1 特許法102条各項の存在意義
ある者(以下「侵害者」)が、侵害品を譲渡しており、その結果、特許権者の販売の機会を奪取し、特許権者に対し逸失利益という損害を与えたと判断される場合、民法709条に基づき損害賠償責任を負う。しかるに、逸失利益の立証は困難であることが通常であるから、特許法は、損害額の算定について特則(特許法102条1項、2項、3項)を設け、立証の容易化を図っている。
2 特許法102条各項の比較
(1)特許法102条各項による算定される損害額の大小関係
特許法102条1項(以下、単に「1項」ということがある)は、侵害者の譲渡数量と特許権者の利益率をベースに損害額を算定する規定であり、特許法102条2項(以下、単に「2項」ということがある)は、侵害者が侵害行為により得た利益を特許権者の損害と推定する規定であり、特許法102条3項(以下、単に「3項」ということがある)は、実施料相当額を損害と擬制する規定である。そして、侵害行為が侵害品の「譲渡」の場合には、特許法102条各項の適用の結果算定される損害額の計算式[1]は、算定される損害額の大小の比較がし易いように整理すれば[2]、以下のとおりである。
条文 |
計算式 |
1項 |
侵害者の譲渡数量×特許権者の利益率 |
2項 |
侵害者の譲渡数量×侵害者の利益率 |
3項 |
侵害者の譲渡数量×実施料率 |
以上のとおり、特許法102条各項の計算式の変数のうち、「侵害者の譲渡数量」は同一であるから、損害額の大小は、特許権者の利益率、侵害者の利益率、実施料率の大小に依存する。実施料率は、通常、1%から10%の範囲内で認定されることが多い[3]。1項の特許権者の利益率も2項の侵害者の利益率も、10%を超過することが多いから、3項に基づいて計算される損害額が最小となることが多いという傾向を指摘することはできる。もっとも、平成8年(ワ)第5189号事件のように、2項の利益率がマイナスとなることもあるから、3項に基づいて計算される損害額が最小となるか否かは事案によるという他ない。また、1項の「利益率」の意味は、近時の殆どの裁判例では、限界利益(販売額から売上げ増に伴って変動する経費[4]のみを控除する)と解されている[5]。そして、2項の「利益率」の意味については、近時の裁判例の主流が、2項にいう侵害者が得た「利益」を、侵害品の売上高から直接費用(侵害品の製造、販売のために侵害者が追加的に要した費用[6])を控除した金額と解していること[7]に鑑みれば、侵害品の売上高から直接費用(侵害品の製造、販売のために侵害者が追加的に要した費用)を控除した金額を侵害者の譲渡数量で除した金額と解するのが相当と思われる。いずれにせよ、1項及び2項に基づいて計算された損害額の大小は、特許権者の利益率と侵害者の利益率の大小によって決定されるのであり、一概にはいえない。この点、特許権者の製品の販売価格の方が侵害者の販売価格よりも高いことが比較的多いから、1項により算定される損害額が2項により算定される損害額よりも大きくなることが比較的多いはずという指摘ができるかもしれないが、他方、費用については、特許権者の費用の方が侵害者の費用よりも大きいことが比較的多いから、1項により算定される損害額が2項により算定される損害額よりも大きくなることが比較的多いはずという指摘もできる。なお、裁判実務上は、1項による損害額の算定の主張がなされるか否かは、特許権者が自己の利益率を開示しても良いと判断するか否かにかかる場合が多いと思われる。
(2)三村説の当否
なお、1項の位置づけについて、東京地裁民事46部の裁判長であった三村量一判事の見解(以下「三村説」という)を採用すれば、1項により算定される損害額が2項により算定される損害額よりも大きくなる場合が多くなるといい得ることに鑑み、三村説の当否について検討する。
ア 三村説は、1項は、市場機会の喪失を損害ととらえる規範的損害概念を採用した規定であるとの理解に立ち、1項にいう「実施の能力」については、「抽象的な能力と考えてよいこととなり、実施の能力の要件はほとんど常に肯定されることになる」と解し、また、「販売することができないとする事情」については、「天災等により必要不可欠の部品の供給が途絶えて生産ラインが止まり、あるいは原材料が払底してしまい、その事情が特許権の存続期間中に解消できない場合・・・等の例外的な事情のみがこれに含まれるのであって、侵害者の特別な販売努力とか、競合他社の存在等は含まれない」と解しており[8]、東京地裁民事46部においては、三村説に従った判決がなされていた。
イ 他方、2項の位置づけについては、特許権者が侵害行為による損害の額を一般原則に従って立証することが困難であるから、立証の容易化を図るために、「侵害者の得た利益」を「権利者の被った損害」と推定するという法律上の事実推定を定めた規定であり、侵害者の特別な販売努力・ブランド力、競合他社の存在等が、推定の全部又は一部の覆滅事由[9]となると解されている。そして、近時の裁判例を見ると、合理的な減額要素が主張立証された場合には、減額を認める傾向があるといえる[10]。
ウ 以上のとおり、三村説に立つ限り、1項本文の適用の積極要件である「実施の能力」は、ほとんど常に肯定される一方、障害事由である「販売することができないとする事情」は極めて例外的な場合にのみ許容されるものであり、「侵害者の特別な販売努力・ブランド力、競合他社の存在等」は考慮されないのに対し、2項の場合は、侵害者の特別な販売努力・ブランド力、競合他社の存在等の広範な事由が減額事由として考慮され得る。従って、三村説に立つ限り、1項が適用される場合の方が、2項が適用される場合よりも、特許権者に有利であるとの見解が導き出される。
エ しかし、これまでのところ、三村判事が裁判長であった時代の東京地裁46部以外の裁判体は、三村説を前提とする判決を下しておらず、権利者製品と侵害品との販路、品質及び価格差を考慮する判決[11]や、「販売することができないとする事情」についての一般論として、「侵害者の営業努力、侵害品の侵害新案以外の技術的要素やブランド等の付加価値などによる需要の掘り起こしや、権利者製品に侵害品以外の代替品が存在するなどの要因によって、侵害品がなかったとしても、権利者が侵害品の譲渡数量をそのまま販売することができない事情をいうと解される」と述べる判決もあった[12]。そして、知財高裁も、「販売することができないとする事情」について、「特許権者が販売することができた物に固有な事情に限られず、市場における当該製品の競合品・代替品の存在、侵害者自身の営業努力、ブランド及び販売力、需要者の購買の動機付けとなるような侵害品の他の特徴(デザイン、機能等)、侵害品の価格などの事情をも考慮することができる」と判示しており[13]、現在の裁判実務においては、三村説は否定されていると理解できる。従って、減額要因の主張という観点からは、1項が適用される場合の方が、2項が適用される場合よりも、特許権者に大幅に有利であるとはいえず、むしろ、両者には差はないと考えるのが相当であろう。
[1] 1項但書きの適用、2項の推定の覆滅は捨象する。
[2] 現実の裁判において、2項により損害額を算定する場合には、侵害者の利益率を計算するのではなく、直裁に、侵害品の総売上高から一定の費用を控除して、「侵害者が得た利益」を計算することになろう。
[3] 侵害品の販売に対する寄与率が極めて小さい場合には、1%以下もあり得る。
[4] 材料費、仕入額は含まれることが通常であるが、人件費、広告宣伝費、一般管理費等の全部又は一部が含まれるか否かは事案による。
[5] (吉川「損害1 特許法102条1項に基づく請求について」(知的財産法の理論と実務)2の256頁以下
[6]材料費、仕入額は含まれることが通常であるが、人件費、広告宣伝費、一般管理費等の全部又は一部が含まれるか否かは事案による。
[7] (吉川「損害2 特許法102条2項に基づく請求について」(知的財産法の理論と実務)2の284頁
[8] 三村「損害(1)―特許法102条1項」(新・裁判実務体系 4 知的財産関係訴訟法)291頁。
[9] 推定の一部覆滅、即ち、減額が許容されるか否かについては、見解の対立がある。
[10]吉川泉判事補は、「近時の裁判例はいずれの場面においても合理的な減額要素が主張立証された場合には、減額を認める傾向があるように思われる」と述べる(吉川「損害2 特許法102条2項に基づく請求について」(知的財産法の理論と実務)2の289頁)。
[11] 東京高裁平成12年4月27日判決
[12] 大阪地裁平成17年2月10日判決(病理組織検査標本作成用トレー事件)
[13] 知財高裁平成18年9月25日判決(マッサージ器事件)
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