除している。ここで、経済上の利益といえるか否かについては、究極的には、「使用者が経済的負担をすることにより発明者が享受できる財物又はサービス」か否かにより判断されるべきと解される 。

 

3-2 判断基準

以上の理解を前提として、「相当の利益」といえるか否かの判断基準について検討する。3-2-1 経済性

第1に、「経済上」の利益である必要がある。これは法文上要求されるものであり、当然のことである。

ここで、「経済上」の利益とは金銭又はその代替物若しくは換金可能性があるもの(以下「金銭等」)である必要はない。なぜなら、後述のとおり、金銭等以外のものであっても、「使用者が経済的負担をする」ことの結果として、「発明者が享受できる財物又はサービス」はあり得るからである。

 

3-2-2 牽連性

第2に、発明との牽連性が必要とされる[5]。なぜなら、前記のとおり、「相当の利益」は発明として結実した発明者の特別の努力と能力を評価し、将来の発明を奨励するための報奨である以上、どの発明に対する報奨であるかが明らかになる必要があるからである。言い換えれば、どの発明に対してどのような報奨が付与されたのかが発明者に対して明らかになっていなければ、当該報奨は将来の発明に対するインセンティブとして機能しないからである。

 

3-2-4 個人性

第3に、発明者個人が享受できる利益であることが必要である。これは、法文上、発明者の権利が、「相当の利益」を「受ける権利」と規定されていることに加え、発明者個人が享受できる利益を与える権利であった相当対価請求権との間のインセンティブとしての実質的同等性を確保するために求められるものである。

 

3-3 具体例の検討

以上の議論を踏まえて、いわゆるガイドライン最終案(パブコメを経た指針案のことを指す)の記載を参照しつつ、「相当の利益」の具体例について検討する。

3-3-1 ガイドライン最終案に規定のあるもの

「相当の利益」の具体例として、ガイドライン最終案には以下のものが規定されている。

① 使用者等負担による留学の機会の付与

② ストックオプション

③ 金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格

④ 法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与

⑤ 職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定又は通常実施権の許諾

これらのうち、①、②及び④については換金可能性がないが、このことは、これらが「相当の利益」に該当するとの判断を妨げない。

 

3-3-2 ガイドライン最終案に規定のないもの

ガイドライン案には、「メダル付きの表彰」は規定されていないが、従業員間の人的関係が密接である中小企業においては、「メダル付きの表彰」はインセンティブとしては極めて有効と解される 。もっとも、牽連性を確保し、それを証拠化しておくことが重要である。

また、以下の理由から、「研究施設の整備」も「相当の利益」に該当すると解するべきである。すなわち、整備された研究施設を利用できることは、「発明者個人が享受できるサービス」であるから、個人性の要件は充足する。そして、それは、「使用者の経済的負担」によるものであるから、経済性の要件も充足する。従って、「研究施設の整備」は、牽連性の要件を充足する限り、「相当の利益」に該当するというべきである。

これに対し、「研究施設の整備など労働者個人に権利として帰属するといえないものをこれに含めることはできない」として、「研究施設の整備」は「相当の利益」に該当しないという見解がある[6] 。確かに、「研究施設」の所有権は使用者に帰属する。しかし、発明に対するインセンティブの観点から重要なことは、発明者に所有権が帰属するか否かではなく、発明者が充実した研究環境の利用というサービスを享受できるか否かであるから、この見解には賛同し難い。

 

4 調整手続[7]

4-1 協議開始のタイミング

改正特許法第35条6項は、会社と従業員との間の利益を調整する手続である協議、開示及び意見聴取の在り方について、経済産業大臣の定める指針(ガイドライン)において規定されることを定めている。このガイドラインは改正法施行後に公表されるものであるため、本稿執筆時点においては、パブコメを経たガイドライン案(以下「ガイドライン最終案」)が最新版となる。従って、現在特段問題がない場合には、改正法施行後に協議を開始することで十分であろう。これに対し、改正法施行に合わせて職務発明規定を変更する場合には、ガイドライン最終案の規定を参照しつつ、協議を開始することも可能である。いずれの選択肢を採用するかは経営状況に応じて判断すれば良い。

また、まずは特許等を受ける権利の帰属を法人原始帰属に変更するための職務発明規定変更を行い、次に、従業員の権利を変更するための職務発明規定の変更を行うこと(二段階方式)も考えられる。

 

4-2 協議等の在り方

4-2-1 基本的考え方

ガイドライン最終案は、37頁に亘るものであるが、これを読み解いて具体的な協議等の方法をイメージすることは困難である。従って、この点については、協議等が求められる趣旨に遡って検討することが有益である。そこで協議等が求められる趣旨を考察すると、それは、相当利益の決定方法の基準及び当該基準の適用にあたり、従業員と会社との意見交換を通じて、最適なインセンティブ体制を構築し運用することにあることが分かる。この観点からすれば、重要なことは、①会社からの提案される職務発明規定案を対象とする従業員との質疑応答を充実化すること、②当該職務発明規定の対象となる従業員からその策定に関する同意を取得することを目標とすること、及び③(意見聴取手続の一環としての)異議申立手続を充実化することである 。

 

4-2-2 質疑応答の充実化

質疑応答の方法として、説明会を開催する方式(以下「説明会方式」)と電子メール等により実施する方式(以下「非説明会方式」)とがある。

従業員の数は多くない中小企業の場合には、説明会方式が基本となろうが、説明会方式と非説明会方式を、併用することも考えられる 。

 

4-2-3 同意を取得すること

改正法においても、職務発明規定を策定する場合において、対象となる従業員全員の同意を得る必要はなく、実質的に協議が尽くされたと評価できれば足りる。しかし、実質的に協議を尽くすのであれば、できる限り多くの対象従業員から同意を取得する方が、改正特許法35条5項に規定する合理性(以下「新5項合理性」)を確実に獲得できるメリットがある。90%以上の対象従業員から同意を取得できれば、裁判所が、新5項合理性を否定するリスクは殆どゼロになるだろう。

 

4-2-4 異議申立手続の充実化

異議申立手続が利用される局面においては、会社と従業員との間に深刻な見解の対立がある場合があるから、異議申立手続においては、第三者が仲介する方式(以下「第三者仲介方式」)を採用することが基本となろう。ここでは、第三者仲介方式が形骸化しないように、顧問弁護士以外の弁護士に仲介役を依頼する等の工夫が求められる。

第三者仲介方式以外のものとして、事務効率又は費用の観点から、従業員の疑問に対して会社が説明を行う方式(以下「説明義務方式」)もあり得る。説明の回数及び内容の具体性については個別に判断していく他ないが、少なくとも1回の回答により十分と判断されるとは限らないことに留意するべきである。

どちらの方式を採用するかについては、会社の規模等に応じて選択することになる。第三者仲介方式と説明義務方式とを併用することもあり得るし、異議の内容に応じて使い分けることも可能であろう。

いずれにしても、相応の異議申立手続を採用し、その内容を職務発明規定に定めることが必須である。

 

4-3 新入社員との協議

職務発明規定は協議及び意見聴取の対象になった社員についてのみ拘束力があると解されている。ここで問題となるのが新入社員との協議である。

現状の実務に照らすと、新入社員との間で入社前に又は入社直後に職務発明規関する協議[8]をすることは効率的ではないし、翻ってみれば、職務発明規定に関する協議は従業員が職務発明を完成する前に実施されていれば足りるものである。従って、協議は、研究開発部門に配属の際又は2年目研修等において実施することが現実的である。

 

5 司法審査の限界

5-1 現行法下の学説―プロセス審査説

「相当の利益」についての司法審査の在り方を検討する前提として、現行法下の「相当の対価」についての司法審査の在り方についての学説[9]を参照しよう。

現行法下においては、いわゆるプロセス審査説が有力に主張されている。すなわち、土田教授は、「職務発明に関して、当事者が実質的交渉を十分に行い、対価決定のプロセスに問題がなければ、原則として対価を相当と解すべきである」と述べつつも、他方、「実質的交渉が尽くされたとしても、対価の決定基準が著しく不合理であったり、算定された対価が発明の価値に比してあまりにも過小であれば、35条の趣旨に鑑み、対価の相当性を否定すべきである」として、実質的交渉が尽くされた場合であっても、裁判所による例外的内容審査があることを肯定している[10]

同様の見解を示したと思われるものとして、近時、神谷判事により発表された論文がある[11]。同論文は、手続重視の解釈論を展開しつつ、実体的側面(基準の内容、対価の額)の考慮について、「手続が適正に履践されているのであれば、通常は、策定された対価算定規程の内容は妥当なものとなっているはずであるし、また、そのように認定されるべき」であり、「そのような対価算定規程に的確に基づいて算定された額も、合理的なものと認定されるべき」と述べた上で、「手続が適正に履践されていると評価できるのであれば、基準に基づいて算定された対価の額については、原則として、そのまま是認されるべき」と結論付けつつも、他方、手続が適正に行われている場合であっても、「一見して不合理といえるような規程に基づく算定を否定するとか、発明の価値に比して極めて低額な対価の支払いを否定するというような限られた場面」においては、「実体的要素が不合理性を肯定する事情として有効に働く」とも述べており[12]、手続が適正であっても例外的に内容審査を行う場面があることを肯定している。

 

5-2 検討―自主性尊重説

プロセス審査説の手続重視の思想は基本的に賛同できるものであり、これは改正特許法においても妥当するものである。

他方、プロセス審査説が、「実質的交渉が尽くされた」場合や「手続が適正に行われている」場面において、例外的ではあるにせよ、裁判所の内容審査を肯定することは、手続重視の思想を貫徹していないという点において疑問があると言わざるを得ない。

現行法はもとより、その手続重視の思想を継承した改正特許法においては、「相当の利益」に対する裁判所の司法審査は、手続審査に限定されるべきであり、裁判所は、健全な労使環境の下で自主的に決定された労使協定・就業規則等に基づく適正な手続にて導出された「利益」を尊重し、これを以て、改正特許法に定める「相当の利益」と認めるべきであって、例外を設ける必要はないし、適切でもない(以下「自主性尊重説」)[13]

このように、自主性尊重説がプロセス審査説と異なり例外的な内容審査を否定する理由は以下のとおりである。

第1に、プロセス審査説が例外的に内容審査を肯定する場面は、そもそも適正な手続が履践されていないか[14]、あるいは、第三者からは一見不合理に見えても、当該会社の実情や発明が事業化に至る過程を精査すれば不合理ではないといえる場面であると解される。すなわち、例えば、曖昧で恣意的な導出を許容する内容の基準に従って相当の利益を導出しても、それは適正な手続に基づいた相当の利益の導出とはいえないし、そもそも、そのような基準は、弁護士等の適切な専門家のアドバイスを受けて作成されたものではないことから、基準策定に関する手続の適正さを欠いているともいえる。また、業績の浮き沈みが激しく、かつ、発明から事業化への距離が遠い(あるいは確率が極めて低い)事業形態の会社であれば、発明に対する報奨金が一律低額であったとしても必ずしも不合理とはいえない[15]

第2に、「相当の利益」の例としてガイドライン案にも明示されている「留学の機会の付与」や「金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格」の価値と発明の価値との大小比較は裁判所の能力を遙かに超えるものである。また、仮に、「相当の利益」と「発明の価値」の大小比較が裁判所により可能としても、その価値の不均衡が発明に対するインセンティブを不当に阻害するものであるか否かの判断は、会社全体のインセンティブ施策並びにイノベーション促進のための方策及び体制等も踏まえてなすべきものであるところ、そのような判断は、証拠に基づき事実を認定し、要件事実の該当性を判断することを基本とする司法判断には適合せず、それを裁判所に求めることは法的安定性を害するというべきである。

以上のとおりであるから、「相当の利益」に関する裁判所の司法審査は手続審査に限定されるべきである。すなわち、裁判所は、「相当の利益」の内容が、健全な労使環境の下で決定された労使協定・就業規則等に基づく適正な手続により導出されている限りにおいて、「相当の利益」を与えることの合理性を肯定するべきであって、手続の適正さが認定できない場合には、「相当の利益」を与えることの合理性を否定し、改正特許法35条7項に従い、「相当の利益」の内容[16]を決定すべきものである[17]

 

第4 基本的制度設計

1 決定方式

1-1 金銭の場合

1-1-1 「早期」かつ「適正」という要請

従業員に相当利益請求権が付与されている趣旨は、現に完成された職務発明に関する特許等を受ける権利が法人に帰属することの見返り又は報酬ではなく、将来の発明を奨励するためにインセンティブを与えることにある。従って、交付する相当の利益が金銭の場合には、職務発明完成から可能な限り早期に適正額を支払う仕組みにする必要がある[18]。この「早期」という要請と「適正額」という要請はトレードオフの関係にある。どちらをどの程度優先するかは、インセンティブとしての効率性と公平性の観点から、会社の実情に応じて決定すれば良い。

 

1-1-2 適正額をどう決定するか

会社として出願できる発明を奨励するのであれば、出願後に出願報奨金(出願支払金)を支払うべきであるし、特許として登録される発明を奨励するのであれば、登録後に登録報奨金(登録支払金)を支払うべきであり、また、事業化されて売上げ又は利益を生む発明を奨励したいのであれば、一定の算定期間内の実績を算定した上で実績報奨金(実績支払金)を支払うべきである。

出願報奨金及び登録報奨金に関しては、一定額を定める方式(以下「定額方式」)と発明の技術的価値を評価してランク付けをし、その評価に応じた金額を支払う方式(以下「ランク方式」)とがあり得る。さらに、定額方式の変形として、発明のカテゴリー毎に事前に規定した金額を支払う方式(以下「カテゴリー方式」)もある[19]。どれを選択するかはインセンティブとしての効率性と公平性の観点から、会社の実情に応じて決定すれば良い。

 

1-2 金銭以外の場合

1-2-1 選択肢

前記のとおり、金銭以外の相当利益の選択肢としては、以下の7つがある。

① 使用者等負担による留学の機会の付与

② ストックオプション

③ 金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格

④ 法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与

⑤ 職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定又は通常実施権の許諾

⑥ 研究環境の整備

⑦ メダル付きの表彰

 

1-2-2 検討

これらについて現実的に採用可能か否かを検討する。

(1)「使用者等負担による留学の機会の付与」は、留学先との調整に困難を伴うことが予想される。

(2)「ストックオプション」は、ベンチャー企業を除き、財務政策・資本政策の問題であるから、社内調整が難航することが予想される。

(3)「金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格」は、人事政策の問題でもあり、また、牽連性の確保に困難を伴うと予想されるから、現実的ではないであろう。

(4)「法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与」は、発明者にリフレッシュの機会を与えるという意味で有効とも思われるが、法定の有給の消化率が低い会社では現実的ではないであろう。

(5)「職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定又は通常実施権の許諾」は、大学等の特殊な環境の法人以外の利用は想定されていない。

(6)「研究環境の整備」については、前記の通り有力な反対説があるから、現時点では採用しない方が賢明である。

(7)「メダル付きの表彰」は、既に実例もあるところであり、フェスティバル化する等の工夫を施すことにより、大きなインセンティブ効果が期待できるものであり、推奨できるである。

 

2 「補償」という文言ではなく「報奨」という文言を採用すること

前記のとおり、従業員に相当利益請求権が付与されている趣旨は、現に完成された職務発明に関する特許等を受ける権利が法人に帰属することの見返り又は報酬ではなく、将来の発明を奨励するためにインセンティブを与えることにあるが、「補償」という文言は、「見返り」という趣旨を含意しているため適切ではなく、「奨励」というニュアンスを含む「報奨」という文言が適切である。

 

3 実績補償方式の採用には慎重を期すべきこと

多くの企業は、実績に連動して補償金を支払う方式(以下「実績補償方式」)を採用している。しかし、「実績補償方式」には従業員間の公平を害する等の様々な弊害が指摘されているところであり 、それを採用するか否かの判断は慎重に行うべきである。

 

4 秘匿化したノウハウの取り扱い

前記のとおり、相当利益請求権は将来の発明を奨励するためのインセンティブとして発明者に付与されたものであるから、当該発明が特許として出願されずノウハウとして秘匿化された場合であっても、会社は従業員に対し相当の利益を交付する必要がある 。

この点について、特許庁が公表している中小企業用ひな形の最終頁の注には、「職務発明について特許出願せずノウハウとして秘匿した場合については、例えば発明者に付与する相当の利益の内容を特許出願した場合とは異なるものとする等、特許出願を行った場合とは異なる規定を設けることも可能です」とあるがものの、出願するか(あるいは秘匿化するか)否かの判断は会社の判断であり発明者の関与しない事情であるから、特段の事情がない限り、ノウハウとして秘匿化した場合であっても出願した場合と同様に取り扱うべきであろう。

 

 


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