知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

職務発明に関する実務的問題点・留意点

2015-12-25 14:45:45 | 職務発明

1 退職者の取り扱い

1ー1 追跡を不要とする措置
実績補償方式を採用している場合、退職者に対して相当利益の支払いをするべき状況が生じる。しかるに、実務上、退職者のコンタクトが不明になることがあり、追跡を必要とすることがあるが、個人情報保護の流れの中、この追跡は困難を伴う。そこで、予め、追跡を不要とする措置を講じることが必要となる。

1-2 誓約書の取得
かかる措置として、まず、誓約書を取得することが考えられる。
誓約書の内容には、(ア)連絡先変更の場合に通知を義務づけること、(イ)通知がない場合には一定期間経過後相当利益支払請求権を放棄することを盛り込むべきである。
このような誓約書は、相対的に交渉力の弱い他立場にある発明者の権利を放棄させるものであるから、その有効要件は、(ア)明確性と(イ)客観的合理的理由である。
この客観的合理的理由としては、退職時の一時金の支払い及び制度運用費用を軽減する必要性などが考えられる。
いずれにせよ、誓約書の取得により退職者の追跡を不要とするためには、職務発明規定にその旨の規定を設けることが賢明である。
また、誓約書の取得時期については、合意の有効性を担保するために、退職時の他、入社時、研究開発部門配属時、プロジェクト参加時などに取ることが望ましいが、秘密保持契約書の取得時に併せて取得することが実務的であるといえる。

1-3 退職時における清算
次に、退職時に清算金を支払し、その後の支払いを不要とすることが考えられる。このような清算金の支払いによる解決は、使用者と発明者との合意に基づくものであるが、発明者の交渉力は相対的に弱いのであるから、その有効要件は、誓約書の場合と同様に、(ア)明確性と(イ)客観的合理的理由である。また、職務発明規定にその旨の規定を設けることが賢明であることも同様である。

1-4 職務発明規定変更時の協議の対象となるか
職務発明規定を変更する場合、退職者も協議の対象となるかが問題となる。実績補償制度を採用している場合、その部分に変更を加えることは、退職者の利害にかかわることであるから、少なくとも協議に参加する機会を与える必要はあるといわざるを得ない。、

2 ノウハウ(未出願発明)の取り扱い
2-1 はじめに
発明者の相当利益請求権は、「特許等を受ける権利」の取得に伴うものであるから、当該発明について特許として出願をしない場合にも、使用者は発明者に対して相当利益を支払う義務を負う。この点は誤解する向きも多いので留意が必要である。実質論としても、出願せずノウハウとすることを選択したのは使用者である企業の決断であるし、出願しないことを理由に、相当利益の支払いを免れることはない。むしろ、出願したとみなして報奨金を支払う必要があると解するべきである。
この点について、東京地判昭58・12・23【日本金属加工・連続クラッド板等】は,特許法35条の職務発明は、特許発明に限定されてはいないことを理由に、発明であれば、特許されたものであろうとなかろうと、同条の適用があるとし、ノウ・ハウについても、その内容が発明の実質を備えるものであれば、同条の職務発明となりうる旨判示し、相当利益請求権の成立を認めている。また、中山「特許法」81ページも、「35条は発明(2条1項)に関する規定であるが、その発明の特許能力までは要求していない。また5項では、従業者が受ける利益は「その発明により」使用者が受けるべき利益の額等を考慮して決められるのであり、特許発明(2条2項)84)であることまでは要求されていない。特許を受ける権利の譲渡時に一括で利益を支払う定めのある場合は、譲渡時に債権が発生するのであり、その後に使用者の都合で出願しなかった場合や、出願を取り下げたような場合でも利益の請求ができると解すべきである」と述べている。
もっとも、不正競争防止法に規定する営業秘密として管理していない場合には、当該ノウハウの独占力は法的に裏付けられていないから、超過売上高は発生せず、実績補償金の支払いが不要になる場合が多いし、出願もせず、営業秘密としても管理しないということは、当該発明の価値が低いことを推認させるものであるから、一括支払い方式によっても、支払額は、特許として出願した場合及び営業秘密として管理する場合と比較して小さくなるものと思われる。この点、中山「特許法」81ページも、「使用者は、その発明を特許出願する場合もあれば、ノウハウとして秘匿しておく場合もある。現行法の解釈としては、いずれの場合においても、それらが使用者に独占的利潤をもたらすものであれば、利益の支払が必要となろう。ただ現実問題として、特許権という法的な独占権がない場合には、その利益の算定には難しい点は残るであろう」と述べている。
これに対して、不正競争防止法に規定する営業秘密として管理していない場合には、当該ノウハウの独占力は法的に裏付けられていないから、超過売上高は発生せず、実績補償金の支払いが不要になる場合が多いし、出願もせず、営業秘密としても管理しないということは、当該発明の価値が低いことを推認させるものであるから、一括支払い方式によっても、支払額は、特許として出願した場合及び営業秘密として管理する場合と比較して小さくなるものと思われる。

3 無効理由を包含する発明
3-1 基本的考え方
無効理由を包含する発明であっても、独占的利益をもたらす限り実績補償の対象となる。けだし、無効審決が確定するまでは使用者等は当該特許発明を実施(許諾又は禁止)する権利を専有することができる(特68条)から,たとえ特許権に無効理由があったとしても当該特許権の行使の結果生じる独占の利益を享受できるからである(知高判平21・6・25平19(ネ)10056号【ブラザー工業・ラベルライター】)。

3-2 自己実施の場合
自己実施の場合には、特許の存在が競争力の優位性に貢献しているか否かが考慮要素となる。この点、特許出願前の公然実施の無効理由の存在と,その無効理由を競合他社も知っていたことを理由として,既に支払われた額を超える利益請求権の存在を否定した大阪地判平18・3・23【キヤノンマシナリー・微小ワーク片認識法】がある。
また、前記ブラザー工業・ラベルライター判決は、使用者等が当該発明を現に実施して利益を得ている場合に利益請求訴訟を提起されて初めて無効理由の存在を主張することは、無効理由の存在するためおよそ独占の利益の発生を考慮できないような例外的な事情のない限り,35条旧3項,4項の趣旨や禁反言則に反し許されない旨述べている。

3-3 実施許諾の場合
実施許諾の場合には、ライセンス収入がある場合には実績補償の対象となる。もっとも、ライセンス契約上、対象特許が登録後に無効とされた場合には既払いのライセンス料を返還する特約が付された場合には、使用者が発明者に対して既払いの金員の返還を求めることができるか否かが問題となる。これは、特許が登録後に無効となるリスクを使用者と発明者のいずれが負担するかの問題であり、職務発明規定にて定めるべき問題である。実務的方策としてには、既払いの金員の返還を発明者に求めることは困難であり(特に退職者の場合)、無効リスクを考慮して利益額を算定することが考えられる。

4 グローバル化対応
4-1 基本的考え方
職務発明に関する法律問題が渉外的要素を含む場合、どの国の法律が適用されるかという問題がある。例えば、日本の企業と雇用契約を締結している従業者等が外国で発明を行った場合や,日本で生まれた職務発明を外国で特許を得るべく出願された場合等が考えられる。
このような渉外的要素を含む法律問題の準拠法については、法の適用に関する適用通則法(以下「適用通則法」)の7条(もしくは旧法例7条)により,当該債権的契約の当時に,当事者が選択した国の準拠法による。
この点、最高裁は、「外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその利益を請求できるかどうか,その利益の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の利益に関する問題は,譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず,譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題である」と述べ,属地主義によるべき問題ではなく,債権的法律行為の効果に関する問題と法性決定を行いつつ,「譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ,どのような効力を有するのかという問題については,譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべきであり,その準拠法は,特許権についての属地主義の原則に照らし,当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律であると解するのが相当である」と判示している(最判平18・10・17【日立製作所・光ピックアップ】)。
従って、特許法35条に規定する相当利益請求権の有無及び金額は当事者の準拠法選択の問題であることになる。そして,当事者による準拠法の選択がない場合には,当該法律行為の当時において当該法律行為に最も密接な関係がある地の法による(適用通則法8条)。また,当事者は準拠法を事後的に変更することも可能である(適用通則法9条)。
さらに、同判決は、特許法35条が、外国の特許を受ける権利についても適用されることを否定しつつ、「その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するとし,従業者等が35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う利益請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である」と判断している。

4-2 対応
まず、特許法35条に規定する相当利益請求権の有無及び金額は当事者の準拠法選択の問題であるから、職務発明規定に定めておくか、あるいは契約を締結しておくべきである。特に、外国人研究者をヘッドハンティングしたような場合には、契約書において手当てすべきであろう。
次に、どの国の法律を選択するべきかである。この点、各国の法制度の違いや企業の実情を踏まえて決すべきであるが、判断には困難が伴う。実務的には、雇用契約の準拠法に合わせるのが現実的であろう。
いずれにせよ、職務発明規定にその旨の規定を設けることが必要である。なお、日本企業と雇用関係にある日本人研究者を外国子会社に出向させる場合に生じる問題について後述する。

5 出向社員による発明
5-1 特許法35条における「使用者等」
5-1-1 「出向」の意味
出向とは、元の企業との間で従業員としての地位を維持しながら、他の企業においてはその指揮命令に従って就労することを指す。出向期間中は、基本的労働関係(従業員としての地位)は出向元に残るが、労働契約上の権利義務は出向先に譲渡されることになる。どの部分が譲渡されるかについて明示の合意がない場合には、労務提供請求権、指揮命令権等の就労にかかわる権利義務は出向先に移り、解雇権、復帰命令権等の労働契約の存否・変更にかかわる権利義務は出向元に残ると解釈される(水町「労働法」159頁以下)

5-1-2 「使用者等」の意味
この場合、特許法35条における「使用者等」が出向元なのか出向先なのかが問題となる。
特許法35条は、使用者が発明者に対して給与の支払い、研究及び事業化のためのリソース(人的物的資源)の提供を行うことを前提として使用者と発明者との利害調整を行った規定であるから、当該発明の人的物的資源の提供の主体が「使用者」となると解すべきである。
この点について、中山「特許法」は、「当該職務発明がなされるにあたり、当該従業者に対して指揮命令権があり、中心的な援助をなした者が当該従業者の使用者となる。35条にいう使用者とは、必ずしも労働法にいう使用者、あるいは雇用契約上の使用者とは限らず、発明の奨励によって産業の発展を図るという特許法的観点から判断すべきものである。そのような観点からは、給与の実質的支給者は誰かという点は最大のメルクマールになろうが、それだけではなく投資リスクの負担、研究施設の提供、研究補助者の提供、指揮命令関係等を総合的に勘案し、誰に通常実施権を認めるのが妥当か、誰に権利の承継を認めるのが妥当かという観点、裏から見れば、誰に発明への投資についてのインセンティヴを与えることが発明の奨励になるのかという観点から使用者を決定すべきである」と述べている(57ページ)。
出向の場合、発明者が就労する先は出向先であるから、人的物的資源の提供の主体は出向先であり、出向先が相当利益支払義務を負担することになる。もっとも、出向者が従事する研究自体が出向先が出向元に委託したものである場合等、出向元が給与の一部を負担したり、出向元が人的物的資源を提供することもあり、この場合の「使用者」の認定は困難な問題である。この点、出向元も給与の一部の負担及び人的物的資源の提供は、直接的には出向先に対するものであり、発明者に対するものではないから、この場合の、出向先が相当利益支払義務を負担することになると解される。
なお、中山「特許法」は、派遣社員による発明に関し、「派遣社員は派遣会社から給与を支給されており、形式的には派遣会社と雇用関係を有する従業者ということになるが、実質的には、被派遣会社から研究施設を提供され、被派遣会社の指揮命令の下にあり、被派遣会社の正規従業者と事実上類似の仕事を行っており、また発明の失敗のリスクは被派遣会社が負っている場合が多く、特許法上は被派遣会社が使用者となるであろう」と述べている(57ページ)。

5-2 職務発明規定の適用
出向先と出向元の職務発明規定が異なる場合、どちらの職務発明規定を適用すべきかという問題がある。この点については、職務発明規定は就労にかかわるものであるから、出向先の職務発明規定が適用されると解するのが自然であり、同一のプロジェクトに従事する研究者間の公平感を保つことが可能であって、実務的な解決策であろう。
もっとも、出向先の職務発明規定が出向元の職務発明規定よりも発明者に不利な場合には、出向先の職務発明規定を適用することに関して発明者の納得感が得られない可能性がある。この点は、出向命令の適法性の問題として整理することができる。すなわち、労働契約法14条は、出向命令について、その必要性(業務上の必要性)、対象労働者の選定状況(不当な動機・目的の有無)、及びその他の事情(労働者の被る不利益の大きさ)等を考慮して権利の濫用と認められる場合には、当該出向命令を無効とする旨規定している。職務発明規定の相違は、「労働者の被る不利益の大きさ」の一つの事情として考慮されるべきである。この点は、日本企業と雇用関係にある日本人研究者を外国子会社に出向させる場合も同様である。

6 取締役による職務発明
6-1 支払いの必要性
取締役による職務発明に対して相当利益を支払うことについては抵抗感を覚える企業が多いようである。この点、特許法35条の法文上は、相当利益の支払いが義務づけられているので、支払いの必要性は否定できない。そこで、実務的対応としては、役員報酬の中に相当利益を含める方策が考えられる。すなわち、職務発明規定に従って当該役員に支払うべき相当利益の金額を考慮した上で、役員報酬を決定するのである。この取り扱いについては職務発明規定に定める必要がある。

6-2 利益相反取引
取締役による職務発明に対する相当利益の金額の決定等が利益相反取引になるかという問題がある。
6-2-1 利益相反取引該当性
これが利益相反取引となる場合、会社法所定(会356条,365条,419条)の取締役会等の承認決議が必要となり,決議がない場合には,会社は,取締役または取締役が代理した直接取引の相手方に対しては常に取引の無効を主張できるが,第三者との関係においては,当該取引が利益相反取引に該当すること及び株主総会・取締役会の承認を受けていないことを当該第三者が知っていることを会社が主張・立証して初めて会社は同人に対して取引の無効を主張することができる(最判昭46・10・13民集25巻7号900頁など)。
この点について、中山「特許法」は、「取締役の発明の場合であっても、他の従業者と同じ定めによって画一的に処理される限り、株主総会や取締役会の承認は必要ないと解すべきである」と述べるが、実務的には、相当利益の金額の決定に際し判断者の裁量の余地がある場合には、利益相反取引に該当すると解しておくべきであろう。この問題は、取締役による職務発明に対する相当利益の算定方式を定額払い方式にすること又は個別同意により請求権を放棄させることにより対応すべきであると思われる(取締役に対してのみ特別の職務発明規定を設けることは可能である)。

6-2-2 承認なき譲渡の効果
もっとも、仮に、承認がない譲渡がなされた場合であっても、利益が高額である場合を除き、会社が無効を主張することは通常考えられないので、出願のために時間的余裕がない場合等には、事後の承認で対応することもあり得る。なお、利益が高額である場合も、譲渡自体を無効と解する必要はなく、不当利得の問題として対応すれば良いと思われる(中山「特許法」は、「一般論としては承認がない讓渡は無効であるが(通説)、譲渡を受けること自体は会社にとって利益以外の何ものでもなく、会社側から譲渡の無効を主張することは、通常考えられない。会社の利益を害するとすれば、当該特許権と比較して利益の額が異常に高すぎる場合に限られる。そうであるならば、讓渡の承認がないために譲渡自体を無効とすべきではなく、利益の額を問題とすべきであり、讓渡は有効とした上で、後は不当利得の問題で処理すべきである」と述べている:92ページ)。

7 変更の遡及適用の可否
7-1 問題点
職務発明規定を変更する場合、既発生の相当対価請求権の取り扱いが問題となる。すなわち、就業規則又は労働協約の変更により不利益変更は可能であるが、既得権は奪えない。従って、実績補償方式を一括払い方式に変更する場合であっても、変更時点で未発生の「特許等を受ける権利」の相当利益請求権は、一括払い方式により算定されることになり、企業のリスクを軽減することができるものの、変更時点で既承継の「特許等を受ける権利」の相当対価請求権は、実績補償方式により金額が算定される具体的権利として発生しているものであるから、これを一括払い方式により算定するように変更する(変更の遡及適用を肯定する)ことはできないものと一般に解されている。

7-2 解決策
7-2-1 清算金の支払い等による個別合意
実績補償方式により金額が算定される具体的権利として発生した権利を一括払い方式により算定するように変更することは、対象となる発明者の同意があれば有効である。その有効要件は、(ア)明確性と(イ)客観的合理的理由である。客観的合理的理由としては、清算金の支払い及び前記の実績補償制度の問題点が考えられる。

8 事情変更手続規定
職務発明及び企業を取り巻く経済的社会的情勢は刻々と変化するものである。従って、ある時点において健全な労使交渉の下で作成・変更された職務発明も、時代の変化に応じて変更する必要が生じるものである。
特に、実績補償方式を採用している場合、利益が高額になりすぎることから、変更の強い必要性が生じる。しかし、相当利益請求権は、「特許を受ける権利」の取得時において、具体的権利として発生すると解されていることから、事後的な変更は困難を伴うことは前述したとおりである。
この問題を回避するために、職務発明規定に「事情変更に基づく変更」についての規定を設けることが考えられる。すなわち、事情変更による場合、遡及的に権利の内容を変更する旨の規定を定め、事情変更の内容として、経済情勢の変化、会社の競争力の変化、コスト構造の変化、人事システムの変更等を規定することが実務的解決策である。

9 消滅時効
9-1 消滅時効期間
裁判例の大勢は、相当利益請求権は法定の債権であり、その消滅時効期間は10年(民法167条)と解している。

9-2 消滅時効の起算点
消滅時効の起算点は、権利の行使が可能なときからである(民法166条1項)。
相当利益請求権は、特許等を受ける権利の承継時から行使可能であるため、消滅時効の起算点は承継時となるのが原則である。これに対して、職務発明規定において弁済期を定めた場合には、その時点が消滅時効の起算点となる。(弁済期の規定がないものとして,承継時から起算するとしたものとして,大阪高判平6・5・27判時1532号118頁【ゴーセン・ガット/釣糸控訴審】,名古屋地判平11・1・27判タ1028号227頁【大井建興・連続傾床型自走式立体駐車場】,東京地判平16・2・24判時1853号38頁【味の素・アスパルテーム】がある)。

9-3 時効中断(債務の承認)
相当利益に関する紛争の中には、使用者による金員の支払いが「債務の承認」(民法147条3号)を構成し、消滅時効の進行が中断するか否かが争点になるものがある。
「債務の承認」といえるためには、まず、当該金員の支払いが「相当利益」の性質を有するものであることが必要であり、さらに、使用者が残存債務の存在を認識していることが必要である。
9-3-1 支払金員の性質
第1の点については、「功績表彰の副賞として授与した金銭は職務発明の利益ではなく,時効完成後の承認ではない」とした判示した裁判例がある(大阪地判平17・4・28判時1919号151頁【住友化学・変性重合体の製造法】)。

9-3-2 不足額の存在の認識
第2の点については、使用者が既払いの相当利益の金額が、法定の相当利益の金額を超えていないこと、言い換えれば、不足額の存在を認識していることが必要である。この点、使用者等が実施補償金の支払をした際に,従業者等は,特許法35条3項に基づいて,本件各発明に係る特許を受ける権利の相当の利益の支払を求める権利を有すること,すなわち,規程による補償金額が特許法35条の規定に従って定められる額に満たないことを知っていたとは認められないから,使用者等による実施補償金の支払は,民法147条3号所定の「承認」に当たるということはできないものとした裁判例がある(東京地判平18・5・29日判時1967号119頁【エヌティティアドバンステクノロジ・ホイールカセット型プリンタ】)

9-4 援用権の喪失
時効完成後の債務の承認については、判例は、信義則に照らして、債務者は消滅時効を援用することができないと解している。
この点、消滅時効期間満了後に会社が算定した実績補償金を支払ったという事実関係において,その支払は,相当の利益の支払債務について時効が完成した後に当該債務を承認したものというべきであるから,時効援用権が喪失するものとした裁判例として、東京地判平16・2・24【味の素・アスパルテーム】及び東京地判平14・11・29【日立製作所・光ピックアップ】がある。

10 共同発明者間の貢献度の認定  
新注解は、「職務発明が複数の者の共同発明である場合,その中に含まれている従業者等が使用者等に対して請求できる相当の利益の金額は共同発明者間における自己の貢献度に応じて計算される。各共同発明者が発明にあたっていかなる寄与をしたのか,あるいは発明による利益獲得に当たっていかなる寄与をしたのかについては,客観的な事実関係に基づき諸般の事情を考慮して,裁判所がその寄与度を認定することができる」とする。しかし、実務上は、まずは、共同発明者間の協議に委ね、協議が成立しない場合には、発明者数による頭割とすることになろう(民法250条が,各共有者の持分は,相等しいものと推定すると規定していることが参考になる)。
この点について、影山「共同発明者」は、以下のような定量的方法を提唱しており、さらなる深化が期待されるところである。

発明への寄与(程度)
= 原理への寄与+モデルへの寄与
= 原理のウエイト×原理への寄与の程度+モデルのウエイト×モデルへの寄与の程度

 


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