因果関係に関する高裁判示
太郎は、本件事故前は自宅で農作業等をして生活を送り、認知症の症状はなく食事などにも障害は全く見られなかった。ところが、本件事故によって入院した翌々日に突如認知症を発症し、しかもその程度が決して軽いとは見られなかった上、前記認定のとおり、その症状は進行した。そして、入院から一〇〇日余り後に突如として嚥下障害を呈したものである。太郎は、本件事故後は、入院して長期臥床を余儀なくされ、移動や刺激の少ない生活を送るようになったものであって、生活状況が一変したということができる。また、前記認定のように、入院後太郎は被控訴人花子に依存する傾向が生じ、同被控訴人がいないと認知症の症状が出て活気が見られず、被控訴人花子がいると症状が安定する傾向が明確に見られるに至ったものと認められる。
以上の事情に照らすと、本件事故及びそれによる入院を境に、太郎の健康状態、精神状態、生活状況は一変したものということができる。太郎が老齢で、同人に慢性硬膜下血腫があり、また脳萎縮があったことを考慮しても、認知症の発症、脳の何らかの病変を原因とする仮性球麻痺が本件事故と全く無関係に生じたと見るのはやはり極めて不自然な理解であり、本件事故及び入院を契機に認知症を発症し、さらに脳の何らかの病変を原因として仮性球麻痺を発症したとみるのが、一般の経験則に合致するものというべきである。
そして、このような理解は、医学経験則にも符合するものといえる。すなわち、大西医師の意見書(乙六、一〇~一三)によれば、仮性球麻痺は、大脳の機能が全般的に低下した場合に出現する神経症状であり、前記のような大脳を広範に障害する多発性硬化症のような脳神経変性疾患、多発性脳血管障害などのほか、痴呆症の患者にも合併が認められるものであることが認められる。したがって、医学的な観点からも、太郎の場合にも、徐々に進行していた老年性痴呆が背景に存在し、さらに本件事故前に発症していた慢性硬膜下血腫の進行が痴呆症状の急激な悪化、その後の仮性球麻痺の発現に関与したものと考えることが合理的である。
そこで、以上の説示を併せると、本件の場合、本件事故による突然の入院と骨折治療の遷延による入院の長期化が太郎の認知症の発症、増悪をもたらし、同時に脳機能の全般的な低下を招き、そのことが関与して仮性球麻痺が発現したと推認するのが相当である。
そうすると、本件事故と太郎の仮性球麻痺の発現との間には因果関係を認めることができるから、仮性球麻痺から生じた誤嚥性肺炎と死亡についても本件事故との間に因果関係を認めることができる。
もっとも、太郎の仮性球麻痺は、本件事故当時既に八五歳と高齢であった太郎が有していた素因である脳機能の低下と既往症である脳病変(右慢性硬膜下血腫及び脳萎縮等)に本件事故による長期入院等が関わって、前者の素因ないし病変が進行・増悪したことにより発症したものとみるのが相当である。そうすると、太郎の仮性球麻痺は、本件事故による長期入院等と太郎の素因ないし病変とが共に原因となって発症したものというべきである。仮性球麻痺に対する双方の原因の寄与の程度については、太郎の素因ないし病変の持つ寄与の程度も相当のものがあると考えられるが、その寄与度の判定については、後記過失相殺の判断において検討する。
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