知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

職務発明改正対応実務I

2016-01-27 15:34:25 | 職務発明

職務発明制度改正対応の実務

 

第1 はじめに

昨年7月、職務発明制度に関する改正法(以下、改正された特許法を「改正特許法」)が成立し、本年4月に施行されることが確定した。改正特許法に関しては、同35条6項に規定する「指針」(いわゆる「ガイドライン」)について、パブコメを経たガイドライン案(以下「ガイドライン最終案」)及びQ&Aが公表されているが、未だ検討すべき課題も多い。本稿は、現時点における当職の改正特許法35条についての理解を示すことにより幅広く充実した議論を喚起することを目的とするものである。

 

第2 改正経緯

1 改正への動きの出発点

改正経緯については既に様々な文献が発表されているため[1]、必要な範囲に限定して簡単に言及することにしたい。

改正への動きの出発点は、旧法下において、オリンパス事件最高裁判決 が、使用者が職務発明規定に基づき支払った額が「相当の対価」に満たない場合には、発明者はその不足額を請求できるという判断を下したことに遡る。そして、その後、青色発光ダイオード事件終局判決 等において、数千万以上の極めて高い金額を相当の対価の額として認めた一群の下級審裁判例が現れたこと等に対し、産業界から職務発明制度の見直しを求める声が高まり、旧法から現行法への改正がなされた。

 

2 現行法の問題点

この改正のポイントは、手続重視の思想を明確に打ち出したことである。すなわち、現行法35条は、相当対価の決定方法について、4項において、「対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等」を考慮し、その定めたところにより対価を支払うことが不合理とはいえない限り、使用者が算定した金額が法定の「相当対価」となることを認め、不足額の請求を否定する仕組みを採用している。言い換えれば、使用者の定めた基準が、発明者に対して拘束力を有することと認めている現行法においては、健全な労使交渉により決定された合理的な基準により合理的に算定された対価が法定の「相当対価」であることになり、不足額の請求は否定されることになる。

しかし、現行法においても以下の3つの問題が残存すると指摘されていた。第1の問題は、従業者等との間でどのような協議をし、どのような意見聴取をすれば、4項の求める合理性(以下「4項合理性」)を充足するかが不明ということである。第2の問題は、「相当の対価」という文言が残存していること等の理由から、旧法と同様に、極めて高い金額が相当の対価の額として認定されてしまうのではないかとの強い懸念があることである。第3の問題は、職務発明に関する特許等を受ける権利が従業員等に原始的に帰属することに伴う二重譲渡問題に関する新たな懸念が浮上したことである。

 

3 改正のポイント

そこで、これらの問題点を踏まえ、イノベーションを促進し、産業の競争力を強化する等の観点から、以下の3点を含む改正がなされた。第1は、従業員等との協議及び意見聴取の在り方について、法に基づく告示という形式により経済産業大臣が指針(ガイドライン)を策定するとの規律が採用されたことである。第2は、「相当の対価」を「相当の利益」に変更し、従業員等に権利を付与する目的が将来の発明に対するインセンティブ(奨励)であることがより明確にされたことである。第3は、職務発明に関する特許等を受ける権利について法人原始帰属(職務発明完成後において職務発明に関する特許等を受ける権利が初めから法人に帰属すること)を選択することが可能となったことである。

 

第3 改正特許法35条の検討

1 改正35条特許法の構造

改正特許法35条の構造は以下のように整理できる。

ア 第1項において、職務発明における法人の通常実施権を規定し、法人による職務発明の実施を可能としている。

イ 第2項において、職務発明以下の発明について、予約承継の規定等を無効としている。この反対解釈により、職務発明については、予約承継が可能となると解されている。

ウ 第3項は新設規定である。その内容は、「従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許等を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許等を受ける権利は、その発生したときから当該使用者等に帰属する。」というものである。つまり、「あらかじめ使用者等に特許等を受ける権利を取得させることを定めた」という要件を充足する場合、ここにいう「取得」が、特許等を受ける権利の発明者から法人に対する承継取得を定める趣旨であっても、特許等を受ける権利の原始取得という効果が発生すると擬制する(みなす)というものである(以下「事前取得規定」)。

エ 第4項は、旧第3項における「相当の対価」という文言を「相当の利益」に変更したものである。

オ 第5項は、旧第4項における「相当の対価」という文言を「相当の利益」に変更したものである。

カ 第6項は新設規定である。その内容は、第5項に定める協議の状況等について、経済産業大臣による指針を定め公表することを規定している。

キ 第7項は、旧第5項における「相当の対価」という文言を「相当の利益」に変更したものである。

結局のところ、ポイントは以下の3点である。

A:事前取得規定がある場合、一律に、特許等を受ける権利が法人に原始的に帰属という効果を発生させていること

B:「相当の対価」請求権を「相当の利益」請求権に変更したこと

C:協議の状況等について法律に根拠を有する指針を定め公表することを規定したこと

 

検討事項

対応

従業員等との協議及び意見聴取の在り方

法に基づく告示という形式により経済産業大臣が指針(ガイドライン)を策定

従業員等の権利の内容

「相当の対価」を「相当の利益」に変更

職務発明に関する特許等を受ける権利の帰属

法人原始帰属(職務発明完成後において職務発明に関する特許等を受ける権利が始めから法人に帰属すること)を選択することが可能

 

 

 


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